掲示板小説 オーパーツ71
なる程、敵と判明したか
作:MUTUMI DATA:2004.12.6
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「乗り換える、ですか?」
「ああ。現時点では、敵船の推進力で我々を振り切る事は出来ない。機動兵器のオーディーンですら張り付いたままだ。だから、より大きな規模の船に乗り換えるつもりではないかと」
「で、あれっすか」
 ロンジーはリング状の物体を見やる。しらねは難しい顔で頷いた。
「ああ。しかしとてつもない規模の船だな。戦略級はあるか」
「太白の4倍の規模……」
「装甲も厚そうだし、エンジンも強力そう……」
 セネアとカノンが各々呟く。追い掛けるのも難しそうだ。易々と逃げられそうな気がしてくる。
 太白だとて星間連合の艦船規格では戦術級のクラスに相当し、かなり強力な兵器もシールドも持っている。カトーバには適わないにしろ、無敵を誇ると言ってもよい。なのに何故か危機感が募る。
 何しろ相手はレプリカとはいえ、太古の宇宙船だ。どんな兵器が搭載されているのか、想像もつかない。行動の判らないものを相手にするの程、嫌なものはなかった。
「先制攻撃をしますか?」
「……小型艇の行方は?」
 ヒュレイカの問いに答えず、しらねはそう問い返す。ヒュレイカは自分の端末を見ながら、簡潔に答えた。
「球体部分に吸い込まれました。格納庫がそこにある様ですね」
「なる程、敵と判明したか。では攻撃用意! 最高出力のプラズマ砲をそこに打ち込んでやれ」
「了解!」
 火器制御担当の穂波(ほなみ)が、それに嬉々として応じた。普段無口な男、全然会話に加わろうとしない穂波も攻撃となると、途端に饒舌になる。
「プラズマ砲発射準備開始。ジェネレーターの解放確認。エネルギーチャージ完了まであと5秒」
 穂波のカウントダウンが続く中、ヒュレイカが僚艦との同期を確認していた。各艦の兵器システムは太白とリンクしているのだ。
 混戦ともなれば、同期を外し各艦で対応しなければならないが、初戦、しかも先制攻撃ならこのシステムは有効に活用出来る。5艦が同時にプラズマ砲を打ち込めるのだ。半端でない攻撃力を維持出来る。
「各艦との同期最終確認終了。異常なし」

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 ヒュレイカが冷静に報告する。穂波の静かなカウントダウンが刻を告げた。
「3……2」
 1と続けようとした穂波だったが、それはセネアの申告に掻き消される。
「敵、リング物体からエネルギー反応あり!」
「! 先を越されたか! 【19ー48】(穂波)現状で待機! シールド硬度を最強に保て!」
 しらねから矢継ぎ早に指示がとぶ。
「了解」
 穂波が応じ、プラズマ砲の発射準備が止まる。エネルギーをフルチャージしたまま、穂波は火器システムを一時ロックした。
 もしも敵のビーム兵器が強力で、シールドが貫通する事でもあれば、誘曝は必死なのだが、今更チャージしたエネルギーを消す事は出来ない。
 あのまま敵船と真っ向から撃ち合っても良かったのだが、それでは恐らく、曝散するのは太白の方だっただろう。太白クラスはプラズマ砲を発射している間は、シールドを張る事が出来ないのだ。
 厳しい顔をして、ヒュレイカもしらねの指示に応じた。
「シールド機能強化、硬度三千に設定」
 硬度三千、太白旗下の艦船が張れる最強硬度のシールド数値だ。大凡、あらゆる攻撃を防げる。無論プラズマ砲の2、3発も全然平気だ。
 一撃もてば良い。次はこちらが攻撃する番だ。
 既にエネルギーチャージは終わっているのだから、この攻撃を凌ぎ、しらねは即座に応戦するつもりだった。
「敵リング物体より、指向性ビーム発射確認! ……あっ!?」
 らしくなくセネアは声を飲み込む。
「どうした?」
 促され、セネアは慌てて叫んだ。
「標的は、前方の船! 隊長の乗った船です!」
 その声に、太白のブリッジは凍り付いた。

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 一方その少し前、一矢の方は……。今更ながらの空のブリッジに、盛大に溜め息をついていた。
「こんなに苦労したのに、……空? からっぽだって!? もう最悪!!」
 追いつめたと思った矢先に、嘲笑うかの様にジェイルに逃げられたのだ。一矢だって腹も立つ。
 無人の、全く人気のないブリッジには、一矢とグロウしかいなかった。他に生きている者はいない。オートメーション化された機器が、設定されたプログラム通りに船を動かしている。
「ジャック・ホールなんかと遊んでたから! 全く!」
 決して遊んでいた訳ではないのだが、今となっては一矢の心情の中では、あれは余計な時間を喰っただけだと、結論付けられている。ジャック・ホールは一矢にとっては、関係のない小物なのだ。
「逃げられましたか」
 敵から奪ったレーザー銃の銃口を下に降ろし、グロウは周囲に対する警戒を解く。無人のブリッジは無気味だが、敵意の類いは感じ取れない。ここには本当に人がいないのだ。
「船の運用は、完全にオートメーション化されていますね」
「今どき珍しくもないよ。宇宙船の自動操縦なんてさ。セールスマンの謳い文句の一つじゃないか。……でも敵にやられると、滅茶苦茶腹が立つな」
 予想してしかるべきだったのに、それに一矢は気付けなかった。ジェイルがそういう方法で逃げ出す事は、わかっていたというのに。

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 相当カンが鈍ってるな。あんな奴に出し抜かれるなんて!
 思わずイラッとしてしまう。だが直ぐさま一矢は気分を入れ替えた。いや正確には、全身から溢れた冷や汗に、心臓をわし摘みにされたという方が正しいか。
 一矢とグロウが佇むブリッジに、突然警報音が鳴り響いたのだ。メインディスプレイ一杯に警告文字が踊る。けたたましいサイレンと共に、赤い文字が視界を染めた。
「何だ!?」
 グロウが慌てて状況の確認に走る。手近な端末に駆け寄り、幾つかのコマンドを打ち込もうとする。だがそれよりも早く、一矢が短い呻き声を上げた。
「うっ。これ、っ……まさか!」
 『警告! 警告』と告げ、視界を染める文字を無視し、一矢は船の進行方向に顔を向ける。複雑な機器の並んだ向こうから、強烈な圧迫感を感じた。壁の向こう、空の彼方からだ。
「!? なっ! プラズマ!?」
 叫ぶ暇もあらばこそ、一矢は壁の向こうからやって来た高温の熱と光に飲み込まれた。一瞬にしてその光は宇宙船を駆け抜ける。
 船の頭の先から尻尾迄を光が貫き、去ると同時に、宇宙船は大爆発を起こした。夜空に巨大な花火が上がる。一矢達が乗っていた船は、爆発音と共に四散した。
 幾つもの破片となって、分解した船の残骸が暗い夜の大地へと降って行く。ある物は欠片となり煙りを曳きながら。ある物は巨大な部品のそのままの姿で。何千、何百という欠片が、惑星の上を気流に乗り流れた。

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 爆発四散した部品は放射状に広がった後、重力に引かれ落ちた。平走して飛んでいた鈴のオーディーンにもガンガンと破片の当たる音が響く。
「くっ!」
 激しい衝撃が鈴を襲った。歯を食いしばり、鈴は自機を立て直す。爆発の余波を受けながら、鈴はオーディーンをコントロールし続けた。
 鈴のオーディーンは、爆散する宇宙船を目の端に捕らえながらも、急加速しその場を離脱する。それは本能的な回避行動だった。頭で考えるよりも先に、手が動いている。
 爆発後に漂う黒煙が一瞬にして夜空を覆った。煌々と輝いていた星が煙りに消される。
 先程迄鈴が見ていたディスプレイには、もう何も映っていなかった。そこにあるはずの物も、人もない。それは明確なまでの事実。
「ああ、……桜花が!」
 宇宙船が爆発した以上、無事で済むはずがない。鈴の理性はそう叫ぶ。彼は殺されたのだと。



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