掲示板小説 オーパーツ52
……作戦の終了も間際か
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 だがそれも付け焼き刃なものでしかない。肉体や精神に負った傷は、遥かに深い。それを癒すには長い時間が必要だ。
 不安そうな表情をしたまま、暗闇の中に立ち尽くす子供達は、まだはっきりとは、自分達の置かれた状況を理解していないようだった。長い間自由を奪われていたのだ。救助の手を差し伸べられても、俄には信じられないのかも知れない。
 地下へ続く通路から、探索に当たっていた緋色の共和国軍の兵士達が、ぽつぽつと姿を現し出した。あらかたの捜索が、終わりつつあるようだ。

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 兵士達の中には、負傷した者の姿も見えた。抱えられる様にして、救護班の方へ運ばれて行く。
「……作戦の終了も間際か」
 その光景を見ながら鈴は呟く。
「でも……、目的はまだ達していないわ。セイラ・スカーレットを確保したと言う報告がない……」
 一抹の不安を抱きながら、鈴は操作レバーに片手を添わせた。注意深く、用心深く赤茶けた映像を見つめる。
「私達、何か大事な事を見落としたの?」
 鈴は自問しながらも、忙しく思考を巡らす。ここを短時間で制圧してから、敵に特におかしな動きはなかった。散発的に抵抗を止めない傭兵達もいたが、それが何かに影響した訳でもない。
「……でも何か引っかかる」
 鈴は眉間に深い皺を刻んだ。
「む〜」
 唸ってみるが、一向に思い出せない。自分の記憶力の薄さを、真剣に鈴は恨めしく思った。

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「目的の人物が見つからないという事は、普通に考えたら、どこかに隠れている。或いはここには元から居なかった、ってことか……。でもこれは有り得ない。ここに居る事は、緋色の共和国の軍人が確認しているし、隠れるっていっても……。一体どこに?」
 鈴は再び黙り込む。外部スピーカーが拾う周囲の喧噪の音は、けたたましく、何時終わるとも知れない程だ。
 同僚達が繰り広げるたわいない会話との落差が。嫌が上でも目立つ。日常と非日常の交錯するのが、鈴の今いる場所だった。その接点は近くて遠い。
 鈴はもやもやする感覚を押し込めながら、その場に佇み続けた。鈴の乗座するオーディーンは、微動だにしない。



「あった!」
 地下の一室で目的の物を発見した一矢は、喜び勇んでそれに駆け寄った。足下に切り捨てたガーディアン兵器が、無惨にも転がっている。人間の半分程の大きさの円筒形をした機械だった。
 主に部屋のロックに使われる汎自立式マシンだ。重要な部屋の扉を警護するのに使われている。人でないガードマンといったところか。

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「ようやく見つけた!」
 嬉々として一矢はそれに指を走らせる。後から遅れてやってきたグロウは、薄暗い部屋の中で、巨大な機械の端末に向き合う一矢を見て、軽く吐息をついた。
 真剣な横顔をして、一矢は端末を操作していた。既にグロウの存在はその意識にはない。蚊帳の外のようだ。
「……そちらの狙いは、これですか?」
 グロウはガラス張りの部屋の向こうに、ずらりと並んだコンピューター群を認め、一矢に聞いた。せわしなくキーボードに指を這わせつつ、一矢は短く肯定する。
「まあね。セキュリティロックをこじ開けてでも、欲しい物があるんだよ」
「……情報ですか?」
「当たり」
 緩やかに口元を綻ばせ、一矢は厳重にしかけられていたロックを次々と攻略して行く。何十にも仕掛けられていたはずの壁は、一矢を前に脆くも崩れ去って行く。驚く程鮮やかな手並みだった。

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 地下に隠されていたホストコンピューター、第8世代型といえど、一矢にとっては旧式の機械でしかない。遥かに複雑な第10世代型ですら、遊び道具同然に扱える一矢だ。システムのロックを解く事も、中に隠されていた情報を引き出す事も容易い。
 一矢は一見無造作に、けれどしっかりとした裏付けを持って端末を操る。軽快なキータッチの音が、狭い室内に木霊した。
 一矢の見つめるディスプレイには、滝の様に文字が流れていた。上から下に文字は勝手にスクロールして行く。視線だけでそれらを追い、全てを一瞬で把握した後、一矢は必要なプログラムを起動した。
「……これでいいかな」
 呟き、まだ動き続けている端末から離れる。背を向けて歩き出すと、一矢の作業をイライラしながら見ていたグロウが、意外そうな声を上げた。
「放っておいていいんですか?」
「うん。自律処理設定にしたからね。外部とのネットワーク回線も開けたから、勝手にこいつが必要なデータを、僕の仲間の所の送ってくれるさ」



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