掲示板小説 オーパーツ6
君の言い分を聞こうか
作:MUTUMI DATA:2003.10.13
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しました。


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「はい、シグマ君コーヒー」
 紙コップのコーヒーを、シグマに手渡し、パイは自分も席につく。
 パニック状態だった子供達を連れ、一矢達は情報部のエントランスホールに来ていた。あのまま学校で話し込むのは危険だと、一矢が判断したためだ。
 あまり自分のボロがでそうな場所に、パイ達を近付けたくはなかったが、さりとて他に安全な場所は思いつかない。
 一矢としては、なるべく三人の恐怖感を緩和したかったのだ。その為、誰がどう見ても絶対に安全だとわかる場所に、集合する必要があった。
 そして今ようやく、シドニーを含め、子供達はボブの買って来た自動販売機のコーヒーを飲み、やっと一息ついている所だった。
「ほうぁ。コーヒーが美味しいなぁ」
 意味不明の感嘆符を漏らし、ケンはぼーっと空中を眺める。ずずっとコーヒーを啜りながら、一矢も同様の事を思った。
「さて、皆落ち着いたかな?」
 座を取り仕切るかのように、ボブが全員の顔を見渡す。真っ青だった顔色が、程よくピンクを帯びてきている事を確認し、ボブは話を切り出した。
「君達を襲ったのは、全員傭兵だった。彼らはプロで、シルバースピア傭兵団の者だ」
 銀の槍、まあ、どっちかっていうと、あんまり質の良くない傭兵団なんだが、腕は確かな連中だ。金次第で何でもやるところが、珠に傷なんだけどさ。
「さて、我々の疑問はたった一つだ。何故プロの傭兵から狙われる?」
 言って、ボブはシドニーを見つめる。その瞳を、目を射すくめた。
「君は何を、……何をしにこの星に来たんだ? シドニー・ネルソン・L・リーゼ」
 いつもは省略される本当の名を告げ、ボブはシドニーを見下ろす。椅子に座っていないので、長身のボブが見下ろすと、威圧感を与えるような感じに、どうしてもなってしまう。
「どうして指輪を狙われた? これも君達の一族の争いの一環か?」
 ボブはシドニーに向かって、とどめの一発を放つ。
「総代官邸から、君の護衛を求める要求がきている。一介の子供相手に我々が動くなど、前代未聞なのだがね」

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 そう言って、シドニーを睥気する。決して口には出さないが、ボブにしても官邸からの口出しに辟易していたようだ。
 何だ。ボブだって、この命令気に食わなかったんじゃないか。
 ちょっと片眉をあげ、一矢はボブを盗み見る。
「シドニー・ネルソン。君が答えないのならば、我々もそれなりの対応をすることになるが……?」
 一息にそう告げると、ボブはじっとシドニーを見た。迷彩服姿でこんな事を言うものだから、シドニーを含め、パイ達も吃驚して、動きを止めている。
 ボブ……、やり過ぎだ。
 小声で突っ込みつつ、一矢はシドニーのフォローに回った。
「あの……シドニー、パパ今ちょっと気が立ってるから、……その。気にしないでね」
 ボブは何か言い返そうとしたが、一矢の黙ってろという目にあい、口を噤んだ。
「教えてくれないかな? 君の知っている事を」
「私は……」
 シドニーは何か言いかけ、再び黙ってしまう。
「あのね。シドニーは僕達が巻き込まれるのを警戒してるみたいだけど、えっとね。それはもうないから。僕らに何か起こるなんて事態はありえないから」
「一矢君」
 パイは不安そうに一矢を見る。
「大丈夫だよ、パイ。今日みたいな事はもうないよ。だってパパ達が動くもの」
「……しかし」
 シドニーは不安そうにボブを見る。自分達を救ってくれたとはいえ、まだ差程、信用はしていないようだ。
 さすが、ネルソン。疑り深いな。
 思わず一矢は苦笑してしまう。恐らくシドニーはここの本質を知らないのだ。ロバートからは何も聞かされてはいないのだろう。
 どこまで明かすべきか。僅かな間一矢は逡巡する。この場にはパイ達もいるのだ。下手な事は言えない。けれどこれだけは言っておく必要があった。
「シドニー、君は思い違いをしている。パパ達は君の護衛を命令されているけど、それが本職じゃない。ここがどこかわかってる? ここは情報部だよ」
 その本質は桜花部隊と言われていた頃と、何もかわってはいない。
「星間軍をなめてない? ここは人殺しの集団で、ここにいるのは皆、軍人なんだよ?」
 一矢は言いながら、ぐるりと周囲を見回す。ボブを含めシズカ達が、肩を竦めたのがわかった。

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 面と向かって一矢に人殺しの集団と言われたわりに、怒るでもなくボブ達は佇んでいる。作戦に携わっていた者の誰もが、一矢の発言を否定しない。
 いや、出来ない。
「ここは……星間軍の施設だけど、……闇に一番近い所だよ。破壊と、殺戮と……」
 ちらりと一矢はボブを見、その瞳をシドニーの方へ戻す。シドニーの顔を視界に捕らえながら、一矢ははっきりと言い切った。
「アンダーセクション、ダーティ専門の……部隊だ」
 言い切ってしまうには、少し抵抗がある。けれど自分達がしている事は、それ以外の何者でもない。一矢は揺るぎない瞳をして、シドニーを見る。
「パパ達はそういう部門の人間だ。そんなパパ達が君の護衛を請け負った。……どういう意味なんだと思う? ねえ、君にはわかるでしょう? ……君も、ネルソンなのだから」
 途端に、さっとシドニーの顔色が青くなる。驚いた目をして一矢を見つめた。それを見届け、
「……パパ。僕達は席を外すよ」
 唐突に一矢はボブに向かってそう告げる。
「一矢?」
 きょとんとした表情のシグマ達を促し、一矢は椅子から立ち上がる。
「みんな、向こうに行こう。これから先はパパの……仕事だから。聞かない方がいいよ」
 ボブは微かに頷き、腕を組む。
「一矢君」
 不満そうなパイの背を押し、一矢はふわっと笑って続ける。
「パパに任せておけば、大丈夫だよ」
 その言葉と笑顔に、パイは弱々しく笑みを返す。シドニーの事は心配だが、一矢の父親に委ねる事に反対はないようだ。
「しょーがないな」
 ケンもぶつくさ言いながら、紙コップに入ったコーヒーを片手に席を立つ。一矢は、悪いねとか、呟きながら三人を伴って、ボブ達から離れて行った。

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 一矢達四人が十分に距離を取り、話の聞こえない所迄移動したのを見届けると、ボブはシドニーを見下ろし、発言を促した。
「さて、君の言い分を聞こうか」
 立ったまま、組んだ腕を解きもせず、シドニーの旋毛を見下ろす。見方によっては高圧的とも言える態度だ。
 その横では同じ様に突っ立ったっまのシズカが、コーヒーを啜っている。茶目っ気一杯の興味深々の表情で、シドニーを観察していた。
 いきなりこんな人々に囲まれたシドニーは、当惑と不安に揺らいでいたが、意を決して話し出す。握られた拳は真っ白だった。
「身内の恥をさらすようで、あまり公にはしたくないのですが……。今、ネルソン家では父と、叔父ジェイルの間で勢力争いが起こっています」
 表情も変えず、ボブは頷く。その程度は百も承知のことだ。
「叔父は……父の持つある物を欲しがっていました。それが、白露(はくろ)と呼ばれる指輪です」
「白露?」
 ピクリと眉を上げ、ボブはシドニーを凝視する。シドニーもその視線を受け返した。
「はい。叔父はそれが欲しくて、こんな騒動を起こしたのだと思います」

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「もともと白露は、我が一族に伝わるものではなかったようです。数代前の誰かが、遺跡で発掘したものを買い取ったと聞いています」
「遺跡? ……まさか盗品か?」
「可能性はあります」
 シドニーは言い、からからの唇を湿らせる。
「ですが、最早はっきりとはしません。その出自も、指輪の由来も。ただ……その指輪は普通ではありませんでした。指輪の形をした何かだったのです」
「……」
 ボブは眉間に皺を寄せ、先を促す。
「数年前に一度指輪は発光現象をおこしました。そしてそれに同調して、空間に異変が起きました」
「何?」
「次元が……裂けかけたんです!」
 喘ぐ様にシドニーは言い、目を丸くするボブを見つめる。
「こんな事信じて貰えないのは承知しています。しかし、あれは。あの現象は……」
”空間炸裂だよ。たまにあるね。……オーパーツの仕業だ”
 唐突にボブの脳裏に一矢の言葉が重なる。はっと一矢の方を伺うと、コーヒーをちびちび飲む一矢と目が合った。
 どうやら一矢はテレパス能力を発揮して、ボブに言葉を伝えているらしい。淡々とした口調で一矢はなおも述べる。



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