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恐らくこの女性が止めてくれなければ、まず間違いなく自分は針に当たっていた。
それが確信出来たのだ。
「う……わ」
言葉もないパイに、女性は申し訳なさそうに告げる。
「ごめんなさい。あの方、少し手抜きをしたみたいなの。多分場所を固定化して、シールドを展開したのだと思うわ。これだと、その場所から動いた生き物には適用されないから、こんな風に、とても危険な状況に陥りやすいの……。悪気はないと思うのよ。あなた達は絶対に動かないって、確信があってした事だろうし。ねぇ、怒らないでいてやってくれる?」
不安そうにそう尋ねられ、パイはかなり面喰らって女性を見つめ返した。
「あの。……あの方って? それにシールドって?」
「私達の隊長のことよ。あなた達がとても危険な状態だったから、とっさにシールドを展開してくれたみたいなの。でも、ちょっと手抜きしていたみたい」
困ったものよね、と笑って言いながら、女性は通信機に向かって文句を言う。
「隊長。手抜きしちゃ駄目ですよ。危ないじゃないですか」
そう言い終わり、ねぇ、とパイに同意を求めて来た。何だか意味がわからないが、曖昧にパイは頷く。
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「あのう。聞いていいですか? 助かったのは嬉しいんですけど、どうしてここに? それにあなた達は……?」
どういう人達なのかと、パイは小首を傾げた。自分の目の前にいる女性は、迷彩服を着ていて、ごついワークブーツを履いている。とても通りすがりの人には見えないし、警察にも見えない。
かといって、ディアーナ軍とも思えなかった。
「私? 一矢の父親の同僚よ」
実際はれっきとした部下なのだが、その辺は曖昧に濁しておく。
「ほら一矢って、よく変質者に狙われてるでしょ。だからいつも携帯用の緊急連絡装置を、身に付けているの。今回もそれで助かったのよ」
「緊急連絡装置?」
そんなものを一矢は持ち歩いていたのかと、パイは驚いて目を丸くした。
実際はそんなものどころか、銀河GPS付きの、星間連合のある全宙域をカバーする、携帯端末を持ち歩いているのだが、それはまだ内緒だ。
それに今日は別に、一矢が連絡した訳じゃない。始めから予定していた、いわば承知の上の作戦行動だった。
内心後ろめたさを感じながら、女性はパイを促す。
「さ、ゆっくり落ち着ける所に、場所を変えましょう」
ね?と、笑顔で返され、パイは無意識に頷く。一刻も早くこんな怖い場所から、離れたかった。
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”隊長。手抜きしちゃ駄目ですよ。危ないじゃないですか”
パイを助けた女性、【06】のコードを持つシズカにそう指摘され、一矢はぎょっとして目を剥く。はっとしてシズカの方を見ると、パイがおっかなびっくり周囲を見回している所だった。
うわぁ。……や、やばかったの?
ヒクッと頬を引き攣らせ、一矢は内心で手を合わせる。
シズカ、偉い! 良くやった! あとで査定あげといてやるからな〜!
人事権を握る情報部のトップ、一矢はパイが無事だったことに、ほっと安堵の息をつく。直ぐ横を見上げれば、副官のボブが一矢の方を見て、苦笑を浮かべていた。
目を合わせても何も言わないが、暗に失敗したことをからかっている向きがあった。
「何、パパ?」
一矢が何だよと、剥れて言うと、ボブは大きな手を伸ばし、一矢の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「別に」
それだけ言うと、クスクス笑い出す。
「ちょっと、パパ!」
一矢は抗議の声を上げかけるが、側のシドニーを意識して止めた。何故ならシドニーが不思議そうに、二人を見ていたからだ。
「あの、……凄く仲が良いんですね」
そんな事を言われては、黙るしかないだろう。一矢はもうどうでもいいやと思い直し、数メートル向こうで、突っ立ったままだったシグマとケンを手招く。
「二人ともおいでよ〜」
そう誘うと、二人は弾かれたかの様に駆け寄って来た。一目散にすっ飛んで来る。
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一矢達の側にすっ飛んで来たシグマとケンは、ハラハラした表情のまま、一矢に向かって叫ぶ。
「一矢怪我は!?」
「お前信じられねえ〜。どこも怪我してないのか!?」
二人は口々に言いながら、一矢の全身を覗き込む。
「うわっ、何? 何だよ二人してさ」
びくっと一矢が一歩身を退くと、二人は同時に叫んだ。
「「心臓が止まるかと思ったんだぞ!! シドニーを助けにいくなら、行くって言えよ!!」」
二人の少年に怒鳴られた一矢は、ちょっと上目使いにボブを見てから、ごめんなさい、と呟く。
「「俺達、もの凄く心配したんだぞ!!」」
またも同時にそう叫ばれ、一矢は視線を彷徨わせる。ボブを見るが、父親役の彼は面白そうに子供達を見下ろしているだけで、助け舟を出す気はないらしい。
「だいたいさ、一矢が幾ら強くても、銃を持った奴に立ち向かうなんて、無茶を通り越して無謀って言うんだぞ」
「そうそう。ケンの言う通り。一矢はお父さんとは違うんだから、危ない事はしちゃいけないの!」
二人は真剣な表情で一矢に忠告する。二人からすれば、一矢の行動は無軌道で、無謀で、無茶そのものなのだ。
まさか一矢が普段からこんな事態に慣れているとは思わないものだから、忠告に余計熱が入ってしまう。
「死んじゃったら、どうするんだよ」
「そうそう。親だって悲しむんだぞ」
そう諭され、ちらりとボブの方を伺うと、ボブは肩を小刻みに震わせていた。必死で吹き出すのに耐えているようだ。
ボブ、そんなに笑うなよ。
一矢は思わず剥れた。
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一通り笑い終わると、満足したのか、ボブはようやく一矢に助け舟を出した。激高している二人の少年を宥める。
「まあまあ、落ち着いて。この子なら多少のことは平気ですから」
「「でも!」」
二人に同時に詰め寄られ、ボブは一歩身を退く。横目でそれを見ながら、一矢はほうっと溜め息をついた。
そんなに心配する事ないのになぁ。プラズマ砲喰らっても、平気なんだし。フォースマスターを心配して、どうするんだろう? この世界に僕より強い生き物って、……いないんだけどなぁ。
呑気にそんな事を思っていた。