掲示板小説 オーパーツ63
絶望を浮かべて逝ったか
作:MUTUMI DATA:2004.8.29
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 アンの気力が萎えそうな台詞に、ボブは無言で肩を竦めた。
「【08】はどうすると?」
「仕方がないので、レナンディ中将のバックアップにまわるそうです」
「そうか。……となると、問題は桜花か」
 一矢はそれを知っているのか? ムーサと出会っていれば知っているだろうが……。まだしらねと連絡をとっていないという事は、知らない可能性の方が高いのか?
 或いはもう既にそれを察知していて、とっくの昔に手伝っているのか……。一体どっちだ?
 どちらも有り得そうで、可能性としては五分五分に近い。
「【08】に早急に桜花と接触しろと伝えてくれ」
「了解」
 軽くアンは頷く。
 とりあえず細かい事は、現場のしらねに任せるつもりだった。遠く離れたディアーナのボブがどうこう出来るものではない。口を出さない方が良い時もある。今がまさにそれだ。
 一矢、一体そっちはどうなってるんですか?
 心の中でそう問うが、勿論返って来る声はない。軽く吐息をつき、ボブは再び眼前に広げた平面図に視線を落とした。

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 淡い電光が反射する中、手に持ったナイフの血を拭い、老人が一人隔壁を潜った。狭い宇宙船の通路を慣れた様子で老人は歩いて行く。
 やがて船首に辿り着いた老人は、ブリッジの扉を開け、スルリとその中に身を滑らせた。大勢の管制要員には目もくれず、老人は一人の中年の男性の前に立つ。眼光鋭く、そしてどことなく崩れた臭いの漂う男だった。
「ジェイル様」
 老人は男に声をかけつつ、手に握っていた物を差し出す。男の手の平に古びた指輪を乗せ、老人は充足感に、恍惚とした表情を浮かべて告げた。
「お約束のものでございます」
「御苦労、キイル」
 ジェイルは手の中の指輪をつまみ、じっくりと観察した後、そう言って老人の労をねぎらった。

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 ようやく手に入った物に満足気な表情を浮かべ、ジェイルはぎしりと音をさせ、シートに背をもたれかけさせた。幅広のシートは、ジェイルの体躯を程良く包み込む。
 古びた指輪を自分の指にはめ、ジェイルはキイルを見つめ返す。それだけで何を言いたいのか察したキイルは、静かに首を振った。皺だらけの頬が歪む。
「あいにくと、末期の言葉らしきものはございませんでした」
「ふ。絶望を浮かべて逝ったか」
「御意」
 キイルは腰を折り、短くジェイルに賛同する。
「愚かな女だ。私を切り捨てようなどと思わなければ、まだ生かしておいてやったのに」
 不敵な笑みを唇にのせ、ジェイルは呟く。
「まあ、いい。セイラから得る物は全て得た。あの船も既に手中におさめている。後は……」
 ゾロリと、ジェイルを中心に悪意が放射する。背筋の凍る圧迫感がブリッジに満ちた。
「後は稼動させるのみ」
 静かな声が、その凄まじい妄執を裏付ける。

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 キイルはそれに無言で応じると、主人の次の言葉を待った。従順な老僕、快楽的殺人狂であるキイルであったが、ジェイルには従順だ。
 ジェイルに従っている限り、後ろに手がまわらない事を本能的に知っているのだ。

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 ある意味キイルは利口だ。ジェイルを隠れ蓑に、自らを活かしているのだから。
「キイル、早速稼動実験にうつるぞ。邪魔な狗共をここで始末してからな」
「狗でございますか?」
 狗の単語に幾分か怪訝な様子を見せるキイルに、ジェイルは自ら端末を操作すると、船内の映像をキイルの眼前に空間投影した。
 狭い通路を足早に駆け抜ける二人の姿があった。一人はまだ少年の域の子供。もう一人はキイルも見なれた傭兵だった。
「これは……」
 キイルは呟き、なる程と短く息を吐き出す。
「裏切り者グロウでございますか? 船内に侵入しているのでございますね?」
「そうだ」
 忌々し気にジェイルは吐き捨てる。
「奴を信用したのは私のミスだ。……キイル、始末できるか?」
「無論。お任せを」
 キイルはあっさりとそう応じる。ジェイルは嬉々として返事をするキイルに、釘を刺す事を忘れなかった。
「では早々に頼む。わかってるとは思うが、星間軍のオーディーンが一機、しつこく追跡して来ている。この船への攻撃も躊躇わなかった。ランデブーポイントに達せば、この船は切り捨てる。それまでに奴を始末しておけ」
 難しい事をさらりと告げるジェイルに、不平一つ言うでもなくキイルは頷く。
「では、そのように」
 従僕らしく優雅な一礼をすると、キイルは再び艦橋の扉を潜り外へと出て行った。死神の影を纏って、殺人狂の老人は姿を消す。



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