掲示板小説 オーパーツ55
夢は見させた
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 本気でまずい! 最大船速になったら吹き飛ばされるぞ。
 思わずぞっとして肩が固まる。ずずっと、手の平が汗で滑った。
「げっ」
 短く悲鳴をあげると、次の瞬間。無骨な指に手首をがしっと掴まれた。驚いて見上げると、ハッチから半身を乗り出したグロウがいた。
「グロ……ウ」
 一矢は戸惑った様に呟く。グロウはしっかりと一矢の腕を握ると、無言でその体を一気に引き上げた。一矢の小さな体が、転がる様に船の中に納まる。

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「いっ……たっ」
 強(したた)かに全身を打ちつけ、一矢は痛みに背を丸める。半ば涙目でグロウを睨むと、どこかばつが悪そうに、グロウは一矢を見返した後、急いでハッチを閉めた。ゆっくりとハッチが閉まり、ビュウビュウと吹き荒れていた風が止まる。
「大丈夫か?」
 振り返り、声をかけてきたグロウに、一矢は小さく溜め息をつく。
「おかげさまで」
 その口調がどこか嫌味ったらしいのは、仕方がないだろう。一矢にすれば、もう少し早く上げて欲しかった、というのが心情だ。赤くなった手の平を擦り、一矢は座り込んでいた床から立ち上がる。

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 宇宙船の通路はとても静かだった。一矢達が侵入した事を知らないのか、或いは知っていて誘っているのか……。
 どちらにしろ、一矢にとっては都合の良い事だ。罠ならばグロウの側の事情を知れるし、そうでないにしても、ジェイルを追い詰めれる。どちらに転んでも、一矢は損をしないのだ。
「奴等、船首にいると思う?」
 油断なく辺りを警戒するグロウに、一矢は少し首を傾けて聞いた。

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「おそらくは」
 グロウの短い答えに、一矢は静かに微笑を浮かべると、船首を向いて歩き出す。
「じゃあ、とっととケリをつけようか。早く帰らないとパイ達が心配するしな。行くよ、グロウ」
「は? ああ……」
 チェックメイトを前に、一矢は俄然やる気を出していた。船という狭い空間に於いて、これ以上誰にとっても逃げ場がないからだ。すれ違いで逃げられるという事もない。
 終息は目と鼻の先だと思われた。

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 星間連合の外交船に偽装した宇宙船のブリッジでは、ジェイルが貴賓席に座り状況を視察していた。
 屋敷の周りには、9体のオーディーンの姿が確認されている。いずれも外観の様子から、最新装備を施されていると考察する事が出来た。
 9体のオーディーンはプラズマ砲をこの船に向けて照準しているが、プラズマ弾が射出される様子はない。恐らく望遠カメラで星間連合の印章を見たのだろう。撃ちたくても撃てないのが実情だろうと思われた。
 そう考え、ジェイルはクツクツと笑う。
「流石に撃っては来ないか……」
 星間連合同士の相打ちは、誰しもやりたがらないものだ。外交船のマークを持つ以上、無茶をやる傾向のある者でも、攻撃には躊躇があるだろう。
「何しろ外交官殺しは、重犯罪だ。それも同士打ちでは……な。容易く納まるものじゃない」
 そこに犯罪者が居るか、居ないかは問題ではない。外交官を殺せば、問答無用で機構の中で裁かれるのだ。殺したのが星間軍に所属する者であっても、裁きは軍ではなく、機構が行う。身内への甘さは全く期待出来ない裁判となる。だから明確な証拠でもない限り、オーディーン達は撃つ事が出来ないのだ。
 その皮肉さにジェイルは喉を震わせた。
「惨めだな、オーディーン」
 神話の時代の神の名を冠する機械を尻目に、船は上昇を続けた。
「ジェイル様」
 笑い続けるジェイルに、ふと控えめな声がかけられる。ジェイルは首を巡らし、声の人物を確認した。
「キイルか」
 きちっとしたスーツに良く似た黒のユニフォームを着た老人は、優雅に頭を下げる。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。例の物、そろそろ取って来てはくれないか?」
 ジェイルはそう言って、ニッと唇を釣り上げた。
「夢は見させた。もう十分だろう。ここもこれまでだ」
「御意」
 キイルと言われた老人は、静かに同意を返す。その目は恐ろしい程に澄んでいた。
「そうそう彼女の遺言を後で聞かせてもらえるかい? 何を言ったのか興味があるのだよ」
 ジェイルは立ち去るキイルの背に、最後にそう声をかけた。キイルはそれにかすかに頷き、扉の向こうへと消える。無機質な扉の閉まる音が小さく、……響いた。


 狭い通路を足早に、ドレス姿の女性が歩いていた。純白の裾を翻し、結わえた赤茶の髪が崩れるのも構わず、セイラは一心に歩いている。
 ふと突然に、ズズズズと微少に船体が揺れた。難無くバランスを取りながら、セイラは呟く。
「エンジンが本稼動したようね」
 知性を宿す瞳を僅かに細め、セイラはひとりごちる。
「では、早く……実行しなくては」
 指にはめた白露に視線を当てたまま、セイラは静かに呟く。白色の結晶は、淡い輝きを放っていた。
 急ごうと姿勢を立て直したセイラだったが、唐突に通路の向こうからやって来た老人に呼び止められた。不遜な眼差しで老人を見返し、それがジェイルの老僕である事に気付く。
「セイラ様、主人(あるじ)がお待ちでございます」
「そう。私が遅いから、迎えに来てくれたのかしら?」
 老僕は一礼し、低い声でセイラに応じた。
「如何とも……」
 意味不明な答えを返し、微笑を浮かべながらセイラの手を取る。
「?」
 セイラはこの不躾な態度に、一瞬で血がのぼった。
「お離し!」
 そう鋭く命じると、老僕は手を握ったまま薄い唇を歪めた。
「セイラ様、美しい方が、そう目くじらをたてるものではございません。美しさが半減いたしますぞ」
「私に意見をするつもりかしら!」
 叫び返したセイラに老僕は苦笑を向けた。
「いえいえ。めっそうもない。ただ、……遺言ぐらいは聞いて差し上げろと、主人から言われておりますもので……」
「な、何を言って!?」



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