掲示板小説 オーパーツ53
単純な話だろう?
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「……」
「あ。何か信じてない目付きだな?」
「いえ、別に」
 僅かに視線を反らすグロウに、一矢は歩きながらもなお言い募った。
「どんなコンピューターであれ、ネットワークに繋がっている。単独で構成されるシステムなんて、最早有り得ないんだよ。御多分にもれず、ここのもそうだったし」
「……だから、通信で情報を送る様に設定したのですか? 」
「そ。単純な話だろう?」
 一矢は肩を小さく竦めて見せる。
「わざわざ記憶媒体に落とす必要なんてない。回線さえ生きていれば、……それで済む」

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「回線が生きていない場合は、どうするつもりだったのですか?」
 僅かな好奇心を滲ませグロウが尋ねると、一矢は自分の頭を指差しあっさりと答えた。
「ここに落とし込む」
「……?」
「人間の脳は、使われていない領域が多い。ここに落とせば、顧客情報ぐらいは記憶できるさ」
 淡々とした一矢の言葉に、一瞬グロウは声を失った。冗談かとも思ったが、一矢は至って真剣だ。迷いのない真直ぐな眼差しで、グロウを見ている。
「……それは……、人の技じゃない」
 息を飲みつつグロウが告げると、
「かもな。生体兵器の技だ」
 一矢もあっさりとそれに同意した。
「あなたは……」
 何かを言いかけ、グロウは口を閉じる。言うべき言葉も、中身も意味をなさず、かける言葉すら見失ってしまう。
「ことここに至ると、僕らは一種の兵器なんだろうな。そう実感するよ。大戦中は僕のような人間が山程産み出された。……後天的に作られたリンケイジャーは、そのほとんどが大戦中に殺された。様々な障害を負って、僕の同類はこの宇宙から消えた。生き残った事を幸運とするか、更なる不運とするか……」
 一矢は言葉を切り、自嘲気味に笑った。
「どちらにしろ、異端であることに違いはないがな」
 後天的に、かつてはルービックサイドと呼ばれた星間大戦の雄の一つ、現在の星間連合の前進となった組織に、リンケイジャーシステムを体の中に埋め込まれた一矢は、自分の脳を使ってある程度の情報処理ができる。
 義理の兄の一人であるキッズにはかなわないにしろ、脳が記憶する情報は、記憶媒体などより遥かに大きい。そして遥かに緻密だ。
 本来忘れるだろうことも、一矢は覚えている。記憶力が良いのとは、かなり違う。一矢達の場合、脳の領域に必要なモノ、それが情報処理に必要なプログラムであったり、設定であったり様々だが、そういった物全てを焼きつけられているのだ。忘れたくとも忘れられない環境下にある。
 こと何かが起こりそれが必要になると、引き出しを開けるがごとく、それを引っぱり出して使うのだ。だからリンケイジャーは、特異な目で見られるし、術後の生存率も低い。

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 かろうじて生き残った事を、幸運と思うかどうかは人それぞれだが、少なくとも一矢は自分が不幸だと思った事はなかった。色々と弊害を背負ってしまってはいるが、それでも生きていた事を恨む事はない。
「ここにある情報が絶対に必要だから、あなたが潜入したという事ですか?」
 リンケイジャーであれば、まず間違いなくどんなシステムであれ、侵入し必要なものを持ち帰れる。だからこそ桜花部隊の指揮官であった者が、ここに居るのかと、グロウはそう心の中で考えた。だがしかし、一矢の返答は実に意外なものだった。
「……正確には違う。侵入し、情報を引き出すだけなら僕でなくても良い。僕が必要とされたのは、最悪の事態を回避する為だ」
「?」
 それを聞き、グロウは困惑気に眉を寄せた。
「グロウは、知る必要のない事だ」
 一矢は短く告げると、立ち尽くすグロウの横をすり抜ける。
「……もっともそうならない事を、僕自身が願っているんだけどね」
 冷たい口調で呟くと、一矢は奥に見える赤い扉のロックに手をかけた。強固に閉ざされた電子ロックを、片手を翳し己の力で解いてゆく。解けないはずの錠前は、あっさりと一矢の前に屈服した。ゆっくりと赤い扉が左右に開く。
「行こう。直ぐ先に奴等がいる」
 一矢はグロウを振り返り、静かにそう告げた。

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 扉を開けたその先は、巨大な空間だった。地下深くにあるにも関わらず、煌々とした電灯が横合いから空間を照らしている。
 コンクリートで固められた垂直な壁の先は、漆黒の闇に彩られていた。頭上の闇の中にか細い光が幾つも見える。遥か天上の星の光だ。
 そこはまるで、切り立った崖の下にいるような気分に陥る場所だった。横手から差し込む光に、慌ただしく駆け回る人々の影が幾つも床に重なり、複雑なロジックが描かれる。
 物影からそんな様子を確認し、一矢はベルトに挟んでいたレーザー銃を引き抜き、安全装置を外した。エネルギーの残量を把握し横手を見ると、ヒートスレッドを左手に握ったグロウと視線がかち合った。
「……あまり殺すな。使われているだけの人間だ」
「可能ならば、……従いましょう」
 中央にある一隻の宇宙船を睨んだまま、グロウが応じる。

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 涙滴型をした灰色の宇宙船は、発進準備を終えようとする所だった。側面のハッチがゆっくりと、二人の目の前で閉まってゆく。
 それを見て、焦った様に飛び出そうとするグロウの肩を、一矢はとっさに押さえた。
「駄目」
 短く告げるが、
「離せ!」
 グロウは怒りの声を上げ、一矢を引きずる様に格納庫内に飛び出した。
「グロウ!」
 思わず抗議の声を上げるが、グロウは一矢の手を振り解き、無茶を承知でヒートスレッドを片手に突入する。疾走するグロウの左手から、赤い鋼線が空中にのびた。
 ビイイン。
 甲高い、糸の張るような音が虚空に木霊した。



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