掲示板小説 オーパーツ67
右に避けて下さい
作:MUTUMI DATA:2004.8.29
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 チラリと視線を床に落とし、それが仕込みナイフなのを知る。刃に付着した茶色い濁りに、一矢は唇を歪めた。
「毒か?」
 確かめる様に言葉に出すが返事はない。代わりに、斬激が飛んで来た。
「っ!」
 両手でその衝撃を受け止め殺す。一矢は左右に視線を彷徨わせて、次に攻撃が来る方向を確かめた。
 さっきのナイフは右から、今のは左。敵は動いている。……次はどこだ!?
 真剣な眼差しで、一矢は敵の動きを探る。最初の一撃で討ちもらしたのは失敗だったが、あの雷を避けたか、あるいは受け流したのだ。相当な手練だと思われた。
 雷は所詮いかずち。体内に帯電させなければ、逃れられるか!
 その方法が何なのか、一矢にはわからない。けれどそれが無理な事ではないことを、一矢が一番良く知っていた。一矢だって敵が同じ事をしたら、かわしてみせるだろう。最も一矢の場合、攻撃そのものを打ち消すかも知れないが。

332

 くそっ。呼吸の音も聞こえないのかよ。
 気配のない敵に、一矢は苛立った反応を示した。その瞬間、一矢が僅かに気持ちを緩めたのを悟ってか、敵が動いた。
 一矢の真正面、何もなかった空間から長い刃の刀剣が、まっすぐに一矢に迫る。ほぼ顎の下から迫り出して来た刃に、一矢は引き攣った顔を向けた。
 うわっ! そこから来るか!?
 グロウの方に倒れ込む様に、刃を躱す。
「……この!」
 体勢を建て直し様、一矢は敵がいると思われる箇所に風の刃を放った。高圧濃縮された気体が通路を切り刻む。だがしかし。
 やばっ! 外した!
 敵がそれをくぐり抜けたのを感知し、一矢は再び力を練った。その時、
「右に避けて下さい」
 突然背後から降って沸いたグロウの声に、とっさに一矢は右へと跳んだ。先程迄一矢がいた空間を、レーザーが走る。バシュ、バシュ、バシュと連射される光弾が、何かに当たり弾ける。
 いた! そこか!
 グロウの撃ったレーザーが弾ける箇所を狙って、一矢は再び力を放った。今度は純粋に殺傷する為の力だった。
 手加減してたら、こっちがやばいからな! 殺人鬼さん!
「バイバイ!」
 一矢の右手が上から下に降ろされる。先程の攻撃とは対象にならない程の風が放たれた。風というよりは、真空の刃に近い。
 通路の床に鋼材を切り刻む一筋の傷をつけながら、真空の刃は敵に当たった。抵抗する暇も与えず、それは敵を切り刻む。
「がはっ!」
 敵は悲鳴を上げて倒れた。斬り飛ばされた片足が、一矢の足下迄弾んで来る。光学迷彩装置も同時に破壊されたのか、完全に姿を晒した敵を、グロウのレーザー銃が狙い撃った。
「ぎゃ!」
 一声大きな声を上げて、敵は数度痙攣した後、沈黙する。完全に敵を抹殺した事を確認し、一矢はほっと息をついた。
「助かったよ、グロウ。良く居る場所がわかったね?」
 左手の背後を振り返ると、敵から奪ったレーザー銃を構えたまま、グロウが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「攻撃パターンが……」
「うん?」
「……自分と似ていたんですよ」
「ああ、そうなの」
 それはあまり嬉しくないなと、グロウが嫌そうな顔をしている理由を悟り、一矢は苦笑する。

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「手強い敵でしたね」
「ん、まあね」
 感慨深気に告げるグロウに曖昧に返しつつ、一矢は絶命した人物の顔から、フェイスマスクを剥ぎ取る。マスクの下の素顔は驚く程の高齢だった。老人と言って差し支えない。
「……」
 無言でその顔を眺める一矢の横で、グロウが簡潔に答えた。
「彼はジェイルの従僕で、キイルと呼ばれていました」
「ふうん」
 何やら意味深に一矢は頷く。
「彼を御存知なんですか? あの屋敷では、顔を会わさなかったと思いますが」
「……確かに屋敷では会ってないね。最も、この顔は良く知ってるけどね。通称『ジャック・ホール』、穴あけジャック。聞いた事ない?」
「ジャック……? あ……。まさか、あの殺人狂の!?」
 遠い記憶の中のセンセーショナルな犯罪を思い出し、グロウは叫ぶ。星間をまたにかけた殺人狂の、狂宴の犠牲者は100人を下らない。
 職業や年齢や出身惑星に関係なく、殺戮者は殺し続けた。心を悪魔に売り渡したかのような方法で。その恐怖のニュースは、星間を震撼させたものだ。
 神出鬼没の殺人者、現場に残されていたジャックの名と、人体をずたずたに切り刺すその殺し方故に、犯人はジャック・ホールとマスコミから呼ばれた。
 その犯人が目の前で死んでいる老人だと、一矢は言う。
「名前を変えて、ジェイルなんかとつるんでたんだな。どうりでここのところ大人しいと思った」
 ここ数年、そういえばジャック・ホールに関するニュースを聞いていないなと、グロウも思い至る。
「本物の殺人狂だったのか」

334

 呆れた声で呟くと、一矢が小さく肩を竦め、床に流れた老人の血を指で掬い取り、何かを床に書いた。真っ白な床に深紅の記号が現われる。それは∀の文字だった。
「これは?」
「ジャック・ホールのサインさ。セイラの遺体にも入ってたよ」
「セイラ・スカーレットを殺したのは、この老人だと?」
「たぶんね」
 指先を拭い、一矢は頷く。
「状況的には、そう断言してもいいんじゃないかな」

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「この男が……」
 なんとも言えない表情を浮かべたグロウの背を、一矢がポンポンと軽く叩いた。
「これで君の心にも整理がつくかな? 憎む相手を殺した奴を知って、……少しは落ち着くといいんだけれど」
「なっ。……自分は!」
 咄嗟に反論しようとしたグロウの口元に、一矢が指を押し当てる。そして黙って首を横に振った。
「憎しみを吹っ切るには、明確な事実がいる。記憶に焼きつけるだけの事実が」
「……」
 何を言いたいんだと訝しがるグロウに、一矢は真直ぐに真剣な目を向けた。焦げ茶の瞳が底知れない輝きを放つ。
「グロウ、君はその心の奥底にしまってある憎しみを捨てなければならない。幸福な人生を送りたいと思うのなら、その憎悪を捨てろ」
「……」
「もう、満足しただろう?」
 躊躇うような一矢の声音に、グロウはハッとして反論を口にした。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 別に自分は憎悪など……」
「抱いていなかったって言えるの? 敬愛していた人を殺されて。自分の祖国を傲岸な王家の女に、乗っ取られて」
「……それは」
 呟き、グロウは頭を垂れる。
「自分は……」
 まだ何か反論しようとするグロウの口を、ぴしゃりと一矢は閉じさせた。
「あく迄そう言う気? じゃあなんで、動き出したこの船に飛び乗ったの? そんな危険な真似をしなくても、ジェイルの屋敷を威嚇したように、プラズマ砲を打ち込めば済む話だろう? 君は自分の目で見て、自分の手で引導を渡したかったんだよ。他人に任せられない程、セイラに固執していたんじゃないか」
「それは……」
 言いかけ、グロウは言葉を濁す。



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