掲示板小説 オーパーツ64
何でそこに居るのよっ!
作:MUTUMI DATA:2004.8.29
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 眉間に皺を寄せたままジェイルはキイルを見送り、艦橋にいるクルーに向き直った。側に控える操船スタッフに視線を流す。
「オーディーンの動きは?」
「先程から変わってはいません。相変わらず射線はこちらを捕らえています」
「振り切れるか?」
 ジェイルのどこかイライラした声音に、操船スタッフは唇を噛んだ。
「……」
「どうなのだ?」
 再度の問いかけに男は渋々応じる。
「……無理です。エンジンのパワーが違います。相手はオーディーンです。振り切るのは不可能です」
「大気圏外へ出てもか?」
 重力のない場所ではどうだと、ジェイルは聞き返す。しかしクルーの声は素っ気ないものだった。
「尚更です。オーディーンは大気圏突破システムを標準装備しています。大気圏外へ逃げたとしても、追って来ます。それに重力の支配しない空間こそ、オーディーンの本領が発揮される場所。まだ重力のある惑星内部の方が、抵抗のしようもあります」
 冷静なクルーの分析に吐息を一つ吐き出し、ジェイルは軽く顎に片手を当てた。

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「船のシールドはいつまでもつ?」
「暫くは大丈夫かと。破損率も微々たるものですから。しかし至近距離から直撃を喰らえば、わかりません」
 そう応じる声に、ジェイルは唇を結んだ。
「ランデブーポイントまでは、当然シールドはもつのだろうな?」
 蛇が絡みつく様な、ジェイルの視線を浴びたクルーは、少し怯えながらも応える。
「……持たせます」
「結構。では全速で、ランデブーポイントへ向い給え」
 鷹揚なようでいて、実はかなりきつい命令を発し、ジェイルは虚空を睨んだ。

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 忌々しい星間軍め。ちょろちょろと邪魔な奴等だ。
 星間軍が追っているのは自分ではなく、殺す様に指示を出したセイラだとわかってはいたが、死体を空中に放り出したとしても、オーディーンが追跡を諦めるとは今更思えなかった。
 あの屋敷から逃げたものを、見逃すつもりはないのだろう。星間連合の船に偽装していたとしても、そんなものは免罪符にもならない。ジェイルとしては、同胞意識を期待し、混乱を招きたかったのだが……。追跡をしているオーディーンには、思惑に乗る様子もない。
 権威至上主義者の多い星間軍にしては、思い切りがいいな。同胞を殺しても構わないか。
 現場の判断と言えばそれまでだが、警官や星間軍の地域分隊なら躊躇するだろう事を、平気でやってくれる。相当肝の座った追跡者の様だ。
 冷静にオーディーンのパイロットの性格を分析していたジェイルは、ふと思いついてニヤリと笑った。
「……だが流石にこれを見ては攻撃を躊躇うだろう」
 ジェイルが呟く側から、激しい振動に船体が揺れた。オーディーンが攻撃を再開したのだ。船内が一気に緊張に満ちる。慌ただしくダメージコントロールの指示が飛び、シールドや機関の点検が行われる。
「シールド破損率30%!」
「後部のシールドが薄くなって来ています!」
 悲鳴にも似た報告があがる。
「艦前面分のエネルギーを後部にまわせ! バイパスは生きているな!?」
「はい! バイパス回路を開きます! 後部へのシールドエネルギーの補充開始!」
 様々な報告や指示が乱れ飛ぶ。さながら戦場のようだ。いや、操船スタッフにとっては、命をかけた戦場そのものなのだろう。そんな中で、ジェイルの思いつきは実行された。
 効果があるかないかは、オーディーンのパイロット次第か。冷酷な者には意味がない。だが少しでも情があれば、躊躇するはず。
 激しく揺れる船内で、ジェイルはじっとオーディーンの動きを見守った。純白の翼を持つ機体は、闇夜の中を一直線に駆け抜けて行く。推進装置から放射される淡い光が煌めき、闇の中に弧を描いた。
 その姿は美しく、優雅だ。とても戦闘兵器とは思えない。だがその凶暴な程の攻撃能力は、誰もが認め知っている。機能美に彩られた物体が、所詮人殺しの道具でしかない事を。
「さあオーディーン、どうする? これでも撃つか?」
 どこか面白そうにジェイルは呟いた。そのまま興味深気に腕を組み、オーディーンの動きを見守る。やがてジェイルの見ている前で、オーディーンは弾かれたかの様に攻撃を止めた。たたらを踏む様に、その機体が左右に揺れる。
「嵌ったな」
 そんな様を観察し、ジェイルは冷静な感想をもらすのだった。

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「な、んで! 何でそこに居るのよっ!」
 オーディーンのコックピットで鈴は大きく悲鳴をあげていた。
 追っていた宇宙船から発信された電波をキャッチした鈴は、ほとんど反射的に回線を開き、それを傍受したのだ。そして見た物は。
 今回の作戦の鍵となった緋色の共和国軍、第三師団の兵士の姿と、まだ子供の域でしかない少年の姿だった。少年は青黒色の髪をした華奢な人物だった。それは鈴も良く知る人物である。
 時々、ムーサ指揮官と組んで仕事をする時に出会う人間だ。年の割には落ち着いた冷静な判断力を持った人物で、宇宙軍の特殊部隊に属しているらしい。物凄く仲が良い訳ではないが、顔を会わせる事も多いので、密かに弟の様だと鈴は思っている。
 そんな人間が、鈴の撃ち落とそうとしていた宇宙船の内部に居たのだ。悲鳴の一つもあげたくなる。
「どこからどう紛れ込んだの!? 桜花!!」
 甲高い悲鳴を上げて、鈴は手に持ったプラズマ砲の射線をずらした。宇宙船の内部と思われる廊下を駆け抜けるその人に、思わず問い詰めたいと思った。
 緋色の共和国軍の潜入工作員がそこに居るだけでも、不味いと思ったのだが、そこに桜花の姿を見たからには、もうどう足掻いてもプラズマ砲は撃てない。撃てる訳がない。宇宙船を撃墜してしまえば、桜花も緋色の兵士も死んでしまうのだ。
「……どうしよう!?」
 鈴の全身に冷や汗が流れた。毛穴という毛穴が一気に開く。

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 外郭を流す様にかすめたとしても、推進システムに異常がきたせば宇宙船は落ちる。落とさない様に無力化する事など、オーディーンにはどだい無理な事だった。
「あ〜っ。もう! どうしろっていうのよっ!」
 自棄くそ気味に叫び、鈴は宇宙船と平走する。宇宙船からの攻撃を気に留めつつも、鈴はぐるぐると宇宙船を中心に、円を描く様に舞った。その度にコックピット内の水平装置が、くるくると独楽の様に回る。
 端からみれば遊んでいる様にしか見えないが、鈴は真剣だった。どうにかして船の内部に切り込もうとしていたのだ。船尾の貨物室に機体を引っ掛けることが出来れば、中に侵入出来るのではないかと考えたからだ。
 だがあいにくと、残念ながらハッチは堅く閉ざされており、船を守るシールドも健在だった。物理的な手段をとれば、そうとう大きな破壊の衝撃を宇宙船に与える事になるだろう。
「……駄目。たぶん強硬突破したら船が落ちる」
 それが手にとる様にわかるだけに、鈴はギリギリと奥歯を噛み締めた。



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