掲示板小説 オーパーツ59
誰が始めた戦争なんだ?
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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「グロウにとって、先の共和国大統領は大切な人だったの?」
「……ええ」
 それに対し呟く様に囁き、グロウは目を閉じた。
「とても大切な……。敬愛すべき方でした。我々の親代わりだったんです」
「親?」
「里親とはちょっと違いますが、制度的には似たようなものかも知れません。自分も含めて、今回の作戦に動員された緋色の共和国軍人は、全員がハウス出身です」
 グロウは、少し寂しそうに続ける。
「親を亡くした孤児達の集まる所。スカーレット共和国、王家直営の孤児院。それがハウスです」
「……グロウは孤児なの?」
「はい、先の大戦で親を亡くしました。自分の親は神の側についていました。ですから薔薇座青雲域で、シーフェル艦隊の殲滅戦を受け……」
 黙り込んだグロウの後を一矢が続ける。
「戦死した、か」

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 ……つまり僕が殺したって訳だ。
 当時シーフェル艦隊の総指揮をとっていた一矢はそう思い、何とも苦い感情を飲み込んだ。
 薔薇座青雲域。星間戦争の激戦区として名高い宙域には、今なお多数の船の残骸が漂っている。大破した宇宙船のなかには、回収されていない遺体も多い。
 一矢としても、あまり思い出したくもない場所の一つだ。薔薇座青雲域が歴史的にも有名なのは、そこで行われた行為が残酷であるだけでなく、歴史的な転換点でもあったからだ。
 シーフェル艦隊が、始めて神の軍勢に勝利した場所である。

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 シーフェル艦隊。
 現在の星間連合の母体となった組織、神を名乗った支配者に抵抗した勢力、当時ルービックサイドと言われた者達の組織した艦隊だ。
 ルービックサイドには幾つかの部隊があった。中でも有名なのは本体、メビウス艦隊と、遊撃を専門にこなしていたシーフェル艦隊だ。
 共にそのトップはリンケイジャーであり、大人とはとうてい呼べない年齢の子供達であった。だから戦後、この二つはよく「子供達が動かした艦隊」と呼ばれた。
「……あの戦争は、何を産み出したんだろうな。沢山の人を傷つけて不幸にして。何もかも破壊して……」
 自分が殺した人間達。大人も子供も、老人も。沢山の殺してしまった人達……。
 一矢は視線を彷徨わせて、目を閉じる。
「誰もが幸福を破壊された時間。……間違いだらけの戦場に、正義だの理想だの……。そんなものはどこにもなくて、ただ生きる為に必死になって……。何一つ守れずに、いたずらに時間を消費され……」
 薄く目を開き、一矢は続ける。
「誰が始めた戦争なんだ? 誰の為の戦争だった? あんなものに……目の色変えて、僕らは何をしていた?」
 ぎゅっと唇を引き結び、一矢は虚空を睨む様にしっかりと目を開ける。
「僕は二度と体験したくない! あんな愚かな真似はこりごりだ……!」
 吐き捨てる口調のきつさに、グロウは密かに目を見張った。10年も前の戦争を、これ程きつく罵るとは思わなかったからだ。
 グロウの年代の者からしても、あれはもう過去の出来事だ。忘れよう、忘れたい……。そう願うぐらい昔の出来事。なのに。
 一矢にとっては、終わらない悪夢であるらしい。

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 自分の親の世代の体験を、実感を持って知る事は出来ない。そこで何があったのか、想像するしかない。
 そこには、切羽詰まった危機感や恐怖感は発生しない。あくまで他人事。自らの預かり知らぬ出来事。それに対し後悔や懺悔、諸々の負の感情は存在しない。
 あったとしても、嫌な感じや眉を曇らせる程度だ。魂からの叫びには程遠い……。親を失ったグロウにしても、その無惨な死を認識している程度だ。喪失感や憎悪はある。けれど、己を見失う程の苦痛はない。
 なのに一矢は胸を押さえ、擦れた喉で大きく息をついた。しわくちゃに掴まれたブラウスの布地が、がさりと音を発てる。
「……絶対に、……あんな事もう許さない。二度と戦争なんて起こさせない……。今度は絶対……阻止してやる!」
 吐き出す声はどこか震えている。目の中に微かな怯えが走った事に、グロウは気付いた。
「……あなたは」
 言いかけ、言葉を濁す。何度か首を振り、雑念を追い払うとグロウは一矢に向き直った。

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 グロウからしても、当時はまだ幼い子供だった。既に戦争の記憶は朧げだ。
 鮮明な記憶は幾つかあるが、あまり良くは覚えていない。思春期に交わされた会話、心情。それら全ては成長と共に薄れた。積み重なる新しい記憶に、どんどん埋められていったのだ。
 今となっては両親の顔すら、写真の中でしか知らない。もう瞼に思い描く事は出来ない。全ては、10年も昔の過去なのだ。一矢にとってもそのはず。
 だが、一矢が抱く感情は風化したものではない。まるで今さっきの出来事の様だ。10年も昔なら、常套なら、一矢はまだわずか4才か5才だったはずなのに……。そんな朧げな、記憶が風化した素振りもなかった。
「あの戦争を、まだ鮮明に覚えてるんですか?」
「……」
 グロウの疑問に、一矢は沈黙で応じる。
「自分は……。あまり定かな記憶はありません。両親の無事を祈った事は覚えていますが……」
 言いながら、グロウは一矢に視線を流した。
「あなたも似たようなものではないんですか? 自分よりずっと、子供だったはずですが?」
 その台詞に、一矢は特大の苦笑を浮かべた。あまりにらし過ぎて、笑うしかない推論だ。子供だと思われるのは慣れているが、そこまで誤解されるのも珍しい。



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