掲示板小説 オーパーツ58
正確には、殺せと
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「……」
「……」
 二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に走り出す。角を曲がったその先に、何かが見えた。大きなマネキンの様なもの。
 白いドレスを血で染めて、その女性は横たわっていた。真っ赤な血が床を赤く染めている。乾ききらず、変色もしていない血液は、凶行が行われたのがつい先程だと、二人に教えていた。
 遺体を見下ろし、一矢が呟く。
「この人……」
 窺う様にグロウを見ると、
「……セイラ・スカーレット。スカーレット・ルノア共和国の、最後の姫です。いえ、共和国王家の姫だった方と言った方が適切でしょうか」
 重い口を開いてグロウが答えた。
「彼女は、この星系の支配者一族の最後の生き残りです。残りの方々は、彼女自身が抹殺してしまいましたから」
「は?」
 思わず一矢はぽかんと聞き返す。言われた事の意味が飲み込めない。
「共和国王家全員、係累に連なる方も含め100名余りの方々が命を落としました。自らの権力を増強する為に、彼女が殺したのです」
「……そんな話、僕は聞いた事がないけど?」
 どんな噂であれ、政治権力に近い物であれば、一矢の耳に入らない物はない。
 子飼いの情報屋からや旧い友人・知人、情報部の公的な情報。そういった様々なルートから一矢に情報が寄せられる。およそ醜聞と名のつく物なら、一矢以上に知る者はいないだろう。
「共和国の豪華客船が難破した事件を御存知ですか?」
「ああ、それなら。遊星群に突っ込んだんだろ?」
「公的にはそうなっていますが。……実態は一大暗殺ショーです。船の航法コンピューターが違法に改竄されていました。遊星のある方へ、誘導されていたようです」
「あらま」
 呟き、一矢は軽く溜め息をつく。
「僕の知らない事って、まだまだ結構ありそうだな」
 職務上、秘匿情報にも触れる事の多い一矢だが、それでも数多の星系の、全ての秘密を知っている訳ではない。星系政府が隠滅を行えば、幾ら一矢だって知らない事も出て来る。

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 それは必然というものだ。
「彼女は血族を皆殺しにする事によって、ここでの地位を高めました」
「……話を聞く限りさして慈悲深くもないのに、良く民が支持したな?」
 セイラの遺体の側に屈み込み、一矢がグロウに聞き返す。グロウはどこか苦々し気に、それに答えた。
「彼女、セイラは共和国軍を抱き込みました」
「へえ。軍政をしいたってわけ?」
 そっと一矢の指が、セイラの土気色に染まった頬を伝う。赤茶の髪がはらりと流れ落ちた。
「そうです。軍をダミーとして用い、この国を裏から支配しました。それに反発した者は、投獄されるか、冤罪をきせられて殺されました」
「ふうん。お決まりのパターンって奴か。……で、その統治に反発した一部の共和国軍が、彼女を排除する為にこの騒ぎを起こしたのか?」
 一矢の問いに、グロウは静かに首を横に振る。
「違います。我々を動かしたのは、もう一人の王家の生き残り」

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「生き残り? へぇ、用心深い奴も居たんだ」
「気付いていたのでしょう。セイラが何をしようとしているのか……」
「ふぅん」
 セイラの右頬に何かを発見し、一矢は思わず眉を寄せる。それは∀の記号。逆さを向いたアルファベットの頭文字だった。
「で、グロウに指示を出した人って誰?」
 一矢の探るような視線に、苦笑を浮かべグロウは続けた。
「セイラの父親、先の共和国大統領レイス・スカーレットです。娘に権力を奪われたとはいえ、彼を慕うものは多くいました。その方の命令なら是非もない」
「セイラを排除しろって言われた?」
「正確には、殺せと」

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 冷めた眼差しで、グロウはセイラの遺体を見る。無惨な死に対し、哀れみも憐憫もない。
「レイス・スカーレットは決して残酷な方ではありません。家族を愛するごく普通の人でした。物静かな方だったと記憶しています」
「……だけど、娘を殺せと言った」
「他に止める手段がないからと。それが最も確実な方法だと言われて……」
 ちらりと視線をセイラの指先に這わし、一矢はおもむろに立ち上がる。
「そう言って、レイス・スカーレットは亡くなったのか?」
「はい。死んだ事を御存知でしたか?」
 グロウの問いに、一矢は短く首を横に振る。
「いや。緋色に知り合いなんていないよ。グロウの口調が過去形だったから、そう思っただけ」

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「そうですか……。先の共和国大統領は、客船暗殺事件の2ヶ月後に、交通事故にて死去なされています」
「交通事故?」
 その意外な名称に、一矢は軽く目を見開く。
「それもこの人が画策したと?」
「証拠はありませんが」
「ふうん」
 相槌を打ちながら、一矢はちらりとグロウに視線を向けた。感情を押し殺し、無表情を貫いたままのグロウに向かい、一矢が短く問う。



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