掲示板小説 オーパーツ56
死に行く方に、哀悼を
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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思わず狼狽したセイラに、老僕は慇懃に応じる。
「あなた様は、最早不要との意味でございます」
「!!」
 はっとして、掴まれた手を引こうとしたセイラは脇腹に鋭い痛みを覚えた。
「うっ!」
 短く息を吐き出し、セイラは崩れ落ちる。深々と脇腹に食い込んだナイフから、糸のような血が流れていた。
「おっ……前!」
 セイラは苦しい息の下から、途切れ途切れの言葉を紡ぎ出す。
「御心配召されるな。白露は我が主人がお使い致しましょう」
 握りしめた真っ白なセイラの指から、老僕は古びた指輪を引き抜く。
「お……の……れ」
 怨嗟に満ちたセイラの言葉が、血の気を失った唇から漏れた。
「死に行く方に、哀悼を。……セイラ・スカーレット、最後の共和の姫よ……」
 セイラの耳元で老僕は囁く。そして一気に、ナイフをセイラの脇腹から引き抜いた。
「ひぃっ!」
 セイラの口から、一際大きな悲鳴が上がる。真っ白なドレスに深紅の染みが広がった。血の気をなくしたセイラの目が、それでも老僕の姿を追う。血に塗れたナイフを持ち、老僕は愉快そうに笑った。
「……恨みは別にございませんが、主人から許された殺人というものは、実に扇情的に、興奮を呼び覚ますものですな。理性が飛びそうでございます」
 こぽりと、セイラの口から涎が落ちる。戦慄く口が何かを叫んだ。老僕はそれすらも微笑みで躱し、ナイフを握った手を大きく振りかぶる。
 ザシュ。
 肉を断つ、鈍い音が辺りに響いた。

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 一方、その少し前、地上では。
 轟音を発し、森外れの地下から浮上した宇宙船に、地上に居たオーディーンのパイロット達が呆然としていた。
 地上から直接巨大な宇宙船が飛び立つという離れ業に、呆気にとられたのだ。本来宇宙港を利用すべきクラスの船が、何故かは知らないが白煙をあげ、上昇して行く。その船体にはどこかで見たマークが、くっきりと刻まれていた。
 望遠ズームのカメラでそれを確認し、鈴は額を叩き、呻く。
「あっちゃぁ。忘れてたのは、これかぁ」
 屋敷に接近する時に、上空から暗い穴を鈴は発見していたのだ。かなり遠くの森の中であった為、それをブラックマーケットと関連付ける事が出来なかった。
「……痛恨のミスだわ。あの穴の中に、宇宙船が隠されていたのか」
 「ああ、もっと早く気付けばよかった」と、歯ぎしりをしながら鈴は漏らす。ギリギリと奥歯の音をさせつつ、流れるような操作で、鈴はプラズマ砲を宇宙船へと向けた。赤いポイントマークが、宇宙船の映像に重なる。

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「だけど、……逃がさないんだから!」
 慎重に慎重に、鈴は宇宙船の下部エンジンに照準を合わした。自動的に、オーディーンに組み込まれている補正プログラムが走る。
 赤いポイントマークが、二重円を描いて点滅した。攻撃可能の合図だ。後は操作レバーのトリガーを引けば良い。それで船は落ちる。
「大人しく、落ちなさい」
 ペロリと唇を舌でひとなめした後、鈴は迷う事なく引き金を引いた。オーディーンの手の中の、プラズマ砲が火を吹く。
 ドゥーン。
 耳を劈く音が辺りに木霊した。

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 地上に居たオーディーンのパイロット達の中で、鈴だけが引き金を引いた。その事実を視認するや否、問答無用で鈴のチャンネルに、他のパイロットから通信が入る。
「馬鹿鈴!! ほんっ気で撃つなよ〜!」
「そうよ、そうよ。不味いわよ」
「鈴っち〜、これって問題だよん」
 各々、同じチームのニノン、マリ、それに同期のユナだった。
「お前……」
「あなた……」
「鈴っち……」
 三人は同時に鈴に話しかけ、叫ぶ。
「「「星間連合のマークが見えなかったの!」」」
 三倍増の副音声に責められ、鈴はひゃっと首を竦めた。

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 だがそれでも、一応反論は試みる。
「だって、そんな物フェイクに決まっているじゃない!」
「例えそうだとしても、撃つなっての」
「どうしてよ! 逃がす気!?」
 ムッとして鈴はニノンに言い返す。
「それはそうなんだけど……ね」
 マリは小さく吐息をつき、真摯な眼差しで鈴を見た。
「何か問題があった時に、あなた責任を負わされるわよ」
「……じゃあ聞くけど、マリはその覚悟もなくてここにいる訳?」
 嫌味に満ちた鈴の問いに、マリはあっさり頷く。
「そうよ。私は、切り捨てられるのは嫌なの。そんな覚悟ある訳ないじゃない」
「……」
 鈴は唖然としてマリを見た。
「命令があれば攻撃するけれど、個人的にはごめんだわ」
「「同感」」
 またもやニノンとユナの声が重なる。鈴の冷たい視線が三人に注がれた。
「……最低。もういいよ……。私一人で落とすから!」
 どこか自棄くそ気味に鈴は叫び、オーディーンの鋼鉄の翼を広げる。
「皆はここで、指でもくわえて待ってればいいのよ!」
 捨て台詞を吐くと、鈴は推進装置を点火した。オーディーンの背にある補助翼が、角度を変える。
「じゃあね!」
 そう一方的に言い切ると、鈴の乗座するオーディーンは暗闇に舞い上がった。真っ白な光の筋が残像となって残る。鈴は宇宙船を追いかけ、一気に闇夜を加速した。
「え!? わっ!? 鈴!? お〜い」
「あらあら」
「……はぁ」
 ニノンは焦り、マリは可笑しそうに呟き、ユナは深く息をつく。そして三人は、またもや同時に言った。
「「「人の話は最後まで聞け……。誰も黙って見送るとは言ってないだろう」」」と。
 おっちょこちょいの気が強い鈴に、三人は各々あらぬ方向に視線を向け、呟く。
「全く、早とちりめ」
「困った子ね〜。上から命令を降ろしてもらえれば、気兼ねなく戦えるっていうのに。ねえ?」
 最後のねえ、は鈴の同期のユナへの確認だ。だから思わずユナは、苦笑を浮かべた。
「鈴っち、思い込んだら一直線だから……」
 弁解にならない弁解をユナは展開し、飛び去る機影をじっと見送る。



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