掲示板小説 オーパーツ4
今日は迷子じゃないの?
作:MUTUMI DATA:2003.10.6
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 助けに行くべきか、逃げるべきか。シグマとケンは真っ青は表情のまま考え込む。
 心情的には一矢の後を追って、シドニーを助けに行きたい。だが、いざ動こうとすると足がガタガタ震えて前に進まない。どうにもこうにも動かなかった。身体は何よりも、自分の感情に正直だ。
 自分達を襲った男達は、皆銃を持っているのだ。撃たれてしまうかもしれない恐怖に、身体はあっけなく麻痺してしまう。
 自分の命を天秤にかけ、無謀な行動をとることは二人には到底出来なかった。
 別に二人が冷たい訳じゃない。普通は死を感じつつ、行動する事など人には出来ない。恐怖を押さえる術を知らなければ、身体は動かない。とっさの反応を二人に求めるのは、酷なことだった。
「俺、駄目かも。足……動かない」
 ケンは泣きそうな声でそう漏らす。
「……僕も無理。吐きそう……」
 極度の緊張にさらされている為だろうか、シグマは今にも倒れそうだ。
 一矢のように動けない自分自身が、二人は少し腹立たしかった。だが、別に恥じる必要はないのだ。一矢が例外なだけで、二人は高校生としては普通の反応を示しただけなのだから。
「一矢君……」
 不安気にパイは囁く。最悪の想像をしてしまい、今にも泣き出しそうだった。

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 怖くて、不安でパイは今にも泣き出しそうだった。理由はわからないが、物凄く嫌な感じがするのだ。
「一矢君……」
 呟き、パイは真っ白な空間を見渡す。シグマやケンの半泣きの声が、付近から擦れて聞こえて来る。
 二人の話だと、一矢はどうやらこの混乱に乗じて、シドニーを助けに行ったらしい。一矢らしいといえば、一矢らしいのだが、幾ら何でも一人で行くのは無茶だ。無謀としか思えない。
 一矢が高位の能力者である事を知らないパイからすれば、それも当然の反応なのだが、パイの不安は嫌でも高まる。
「一矢君……、どこ?」
 パイは呟き一歩足を踏み出す。
 周囲に何も反応はない。ごくりと息をのみ、意を決すると、また一歩足を踏み出す。けれど何も見えず、何の音もしない。いつの間にか周囲は静寂に包まれていた。
 何故か背筋がぞっとした。
「一矢君?」
 そっと小声で尋ねてみる。シンとした空間にパイの声はいやに大きく響いた。

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 ガサッと潅木の揺れる音がする。パイは、はっとして音のした方に顔を向けた。
「一矢君なの?」
 不安気にそう尋ね、そっと手を伸ばす。次の瞬間、パイは誰かに手を掴まれていた。ぎょっとした時には、もう勢い良く引きずり込まれた後だった。
「きゃっ」
 パイのあげた短い悲鳴は、見知らぬ人物の手の中に消えていく。


 その頃、一矢はシドニーの確保に向かっていた。
 こそりとも音を発てず、側に忍び寄る。草地に縛られ転がされたままのシドニーに、静かにする様に合図をすると、そっと近寄った。
 必死に目でシドニーは逃げる様に促す。けれど一矢はそれを無視し、シドニーの縄を解きにかかった。
「若林君。危険だ、僕に構わず逃げるべきだ」
「かもね。でも、大丈夫だよ」
 にこっと笑ってそう告げる。この時シドニーの側には誰もいなかった。銃を持った男達の誰一人も存在していない。
”敵、確保完了。指揮官も確保。というか……”
 ボブの通信と共に、ごとっと音がする。シドニーの眼前に先程シドニーから指輪を取り上げた、リーダー格の男の体が落ちた。口から僅かに泡を吹いている。
”落としました。生きちゃいますから”
 ワークブーツの足先を眺め、驚いた表情をしてシドニーは側に立つ長身の男を見上げる。徐々にホワイトミストは晴れてきていた。男はひょこっと屈むとナイフを取り出し、シドニーの縄を切り落とす。
 一矢はシドニーの手をとり、ほうけている彼を立ち上がらせ、迷彩服を着た男と向き合った。見上げるようにして、微笑み声をかける。
「サンキュー、パパ」
”隊長、……またその呼称を使うんですか?”
 しっかり一矢の声を拾っていたらしい、シズカが茶々を入れてくる。放っておいてくれと、思いつつ一矢はボブを見る。もう慣れてきたのか、ボブは苦笑しただけだった。

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 手を引かれ倒れ込んだパイの体は、誰かに抱きとめられた。甘い香りと、柔らかな感触が背中越しに伝わって来る。
「駄目よ、それ以上前に出ては。危ないわ」
 優しい鈴のような声が、パイの頭上から降って来る。パイは一瞬惚けていたが、何度か目を擦ると、慌てて上体を起こした。
 改めて振り返り、見知らぬ人物、女性と向き合う。
「あ、あの……」
 顔の半分が隠れるようなゴーグルを取り外しながら、女性はパイに向かって、茶目っ気一杯に尋ねる。
「今日は迷子じゃないの?」
 結い上げていた女性の髪がしゃらりと、ほどけて流れ落ちた。光沢のある美しい髪が風に揺れ、舞う。
「あ、れ? あなたは……」
 パイは女性の顔を見つめながら、必死に記憶を辿る。随分昔に会った記憶があるのだ。
「えっと……」
「あら、覚えてない? ほら一矢が病気だった時に、お見舞いに来てくれたあなた達を、家迄送ってあげたじゃない」
 ほらほらと、楽し気に言われ、パイもようやく思い出した。
「一矢君のお父さんと一緒にいた人?」
「そうそう」
 女性はニコニコして頷く。

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「でも、とんだ災難だったわね。どこも怪我はしてないの?」
 女性に尋ねられ、パイは自分の体をあちこち調べる。幸いというべきか、どこも何ともなかった。健康体そのものだ。
「大丈夫です」
「そう。なら、良かった」
 にこっと笑って女性は言い、ゴーグルを持ったまま、足下の地面を指差す。草にまみれ銀色に光る針のような物が、パイの周囲に何本も見えた。
 木漏れ日を浴びて、キラキラと光っている。
「足下……危なかったわね。もう一歩踏み出していたら、串刺しになっていたわよ」
 笑ってそう告げられ、パイはぞっと体を震わす。よくよく見ると、パイの元居た場所を中心に円形に、銀の針、ニードルガンの針が突き刺さっていた。見えない何かにぶつかって、弾かれたかの様に散乱している針もある。
「え……? これ?」
 乳白色のミストがどんどん退き、消えていく中、パイは自分の置かれた状況を、色鮮やかに認識した。ミストで全く視界がきかない中、どうやら銃撃戦があったようなのだ。それも自分達を中心に、否、完全に巻き込んで。
「……」
 ごくっとパイは息をのむ。



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