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「もしかして自分でも気付いていなかった?」
「……」
グロウは一矢を見つめ、小さく首を振る。
「いえ、自分は……。固執……ですか。そうですね。そうなのかも知れません」
自分の中の感情を持て余すかの様に、グロウは囁く。
「そんなつもりはなかったのですが……。任務だからと……。ここで取り逃がば次はないからと、必死に……」
額を押さえ、グロウは吐き出す。
「いえ。心の奥底で自分は確かに歓喜していました。あの女を殺せる機会が巡って来たことに……。復讐なのだと、思っていたのかも知れません」
「うん」
短く相槌を打ち、一矢は先を促す。
「許せないとずっと思っていましたから……。自分は……、確かに彼女に憎悪を抱いていました」
静かな告白に一矢はそっと尋ねる。
「もう忘れれる?」
「……わかりません。ただ……吹っ切れた気はします」
「そう」
呟き、一矢はほんのりと微笑んだ。
自分と違い、前を向いて歩けるグロウが羨ましいと思った。一矢には過去を引きずる生き方しか出来なかった。憎悪を昇華出来ずに、今に至っている。
「忘れれると……いいね」
優しい口調の一矢に、グロウは淡い笑みを返す。苦笑とも、照れているとも見える微笑みに、一矢は少し癒される。自分が指揮をとった作戦で、殺してしまっただろう人の子の、この先の順風満帆な人生を祈った。
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時々こうして浅はかで愚かな自分に、一矢は嫌気がさす。違う選択肢を選んでいたら、グロウには全く別の過去があったかも知れない。
薔薇座星雲域で殲滅戦をする必要なんて、本当はなかった。……あれは完全に僕らが勝っていた。退路を開けてやれば、彼らは撤退したかも知れない。でも、僕らにはそんな余裕なんかなくて……。
結局それが被害を拡大した。殲滅されるとわかった時点で、彼らは死に物狂いで向って来た。それはそうだろう。僕だって自分が同じ目にあったら、必死で戦う。……生き残る為に。
……どうしてあの時、あんな方法を取ってしまったんだろう? 僕は子供で、何も全然みえちゃいなかった! 戦況も、状況も……。流される血と、命の数も! 何一つわかってなかった!
一矢はぎゅっと目を閉じ、数秒後、軽く頭を振る。
「グロウ……」
呼びかけると、グロウの不思議そうな声がした。
「はい、何でしょう?」
「その……、ごめん」
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「え?」
「ううん、何でもない!」
慌てて一矢は首を振る。
今更何を言う気だ? ……僕はグロウにわびたいのか? ……今更、自己満足で過去をほじくり返したいのか?
己の心を分析し、一矢は小さく舌打ちする。
過去の罪状をグロウに赦されたいだけなのだと、嫌という程利己的な心理を自覚した。
赦されたいだって? 僕には……そんな資格もないのにか?
思わず自分で自分を嘲笑する。一矢は自分が殺した人間の数を知らない。覚える間もなく億単位で増えていったからだ。また、知る暇もなかった。
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だが間違いなく一矢は億単位の人間を殺している。自覚があったにせよ、なかったにせよ、その事実は永遠に消せない。背負ってしまった罪業は余りにも深い。
英雄と認識される者も、裏を返せば殺戮者でしかない。もっとも勝者の側の歴史で、それを語るものもいないが。
……結局、僕は子供だったんだよな。てんで駄目なガキだったんだ。だから……彼女も救えなかった。
目に焼き付いている生々しい光景を思い出し、一矢はそれを振り払った。思い出すなと自己暗示をかけ、グロウに向き直る。
「ともかく、先に進むよ」
ジャック・ホールの遺体を一瞥し、一矢は先へと歩き出す。その後をグロウも黙って追った。
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手に汗を握りながらオーディーンのコックピットで映像を見ていた鈴は、一矢が敵を一掃したのを確認し、止めていた息を一気に吐き出した。心臓が凍るかと思ったが、一矢は敵を上手くあしらったようだ。
「良かった……。殺されちゃうのかと思ったよ」
光学迷彩を用い姿なく近付いて来る敵は、想像するよりも遥かに厄介だ。視認出来なくては、気配を読みながら反撃するしかない。だがそんな事は、並の兵士には出来ない事だ。やろうと思っても体が動かない。
「この辺は流石かな」
外見は美少年でも、中身はやっぱり訓練を受けた兵士だ。その程度は軽くこなすらしい。それにどうやら相当に強い能力者のようだ。
「桜花の戦う姿は初めて目にするけど、結構過激なんだ」
別の意味で感心してしまう。容赦がないというか何と言うか。
「知らなかった。桜花って結構やるのね」
一矢が聞いたらガクッと肩を落としそうな事を呟き、鈴は操縦桿を押した。機体が宇宙船の真上へ踊り出す。眼下に宇宙船の曲線的なフレームが広がった。