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そんな時代の遺跡から、白露は発掘された。何の為にある指輪なのか、一矢でなくとも首を傾げるだろう。
「やはり単なる指輪じゃあ……ないのか」
白露は目的があって作られた物だろう。じゃあ、その目的は? 空間炸裂が起こった理由は?
目まぐるしく一矢の頭の中で、様々な推論が組み立てられる。
白露の材質はリング部分は普通の合金だったが、石の部分は、今のこの宇宙には存在しない化合物だった。そこにヒントがあるのか?
「いや、そうじゃない。それは単なる事項で、本質じゃない。本質は……」
ブツブツと一矢は呟く。側にグロウがいる事すら忘れているかのようだった。
302
「本質は空間操作……」
多分、それが最も大きな事象。ジェイルはそこに注目したはずだ。恐らくあの石のような結晶体は……。
「時空剥離物質」
……この世に、本当に実在していたのか。
幾つかの古典資料に、眉唾物の存在として記録されている。過去の人類科学が作り上げた、伝説の物質として。
一矢も存在を確認するのは初めてだ。というより、それが何であったのかを知るのは初めてだ、と言う方が正しいか。
何しろ10年余り、知らなかったとはいえ、箪笥の肥やしにしていたのだ。誰かに知られたら、そしられるどころか、呆れ果てられるだろう。一矢は自分でも、その馬鹿馬鹿しさに自嘲する。
……まいった。それならそうと、ちゃんと言ってくれ。ロバート!
詳しい説明もほとんどなしに、一矢に指輪を放り投げ、さっさと総帥業に戻って行った悪友に、今更ながら思いっきり文句をつける。
知ってたら、ちゃんと管理したのに。
特大の溜め息を一つついて、一矢は青黒色の髪に片手を突っ込み、がしがしと掻き回した。短い髪が上下左右に跳ねる。
「まあ、それはいいとして。……それをどう使うんだ?」
それで何をする?
303
「ヒントはフィニア円環遺跡」
船……か。
きゅっと唇を堅く結び、一矢は倒れ伏しているセイラの遺体を見下ろした。赤い血溜まりは、少しずつ黒くなってきている。流れ出た血が、床に蛇のような紋様を描いていた。
あんた、相当やばい事をジェイルに教えたな。どちらが主導権を握っていたのか知らないが、僕の予想通りなら……。
「あの指輪は……補助具だ」
唐突な一矢の言葉に、グロウが訝し気な表情を浮かべる。きょとんとした顔をして、一矢を見下ろしていた。
「太古の宇宙船の推進装置の補助具。補助エネルギーと言い換えてもいいのかも知れない。空間炸裂現象を起こしたとはいえ、本来、白露自身には特別な力はない。自家現象を起こすものじゃないからな。白露の力を制御するシステムがなければ、単なる珍しいオーパーツ、過去の貴重な資料で終わる。だが……」
白露を生かせるシステムがこの世にあったら……。それがフィニア円環遺跡から発掘されていたとしたら? 過去の宇宙船を忠実に再現した物があったとしたら……?
それはかつてない程、危険な事態になる!
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過去の宇宙船は、現在の船とは全く異なった理論の上に組み立てられている。今僕達が宇宙を旅する方法はたったの二つ。ハイパードライブと、宇宙に点在する固定化されたゲートの使用だ。
ハイパードライブは直線的な加速による高速移動。ゲートは一種のトンネル現象を利用したもの。だが過去の人類は……。
恐らくそんな移動はしていなかったはず。過去の文明規模からして、そんな悠長な移動をしていたのでは、社会は混乱していたはずだ。現在よりも版図の広い宇宙を自在に移動するには、もっと別の推進装置が必要だったはず。
環境に合わせて宇宙船が移動するのではなく、……宇宙船が移動の為の環境を作るぐらいの事はしていたはずだ。そう、僕のような高位能力者が自分の意思で銀河を渡るのと同じ様に、自在に船が空間を渡っていた。たぶん、それが答え。
空間を渡る……。それは今の文明にはない技術だ。僕のような特異な人間が、仕組みもわからず使う生体的なシステムじゃない。もっと普遍的な、技術的なシステムだ。
自由自在に空間を点で繋ぐ技術。線の文明ではなく、点の文明。明確な程の技術差を感じるな……。
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もしもそんな物が世界に出回ったら……。それが平和目的なら、単なる技術革新で済む。だが、ジェイルなら……。
「それで済ますはずがない」
口元に右手を当て、一矢は呟く。
「どう考えたって、犯罪行為に使うだろうし。空間を自在に渡る宇宙船が本当にあるのなら、平気で金を積む犯罪者だって多い。それに……」
単なる犯罪者相手なら、取り締まるのも何とかなるかも知れない。だけど、もし。もしも、ルキアノ・フェロッサーが船を手に入れたとしたら……。今だって変幻自在に星間の治安を脅かしているあいつが、そんな物を手に入れたとしたら?
……終わりだな。現在の治安システムは機能しなくなる。星間連合も、星間軍も瓦解する。テロの脅威を防ぐ事も、ルキアノを捕まえる事も出来なくなる。星間連合にはその力がない。
幾ら僕がルキアノを追いつめて、例え殺したとしても、組織自身を潰せなければ意味がない。宇宙船の性能がこれだけ明確に違えば、手のうちようがなくなる。無手でプラズマ砲を装備したオーディーンに勝てって、言われているようなものだ。
虚空を見据えていた一矢は、ぎりっと奥歯を噛み締める。
ならば、危険な芽は早々に摘み取らせてもらおうか!
明確な決意も新たに、一矢はグロウに視線を合わせた。
「グロウ、少し手伝って貰える? グロウの任務はこの人が死んだ事で終わってるんだろう? 悪いけど、付き合って貰えるかな? 指輪を取り戻したいんだ」
或いは完全消去。
不敵な笑みを浮かべて、一矢はグロウを誘った。一人より二人の方が動きやすいし、グロウならそこそこ役に立つだろうと判断したからだ。