掲示板小説 オーパーツ62
どこから嗅ぎ付けたんだ
作:MUTUMI DATA:2004.8.29
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 それなりに一矢もグロウを評価している。
「自分は別にかまいませんが」
 落ち着いた声でグロウが応じた。一矢の思考プロセスは理解不能だが、手を貸すことに異存はないようだ。
「助かるよ」
 一矢はどことなく嬉しそうに、グロウに謝意を述べた。
 それはそうと、僕の部下はどこに居るんだ? そろそろ姿を見せてもいいんだけどなぁ。皆、何をしているんだ?
 さっさと出てこいよと、一矢は居もしない味方に声をかけた。

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 そのほとんど同時刻、背の高い頑丈な体つきをした男が盛大なくしゃみを繰り返していた。
「【02】風邪ですか?」
 男を横目で見ながら、どこか飄々とした男が呟く。
「……いや、誰かにろくでもない噂をされてるんだろう」
 ごろごろと喉の辺りを擦り、【02】ことボブ・スカイルズは応じる。
「喉荒れに効く薬もありますよ」
 ポケットからマイクロサイズのカプセルの入ったケースを取り出し、【03】ことリック・テュースはからからと振ってみせる。
「……いや、遠慮しておこう」
 薬魔の誘惑に抵抗し、ボブはごほんと一つ咳払いをし、改めて報告に耳を傾ける。擂り鉢の底を思わせる地下の管制室から、緊急の報告が上がって来ていたのだ。
 作戦会議室でスカーレット・ルノア共和国の平面図を見ていた情報部の主だった者達、そのほとんどがひと桁ナンバーであり部隊長でもある、が、一斉に報告者アンを見た。

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「話の腰を折ってしまったな、済まない。それで現状はどうなのだ?」
 ボブの問いかけに通信画面の中の女性、アンは短く応じた。
「今の所順調ですわ〜」
「順調か……」
 些か皮肉を込めた口調でボブは繰り返す。いまだ一矢と連絡が取れないのだ。皮肉気になったとしても仕方がないだろう。
「予定通り情報がこちらに流れて来ています。桜花が必要情報の転送に、成功したと思われます」
 軽く頷き、ボブは先を促す。
「情報の分析をしている所ですが、結果はわかり次第報告しますわ」
「わかった」
 鷹揚にボブは頷く。

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「で、肝心の桜花はどうしてる?」
 ボブの問いかけにアンは軽く首を傾げた。
「さあ〜? 【08】(しらね)からは何も」
「そうか」
 困ったものだと思いつつ、ボブは深く吐息をついた。心配する必要もないのだろうが、委員会から与えられた任務上、或いは一矢に対する長年の友情からか、つい色々と考えてしまう。
「全くあの人は! どこで何をしているのやら」
 潜入工作が上手くいったのなら、さっさと連絡をするなり、しらねと合流をするなり、どうにかしてこちらと接触をしてくれと、真剣にボブは思った。でないとボブの胃がもたない。
「桜花の行方はいまだ不明ですけれど、【08】が面白い方々と接触していますわよ」
「面白い方々?」
 もってまわった言い方にボブは瞳を細めた。
「ええ。ムーサ・レナンディ空軍中将」
 アンのふくよかな唇から、因縁ある男の名前が告げられる。
「ムーサ!? あのハイエナか!」
 仮にも中将をハイエナ扱いし、ボブは額を押さえる。
「どこから嗅ぎ付けたんだ、奴は?」
 過去色々と作戦の邪魔をされているボブとしては、うがりたくもなる。例えムーサの側に悪意がないのだとしても、手柄を横取りされるならまだしも、ムーサ達の仕出かしたツケを払い、尻拭いをさせられている身としては、勘弁してくれと思うのは無理のないことだった。
「【08】の話ですと嗅ぎ付けたのではなく、たまたま私達の作戦と重なってしまったようですけれど」
 額を押さえたまま、ボブは小さく頷く。
「それで?」
「あまり聞きたくないと思いますけど、【02】」
「何だ?」
「レナンディ中将の後ろ楯は、バッハトルテ元帥らしいですわ」
「!」
 その名、その階級にボブは思わず目を見開く。
「馬鹿な……」
 ボブがそう漏らしたのも無理はない。バッハトルテは空軍元帥だ。事実上の空軍のトップの1人である。言うなれば宇宙軍のトップ、提督位を持つ一矢と同類なのだ。そんな人間がムーサの後ろにいるという。
「間違いないのか?」
 だから思わずボブはそう問い返していた。
「ええ」
「……空軍元帥が、ムーサを動かして何をしている?」
 既に中将と呼ぶのも煩わしいのか、呼び捨てでボブは尋ねる。
「何でも緋色の共和国の、独裁者の陰謀を挫く為とか」
「陰謀?」
 胡散臭気にボブは呟いた。

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「空軍が陰謀を企てているじゃなくてか?」
「【02】それは言い過ぎですわ。レナンディ中将に他意はありませんわ」
 だから余計に質が悪いんだろうが、という台詞を飲み込み、ボブは苦笑いを顔にはりつかせた。
「それで、陰謀の内容は教えて貰えたのか?」
「ええ。【08】が締め上げて、ようやく口を割ったようですけれど……。レナンディ中将達が確保しようとしていたのは、緋色の共和国の実質的な支配者、セイラ・スカーレットです。彼女が目論んでいたのは、旧世紀の遺構の再構築」
「?」
 僅かに小首を傾げたボブに向かって、アンがより詳しく説明する。
「それが何なのかは、大凡でしかわかっていませんけれど……。新しいシステムの宇宙船の開発のようですわ」
「船……か」
 呟くボブに被さる様に、アンがおっとりした声で続けた。
「バッハトルテ元帥は、その船がお気に召さなかったようですね」



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