掲示板小説 オーパーツ49
憎悪は伝播するか……
作:MUTUMI DATA:2004.5.2
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 暗闇の中に光り輝く赤い光点が見えた。六対の光は盛んに点滅を繰り返す。コトリ、そっと足を床に降ろした一矢に、一斉に光が向けられた。サーチライトの様に、赤い光が一矢の全身を暴き出す。
「……やっぱりこいつか」
 一矢は呟きつつそれを眺めた。カサカサと音をさせ、それは一矢に迫って来る。左右から発する音をげんなりと聞き、一矢は規則正しく動く無数の足を視界におさめた。
 途端に気分が悪くなる。
「悪趣味な」
 どこか不機嫌に呟き、一矢は自分に向かって押し寄せて来るそれを睨む。

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「なんでこの外見なんだ? いまだに理解に苦しむよ」
 半ばぼやき、一矢はそれを迎え撃った。
 小さな頭部に長い胴体。頭には六対の目が有り、赤く瞬いている。それの長い胴体は、連続して連なるチェーンの様だった。くねくねと曲がり、うねりながら進んで来る。胴体の両横からは短い足が伸びており、無数の足は規則正しく動いていた。
 漆黒のボディを持つこれを通称黒百足(くろむかで)、正式名称をDollイレブンと呼んだ。Dollシリーズの一式であり、民間向けにカスタマイズされた物だ。最もその外見の余りの奇異さに、差程出回ってはいないが。
「相変わらず気持ち悪い外見だな。……普通民間向けの物ってのは、もっとこう可愛いはずなのに」
 Dollイレブンに左右を取り囲まれつつある一矢は、思わず首を竦める。Dollイレブンの集まった光景は、どことなく背筋が冷たくなる。嫌な汗をかいているのかも知れない。
 だがその責任の一端が、一矢に全くないかというと、そうでもない。昔開発段階において開発者に、「侵入した時何がいれば引き返したくなるか」と聞かれ、「虫」と答えたのは一矢だ。
 まさかそれを忠実に守った訳ではないだろうが、完成したDollシリーズは、何故か昆虫の外観を持つ物が多かった。今から考えると、痛恨のミスと言えるだろう。
「……あの時、鳥とか犬とか……。可愛い物にしとけば良かった……」
 嘆きの入った声で、一矢が漏らす。

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「そうすれば、もうちょっとましな外観に仕上がっていたはず……」
 顳かみを押さえ、一矢は吐息をつく。
 ギラギラとした無数の赤い目が、一矢を捕らえた。Dollイレブンは一斉に明滅を繰り返す。一矢を認識し、侵入者と判断したのだ。ジジジジと、カメラの回る音がした。
 薄暗い部屋の中で、Dollイレブンは一矢を十重に二重に取り囲む。直ぐ下の足下までDollイレブンに迫られて、ようやく一矢は重い腰をあげた。

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 「ちょっと待ってて」、その言葉と共に取り残されたグロウの耳に、壁の向こうから連続した爆発音が聞こえて来る。ジュワ、ジュワと何かが溶ける音もした。
 鼻の奥まで濃厚な、焦げた臭いが漂って来る。ヒクヒクと鼻の頭を動かし、グロウは壁の向こうの気配を探った。
 カサカサと蠢く音は相変わらず聞こえるが、最初の頃よりか幾分かは少なくなった気がする。恐らく中にいる一矢が的確に処置しているのだろう。そう考え、酷く苦い思いをグロウは飲み込んだ。
 自分などより遥かに腕のたつ、恐らくクリフを始末した様子からして、かなりの高位能力者であろう一矢に、グロウは少なからず嫉妬していた。モヤモヤとした感情の奥で、自らを律する声と共に、一矢の力を羨む声が聞こえる。
 ぎゅっと右手で心臓を押さえ、グロウは壁に背を預けた。壁の向こうからは相変わらず、爆発音が連続して聞こえて来る。
「セイラ」
 呟き、グロウは苦し気に声を漏らした。
「……あの方が欲するのは、君の命。……命令は絶対だ」
 グロウの目にほんの僅かな逡巡と、ためらいを排除する確固たる感情が浮かぶ。
 血塗られた皺だらけの手と共に告げられた命令。今はもう取り消す者もいない最後通牒。けれど……それをなかった事にしてしまうには、グロウは余りにも事情に通じていた。
「……憎しみは薄れないものだな」
 ぼんやりとした思考の影で、そう呟く。

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 どうあがいても逃げれないのかと思いつつ、逃げ出す気のない自分に呆れた。
「憎悪は伝播するか……」
 グロウはボソリと呟く。と。
「誰かを憎んでいるの?」
 グロウの背後から、壁の向こうから一矢の声がした。ビクリとグロウが背筋を震わす。いつの間にか聞こえていた爆発音がなくなっていた。辺りには静寂が満ちている。
「憎んでいる人がいるんだ」
 断定するような口調で、一矢がグロウに言う。
「……そう見えますか?」
 堅い声でグロウは聞き返し、一矢のいる部屋の中に入って行った。



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