掲示板小説 オーパーツ72
久しぶりね、桜花!
作:MUTUMI DATA:2004.12.6
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「桜花!」
 戦慄く様に鈴は呟く。呼べばどこからか、彼の声が返って来るのではないかと思って。だが現実には、何も、何一つ起こらない。幻聴すらなかった。
「うっ……。あっ。あ、あああ!」
 突然現われ、砲撃して来たリング状の敵に向って鈴は咆哮した。
「許さ、……ない!」
 低い声で漏らし、オーディーンに装備されている小型のプラズマ砲を構える。慣れた手付きで照準装置を稼動し、狙いをつける。直ぐに小さな電子音が響き、赤いポイントマークが二重円を描いた。
「落ちろ!」
 気合いを入れ引き金を引く。プラズマ砲の先端から、光の塊が飛び出した。軌跡を描き、それはリング状の敵に吸い込まれて行った。
 邪魔をする物もなく、真直ぐにプラズマエネルギーは敵に向かう。シールドらしき存在も認められず、鈴は攻撃の着弾を確信していた。
「絶対、当たる! でも、一撃では落ちない。ならばもう一度!」
 エネルギーをチャージし、安全弁を外す。再び狙いを付けようとして、鈴は気付いた。先程放ったプラズマエネルギーが、敵に当たる直前にかき消された事に。
「え?」
 何? と、鈴は目を見開く。直前までヒット確実だったのが、嘘の様に静まり返っている。攻撃など初めから存在していないかの様だ。
「消えたっていうの? 防御じゃなく……消滅?」
 現象を理解し、鈴はぞっとして背筋を震わせた。
「一体どうなってるの? そんな馬鹿なこと! ……っ、まさか敵に高位能力者がいるっていうんじゃ!?」
 機械的な防御方法を鈴は知らない。それ故に、高位能力者と呼ばれる者達が関与しているのではないかと、鈴は疑った。こんな科学現象外の事をやってのけるのは、高位能力者と呼ばれる人間ぐらいだ。彼らには、物理法則が当てはまらない時がある。だが、それでも……。
「プラズマエネルギーを消滅させる能力者なんて、……現実に存在するの? そんな力……人間にあるの?」
 半信半疑のまま鈴は呟く。どうやって防がれたのかはっきりとはしなかったが、それでも鈴は二撃目を放つ為の動作を繰り返した。

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 鈴は先程と同じ手順で作業を進める。体に染み込んだ動作に無駄な所作はない。再び照準を合わせ敵を射線に納め、トリガーを引こうとしたその時。
 何故か何の前触れもなく、鈴の乗るオーディーンは急反転した。一気に、宇宙ではなく地上の海を目掛け降下する。
「え!? え、えええええ〜!?」
 凄まじい落下速度に鈴の声にエコーがかかる。ぶわっと、固定されていたシートから、鈴の体が浮いた。
「な、何っーーーー! 何なのーーーーー!!」
 プラズマ砲のトリガーから辛うじて指を外し、鈴はオーディーンの制御を試みる。降下動作をした覚えは鈴にはない。
 なのにオーディーンは、海に向って一直線に落ちていた。その上、背中の翼型の加速装置を使って、速度まで上げている。大気圏を軽く突破出来る程の出力の装置は、今や地表への死のコースを演出していた。
「ちょっと、嘘でしょうーーーーっ!! 止まれ、やだ! 本当に止まってよっ!!」
 必死で鈴は操縦桿を引く。普通なら落下が止まり、頭上に立ちあがって来る筈なのだが、今回に限りそんな素振りはない。それどころか、全く鈴の指示を受け付けた様子がなかった。

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 鈴はオーディーンのコントロールを、完全になくしていた。何の指示も起こしていないのに、オーディーンは勝手に動いている。
 制御不能という事態とは少し違う。オーディーンの機能が、破壊されてしまった訳ではないのだ。オーディーンのシステムはあくまでも正常だった。
 その証拠に海面に猛スピードで突っ込む途中にあっても、常に高度と速度、それに周囲の状況は刻々と鈴に向かって表示されていた。そこはいつもと変わらない光景だった。
「もう、どうなってるのよっ! ……っ!! ひっ、い〜〜〜っ!!」
 一際大きな悲鳴を鈴はあげる。目の前に暗い湖面が一気に広がったからだ。月明かりに照らされた白波がはっきりと見えた。
 駄目!! 突っ込む!!
 海面に叩き付けられる衝撃を予想し、鈴は身を堅くする。幾ら衝撃を吸収するパイロットスーツを着、コックピットが緩衝材に守られているとはいっても、何の減速もしていないのだ。そのショックは生半可な物ではないだろう。下手をすれば、頑丈なオーディーンでも一撃で大破する。

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 鈴はそれを身をもって知っていた。
 もう、駄目だぁ!
 走馬灯の様に自らの人生を思い返しつつ、鈴はきつく目を閉じた。戦闘中にそんな事を普段はしないのだが、今回ばかりは開けていられなかったのだ。絶望的な危機感が鈴の心を支配する。
 そして。
 バシャーーーン!
 水の飛び散る音が海面に広がった。
 ガクンと鈴の体がシートに押さえ付けられ、沈みこむ。予想していた衝撃は、……何故か襲っては来なかった。
「……れ?」
 ぽかんと口を開けたまま、鈴は何度も瞬きを繰り返す。恐る恐る状況を確認すると、鈴の真下に、オーディーンの足下に海面が広がっていた。水面に触れそうな距離でオーディーンが浮いている。
 ホバリング状態なので、オーディーンを中心に白い円が幾重にも広がって見えた。どうやら先程の水音は、海面すれすれで止まったオーディーンの圧力で、湖面が巻き上げられたもののようだ。
「と、止まってる……」
 ヘナヘナとそのまま脱力しそうだった鈴は、次の瞬間ハッとして叫んだ。
「ええっーーーー!! 嘘ーーーっ!! どうしてーーー!?」
 海面に浮かぶオーディーンの左手に、人の姿を見たからだ。親指と人指し指の間に、半ば落ちそうになっている人間を発見する。今にもよろけそうな人物は、片手で誰かを支えている様子だった。

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「こ、これ。ま、幻……とか」
 半信半疑のままごしごしと、手袋越しに両目を擦る。何度も何度も擦るが、鈴の見ているものは消えはしなかった。
「……消えない。ってことは本物!?」
 驚愕の思いで叫び、慌てて外部スピーカーのスイッチを入れる。半ば身を乗り出す様にして、万感の思いを込め、鈴は呼びかけた。自らが操縦するオーディーンの、手の平の上にいる人物に向かって。
「久しぶりね、桜花! 生きてたのね!」
 鈴の声に惹かれる様に、少年が頭をもたげた。焦げ茶の瞳が鈴を射る様に見つめる。



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