掲示板小説 オーパーツ60
……それほど子供じゃなかったからな
作:MUTUMI DATA:2004.8.29
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 暴露出来るものならば、グロウと対して変わらない年代なのだと言ってしまいたかった。
 神を名乗った男を殺した代償に、一矢は自己の時間を狂わされた。メビウスの輪の様に、繰り返す時の流れに閉じ込められた。本来あるはずの成長も、衰退もない。凍えた時間を生きる羽目になったのだ。
 永遠に生きるのとは違う。条件が揃えば一矢だって死ぬ。ただ死ぬその直前まで、一矢の中の時間が止まっているだけだ。思春期から青年期にかけての最も大切な時間を、一矢は喪失していた。
 友人や義理の姉妹や兄弟達が成長し、大人への階段を駆け上がるのを尻目に、一矢はずっと同じ姿を保っている。神を殺したその時から、全く変わってはいなかった。一矢が支払った代償は、己の未来そのものなのだ。
「……それほど子供じゃなかったからな」
 微妙な言い回しの言葉をグロウに返し、一矢はこの話題を断ち切る。触れて欲しくない古傷を、抉られて喜ぶ趣味は一矢にはない。
 だからさっさと会話を、本来の目的へと誘導した。

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「ところで、確認なんだけど」
 セイラの動かない指先を指し示し、一矢は尋ねる。
「この人、白露を指にはめていたよね? どこにもないんだけど……、在り処を知らない?」
「え!?」
 グロウは小さく驚き、慌ててセイラの遺体を検分する。ポケットや服の隙間を捜すが、指輪はどこからも出ては来なかった。

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「ない、ね」
「はい」
 二人は考え込み、同時に同じ結論に達する。
「持っていかれた、か」
「ジェイル……め」
 一矢は敵の名を口ずさみ、短く息を吐き出す。苦々し気な仕草だった。
「あの指輪はそれ程大事な物だったのですか?」
「白露? ん、まあ預かり物なんだけど、そんなに価値は高くないよ。ただオーパーツだから、好事家には堪らない逸品だろうけどね」
 言いながら、一矢はふと考え込む。
「この人はただ収集したかっただけなんだろうか?」
「セイラですか? ……まさか。セイラの性格からして、そんな物に価値を見い出す筈はないです」
「……だよね。だとしたら、……何をしようとしていたんだ?」
 白露は指輪でしかない。空間炸裂をおこした、それだけの物だ。この女の人が欲し、ジェイルをも欲しがらせる物にしては、インパクトが弱い。
「グロウは目的を知らない?」
「いえ」
 尋ねられ、グロウはあっさり首を横に振る。潜入していたとはいえ、セイラやジェイルとはそれ程長い付き合いではない。中枢に潜り込む事に全神経を使っていたグロウにとって、それ以外の事象は感心外であって、興味の沸かない物に対して、グロウは驚く程冷淡だ。
「済みません」
 役にたたない事を詫びるグロウに、一矢は苦笑を向けた。
「いや。まあ、こっちの調べが甘いせいもあるんだけど」
 本来なら、敵の動向を完全に把握してから作戦に臨む。それが一矢達のポリシーだ。だが今回はかなり急だった為、ある程度の情報しか一矢も把握してはいない。残りは、自らの推論で組み立てるしかないのだ。
「空間炸裂。空間の操作……。空間……」
 ぼそぼそと呟きながら、一矢は虚空に視線を向ける。頭の隅から何かを拾い出そうとする様に、一矢はじっと考え込んだ。
「遺跡から出た物……。遺跡?」
 宙を漂っていた視線が、急速に意思を持ちはじめる。
「シドニーは、どこかの遺跡から発掘された物って言っていたけど……。うわっ。ロバートの奴は……!」

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「確か、フィニア円環遺跡って言っていた!」
 一矢の呟きに、グロウが反応する。
「フィニア円環遺跡? ……西海のですか?」
「西海?」
 具体的な地名、それも慣れ親しんだ語句らしい反応に、一矢は思わず聞き返す。
「ある場所を知ってるの?」
「ええ。この星にありますが……。宇宙港から見えませんでしたか? 赤茶けた渦がこの星の海の中にあったと思いますが」
「はい……?」
 渦? えっ。そんなのあったのか!?
 きょとんとする一矢に、グロウが説明を加える。
「フィニア円環遺跡というのは、早い話が昔の廃棄物施設です。今とは異なった理論で設計された宇宙船が、まとめて廃棄されています。そのほとんどが岩盤に埋まっており、今となってはどうする事も出来ません」
「残骸……もとい、廃棄物遺跡なの?」
「ええ」
 きっぱり、はっきりグロウは頷く。
「単なる廃棄物も時がたてば、立派な遺跡ですから」
「……遺跡。はは……。まあ、遺跡だな」
 何だか虚しくなるものがあるが、それはそれとして、一矢は再び考え込む。
「昔の宇宙船ね。……昔って、どれぐらい昔?」
「1〜3億年ぐらい前らしいですが」
「……は?」
 ぽかんと口を開け、一矢は唸る。
「何それ。……人類宇宙創世記の物かよ」

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 人類宇宙創世記。またを人類ビックバン期。最も人類が広い宇宙を支配し、開発していた時期の事だ。
 その時期の宇宙船や文明は、現在の物よりも遥かに進んでいたと考えられている。何故なら現在の星間の文明が、その当時の文明の欠片の寄せ集め、一度滅び、消失した文明の勃興したものでしかないからだ。
 過去に大繁栄していた人類文明は、1億年ほど昔に一度滅びている。その原因はいまもって不明だが、星間戦争などより、もっと広範囲な宇宙大戦が行われた為であろうと言われている。
 現実に、戦争のあったらしき痕跡は、今も宇宙に存在している。公転軸からみると、あるはずの惑星がなかったり、二つに割れた衛星が存在していたり、理論的にありえない現象が起こったりするからだ。
 惑星や衛星に刻まれた爪痕は、1億年やそこらで消えるものではない。



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