掲示板小説 オーパーツ50
妥協してさしあげますわ
作:MUTUMI DATA:2004.7.4
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「何かにこだわっているのは、……わかるよ」
 暗闇の向こうから一矢の声がする。ジャリジャリと床に散らばった部品を踏み締め、グロウは奥へと進む。薄暗い闇の中に一矢の姿があった。淡く非常灯に照らされた顔は、先程の戦闘の為かほんの少し上気している。
「もっとも、それが何かは知らないけどね」
 グロウは苦笑を浮かべ、一矢の前に立った。Dollイレブンの溶けた電子回路が目の端に映る。
「……くだらない事です」
 呟くと、一矢は微かに眉を寄せた。何かを言いたそうにしていたが、結局止め、グロウに背を向ける。
「……先に進むよ」
「ええ」
 グロウが応じると、その後は二人とも無言だった。グロウの口は堅く、その先を聞き出す事は出来ない。二人は無言で、一矢の築いたDollイレブンの残骸を越えて行った。

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 密やかな逃亡は、その扉を開ける事によって終わった。純白のドレスの裾を裁き、セイラはジェイルの後に続いて扉を潜った。先程までの薄暗い通路とは違い、そこは煌々とした明かりに照らされた空間だった。
 喧噪に満ちた巨大な空間に、巨大な船が鎮座していた。鈍い灰色をした涙滴型の宇宙船だった。
「宇宙に逃げ出すおつもり?」
 チラリと宇宙船を一瞥し、セイラはジェイルに尋ねる。

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「それが一番安全だからね」
 ジェイルの返答に、セイラは不満気な表情を浮かべた。それを見て、ジェイルは思わず苦笑を浮かべてしまう。予想した通りの反応だったからだ。
「不満そうだね」
 幾分か揶揄を込めてそう聞くと、
「……ええ。私にはこの星に留まった方が、安全だと思えますもの」
 澄ました顔でセイラはそう答えた。
「ははは。君はあくまでも強気だね」
「……」
「だが今のこの状況では、その強気が奴等を増長させる。ここは大人しく退避した方が得策だと思うよ」
「そうかしら?」
 瞳を細めセイラはジェイルを睨んだ。
「セイラ、睨むのは止めてくれないかい。……わかったよ、ではこうしよう。私は君を市街の君の屋敷に送り届ける。その後、私はこの星を脱出する。君は君で好きにしたまえ」
「……」
「君にとっても、ここが妥協範囲ではないかね?」
 肩を竦めるジェイルを見て、セイラは止めていた息をようやく吐き出した。
「仕方ありませんわね。妥協してさしあげますわ」
 言葉とは裏腹にセイラの瞳には、苦々しそうな色が混ざっていた。体よくジェイルにあしらわれたからだ。
 セイラは巨大な見上げる程の宇宙船を一瞥し、それからプイと顔を背ける。
「艦名詐称も犯罪だったかしら?」
 呟くセイラの遥か頭上では、月桂樹と太陽のマークが電光にくっきりと照らし出されていた。
 口元に片手を当て、セイラは優雅に唇を綻ばす。
「この辺りが潮時ということかしら……ね」
 その声を拾った者は、セイラ以外どこにも居なかった。しずしずとジェイルの後を追いながら、セイラの中で自身に都合の良いシナリオが動き出す。
 先を行くジェイルを視界におさめ、セイラはうっすらと笑みを浮かべた。弓なりに添った目もとには、残忍な色が見える。
 悪いけれど、私はここで失礼するわ。破綻したものに興味はないもの。
 心の声が、ジェイルの背にそう語りかけていた。

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 投資した資金は、まだ十分回収してはいないけれども……。ここもこれまでね。嗅ぎ付けられた所に用はないわ。……それにしても、敵は誰かしら? 今更私に刃向かうなんて、緋色にそんな者が居たかしら?
 ドレスの裾を翻しながら、セイラは考え込む。
 政敵?
 その四文字が頭に浮かぶが、セイラはそれを即座に否定した。
 そんな度胸の有る政治家は、もう緋色には居ないわ。皆死んでしまったものねぇ。
 どこが面白いのか、愉悦を含んだ目許をさせ、セイラは呟く。
「どちらにしろ、ここを出たらはっきりさせてやるわ。緋色の共和国の領内で、私に逆らう愚かさを知れば良いのよ」
 サラリと物騒な事を言い、セイラは自らの指先を見つめた。セイラの指には、白い石の指輪が鈍い色をして光っていた。独特の風格のある指輪は、電光のもと柔らかな輝きを発揮する。
「ふふ。これがあれば、ここを放棄するのも惜しくはないわね」
 頭を持ち上げ、セイラはぐるりと格納庫を見渡す。ここだけでも家が10軒は入りそうな巨大な空間なのだが、それすらもどうでもいい事の様に、セイラの目には映った。巨大なブラックマーケットの施設を放棄しても、惜しくない価値がこの指輪にはあったからだ。
「白露……」
 呟き、石の表面を指で撫でる。
「その力を直ぐに発揮させてあげるわ」
 失われた古代の英知を……。
「私は取り戻す」
 セイラがそう呟いた瞬間、ゾワリとした冷たい空気が流れた。キンとした静寂が格納庫に満ちる。

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 身勝手な思惑は、他者の預かり知らぬ所で静かに増殖しようとしていた。うちなる思いを胸にし、セイラは宇宙船のタラップを上る。
 機械的な配線の残る船は、セイラの乗船を確認すると、即座に機動モードに入った。ジェイルの命令すら待たず、操船クルー達が自らの役割に添い動いて行く。
 こうして、脱出の準備は驚く程スムーズに、淡々と行われていったのだった。



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