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一方その頃地上は、フリーダムスターから射出されたオーディーン達が、完全に制圧を完了していた。細々とした抵抗は当然あったが、そんなもので止まるオーディーン達ではない。的確な指示の元、さしたる被害も受けずに、彼らは任務を終えようとしていた。
今も銃器こそ外部に向け構えてはいるが、中に居るパイロット達は気楽な口調で、共有回線を使いお喋りに興じていた。彼らにすれば、屋敷を制圧した時点で、任務は完了したも同然なのだ。後は地上部隊の仕事となる。
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「ふわぁ。……暇ね」
欠伸を噛み殺し、同僚達のお喋りを聞くともなしに聞いていた鈴・ビーンズはそう呟き、再び起こった欠伸に大きな口を開けた。
「ん……」
薄らと浮かんだ生理的な涙を拭い、ぼ〜っと外を見る。全天候型のコックピットユニットには、外部の様子が克明に表示されていた。少し赤茶けた色を伴った景観が広がっている。
戦術艦クラスが捉える映像なら、補正処理をされ日中とほぼ同じ景観を見る事ができるが、攻撃機体に過ぎないオーディーンにそこ迄の機能はない。
また宇宙空間を主戦場として想定し生産されている為、目視による映像は、あくまでも補助的機能でしかない。パイロット達にしてもそれが普通である為、特にこれと言った苦情は今迄出てはいなかった。
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「何だか、何だか〜な任務よね」
ぼんやりと操作レバーから手を放し、頬杖なんかついてみたりする。
「これって本当に正式な任務なのかなぁ。またぞろどっかの誰かの差し金ってオチじゃないわよね?」
正規のルート以外にも、自分達の司令官の都合次第で、訳のわからない内に、様々な星に派遣されている身としては、うがりたくもなるものだ。
それでなくとも今回は、空軍と緋色の共和国現地軍との合同作戦なのだ。誰がどう動いてこうなったのかはわからないが、出立前に司令官が「出世よ〜!」と叫んでいた所を見ると、どうもやばい系の指令らしい。正規ルートを捩じ曲げて、下したものの様だ。
「司令官もね〜、やば気な物に手を出さなきゃ、ちゃんと出世出来る人なのにねぇ〜。世渡り下手だからなぁ。どうせ今回も、利用されて終わりなんだろうし」
この作戦の全体像を描いてくれたのが、どこの誰かは知らないが、マスコミにすっぱ抜かれたら、色々と問題が起こる事は事実だろう。
「乱暴な作戦だし……。緋色の軍人達なんて、仕事とはいえディアーナで子供まで攫って来てるしなぁ」
ふうっと軽く息を吐き出し、鈴は呑気な会話を続ける同僚達を、羨ましそうに眺めた。ちょうど今の会話は、デリス・バーンと昂・宵茅(すばる・よいち)のどっちがより格好良いか、だった。二人は共に有名な歌手だ。
「あ〜あ。私もこれぐらい脳天気だったら、胃炎おこさないんだろうなぁ……」
コックピットの中にまで胃薬常備の鈴は、真剣にそう思った。だが作戦中に、こんな会話をしている奴等と、同じにはなりたくないなと、ちょっぴり心の底で考える。
どちらにしろ、脳天気な図に変わりはないのだが……。
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「うちのチームって、どうしてこう緊張感がないんだろうなぁ」
鈴が溜め息混じりにそう呟くのとほぼ同時に、
「鈴〜、お前はどっち派?」
5番機、ニノンから通信が入った。面倒臭そうに回線を開け、鈴は短く返す。
「昂」
「おおっ。コテコテ派ざんすか?」
「……ま、ね」
短く返し、何だかなぁと再び溜め息をつく。
いいんだろうか? こんな部隊で?
良くないだろうという理性を飲み込み、鈴はかわいた笑いを浮かべた。
はぁ。うちのチームの評価が低いのは、この辺りにも原因があるんだろうなぁ。……早く転勤したいよ。
「ふう……」
「鈴? 何溜め息ついてんのよ」
「言ってもわかんないから、いい」
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すげなくそう言って、鈴はニノンに返した。
こいつらには、言うだけ無駄ってもんよね。
どこか達観した感情を持ちながら、鈴は再び赤茶けた外界を眺めた。へし折られた植え込みや、崩れた壁があちこちに見える。今だ燻っているのか、細い煙りの昇る箇所もあった。
だがとりあえず、他に異常は見られない。散発的な抵抗も終わり、建物の中を移動しているのは、味方の識別信号を発する固体のみであった。
客としてここに居た者もあらかた捕縛され、1ケ所に集められている。公的にはかなりの富裕層だと思われる人々の中には、半裸に近い者も居たが、誰もそれに対して同情はしなかった。同情の余地などどこにもないからだ。
その一方、犠牲となっていた子供達には、作戦に関わった者全員が激しく同情した。傷を負っていた者に対しては、直ぐさま治療を施し、現時点で出来る限りの援助を子供達に与えた。