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ほんの一瞬、呆然とグロウの背を見送っていた一矢だったが、はっとして我に返ると、慌ててグロウの援護を開始した。
グロウは一直線に宇宙船に駆け寄って行く。格納庫内に居た整備士や、警護の傭兵を片端から始末し、無理矢理道を切り開いていた。
その度に、赤い鋼線が虚空を駆け回り、悲鳴と怒声が格納庫に沸いた。
「……どこが従ってるんだ? 僕は殺すなって言ったのに!」
愚痴めいた事を言いつつ、一矢は自分に銃口を向けた傭兵の眉間を狙い撃った。
パシュ。
短い音と共に光の弾丸は射出され、傭兵は眉間に穴を開けたまま後ろに吹き飛ぶ。
「……確かに、これはやらなきゃ、こっちが殺される……な」
どこか憮然としたまま一矢は呟き、銃口を傭兵達へと向けた。
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立て続けに引き金を引き、数人を射殺する。そのままグロウを追い、一矢も格納庫内に侵入した。途端に縦横無尽にレーザー弾が飛んで来る。
「っ!」
腕をかすめた光弾に、一矢は思いっきり顔をしかめた。
「……これだから、……乱戦は嫌なんだよ」
ブチブチと口では文句を言いながら、一矢は的確に敵を排除して行く。一矢の先を行くグロウの背が、僅かに小さくなった。少しずつ一矢との距離が開いてきているようだ。
グロウ……。突出し過ぎるな!
一矢は舌打ちしつつ、全速で彼を追いかけた。
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先を行くグロウは、周囲の喧噪などまるで目に入っていない様子だった。ただただ、発進しようとする宇宙船を目指し、一目散にすっ飛んで行く。
立ちふさがる敵を、左手に持った灼熱の鋼線で切り刻みながら、速度を緩める事なく、グロウは船のハッチに辿り着く。しっかりと閉じられたハッチにグロウの手が掛かったその時、轟音が響いた。宇宙船のメインエンジンが点火したのだ。
格納時には垂直方向にあるノズルから、熱風が吹き出した。ゴウウウ、という音と共に凄まじい爆風が流れる。
ユラユラとグロウの持つヒートスレッドの鋼線が、風に煽られ、不規則に揺れた。
「グロウ!」
一矢の声に反応したのかどうかはわからないが、グロウはヒートスレッドを手放すと、ハッチの外部開閉装置を操作し、素早く扉を開けた。そして、そのままスルリと身体を中に滑り込ませる。
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「げっ。ちょっ……待って!」
慌てて一矢はハッチを目差した。宇宙船はゆっくりと上昇しようとしていた。チラリと、一矢の目の端に船に描かれていたシンボルが映る。それは月桂樹と太陽の意匠をしたマークだった。星間連合の公式シンボルだ。
「……っ! それを騙るかよ!!」
憤然と一矢は吐き捨てる。その印は、犯罪者に利用される為にあるわけではない。自分達の存在証明の為にこそあるのだ。
「やってくれる!」
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、一矢はハッチの端に手をかける。フワリと一矢を引きずる様に、船が上昇した。
「!」
思わずハッチを掴む手に、力を込めた。一矢の両足が地上から離れ、虚空を蹴る。
「うわっ!?」
らしくなく、一矢は悲鳴を上げた。両腕の筋力だけでぶら下がっている状態だ。一矢でなくても悲鳴を上げるだろう。宇宙船はどんどん容赦なく上昇を続ける。既に地上とは、20メートル近く落差があった。
やばっ! 早く上がらないと!
瞬時にそう判断し、一矢は腕に力を込めた。懸垂の要領で上体を持ち上げてゆく。
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「くっそぉ」
だがなかなか上手く行かず、上がったと思ったら、途端にズルズルと下に落ちた。基本的に一矢は、体型から見てもわかる様に筋力が少ない。だから力仕事は苦手だ。
駄目だ……、持ち上がらない!
指先が痺れ、ジンジンし始める。もういつ滑っても可笑しくない。それでも僅かなくぼみを、一矢は必死で掴んだ。
そんな中、耳元を冷たい風が横切る。船体がドックの穴から完全に外に出たのだ。ぶらぶらと揺れる一矢の足下に、暗い森の木々がはっきりと見えた。少し離れた場所では、幾つもの明かりが点灯し、動いている。朧げに屋敷のような影が、闇夜に見えた。
あれは……さっき迄いた所か?
そう思う暇もあらばこそ、宇宙船のエンジンが低い轟音を吐き出し始めた。鼓膜が破れそうな、重低音が木霊する。
はっとして一矢が船体下部を覗くと、垂直方向を向いていたエンジンが、ゆっくりと水平に向きを変えている所だった。少しずつ船体が斜め上を向く。宇宙船が大気圏を突破する時の角度だ。
やばっ!
焦る一矢を他所に、時間だけが無情に過ぎて行った。