掲示板小説 オーパーツ47
信じやすくしようか?
作:MUTUMI DATA:2004.5.2
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


231

 上空でムーサがしらねに絞られている頃、噂の一矢はグロウと共に地下深くに居た。非常灯の灯る陰気な廊下を抜け、二人は黙々と地下へと下る。
 またしても土竜(もぐら)状態に戻ってしまった事に、一矢は内心辟易していた。ディアーナ星を発って以来、ずっと穴蔵生活なのだ。いい加減うんざりもする。
 共に居るのが副官のボブなら、恐らくブチブチ文句を垂れる一矢だが、初対面に近いグロウにはそんな事も言えない。お陰で二人の間には奇妙な沈黙が成り立っている。
 グロウにしても、一矢に対しどう接して良いのかわからないので、困惑したままであった。

232

 【一矢=桜花】という明確な図式は理解出来るのだが、一矢が職業軍人であるという事実に、いつまでたっても慣れない。外見上、虫も殺せない子供にしか見えないからだ。
 黙って立っていれば深窓の姫君、もとい御令息にも見えるのだが……。生憎と一矢はそんな箱入り育ちではない。銃弾の飛び交う戦場の、それも最前線育ちだ。外見に反比例するかの様に、その精神は逞しかった。
 僅かな時間しか接触していないが、その辺りはグロウも薄々察している。

233

 どことなく自分に似ている気もするのだ。どこがと言われても困るのだが、……強いて言えば物の考え方、割り切り方だろうか。
 つらつらとそんな事を考えていたグロウは、先を歩いていた一矢が、じーっと何かを見ていることに気付いた。
「何か?」
「え? ああ、いや……」
 言葉を濁しつつ、一矢は口元に片手を当てる。グロウは訝しく思いながらも、その横に並んで立った。
「ねえ、さっきから僕達って随分歩いたよね?」
「は? ええ」
 意味は飲み込めないが、グロウは取り敢えず肯定する。
「随分地下に降りたと思いますが」
「だよね。……なのに」
 呟き、一矢は天井を見上げる。つられてグロウも天井を見たが、そこにはコンクリートがむき出しの、所々に染みの入った冷え冷えとした天井しか見えなかった。
 一矢はゆっくりと視線を戻し、左手の壁に片手を添える。
「やっぱり。……やられてたか」
「?」
 一矢の呟きにグロウは困惑を深くした。
「あの?」
 尋ねるグロウを制して、一矢は壁をコンコンと2度軽く叩くと、その場から離れる。
「……あのさ。言い難いんだけど、僕ら元に戻ってるよ。ここ……出発地点」
 すいと自分の足下を指差し、一矢は短く告げる。
「あの天井の染み、それから壁の継ぎ目とか……見覚えあるんだよね」
「!?」
「騙されていたみたい。地下に向かって歩いていると感じていたけど、それは感覚だけで、実際は同じ場所をぐるぐる回っていたみたいだ」
「まさか!?」
 グロウは叫び、前に開けた通路と、背後の通路を交互に見る。どこから見ても、背後の通路は上に向かっており、前方の通路は下に向かっている。俄には一矢の言う事が信じられない。
「僕らはこのメビウス通路に、閉じ込められているんだよ。歩いても歩いても出口はない。そもそも入り口自体が閉じてしまっているんだし」
 そう言って一矢は左手の壁を指差した。
「ここ入り口ね」
 それは先程一矢が叩いた壁だった。グロウは驚愕に目を見開く。
「信じやすくしようか?」
 どこか茶化した様に言いながら、一矢は力を放った。圧縮された風が壁に打ち込まれる。ズドンと埃と塵を撒き散らし、壁はあっさりと大穴を開けた。
 むき出しの壁の穴の向こうに、空中を睨んだままのクリフの首が見えた。ズタズタの床に、壊れた調度品。上をのぞめば星が瞬く、そこは正しく先程迄二人が居た部屋に他ならなかった。
「!」
「ね?」
 一矢はグロウに可愛らしく首を傾げ、同意を求めた。

234

「……閉じ込められていたという事ですか」
「そ」
 あっさりと一矢は返し、再び歩き出す。グロウは慌ててその後を追った。
「どこに?」
 スタスタとまるで道を知っているかの様に歩く一矢に、グロウが疑問を呈した。出口のわからないここを無闇に歩くのは、得策ではないと思ったからだ。
「……道草を喰ってしまったから、直進で進もうかなと思うんだけど。いいかな?」
 言いつつも一矢の足は止まらない。
「ええ、自分は構いませんが……。あの」
「言いたい事はわかるよ。でも僕は、闇雲に歩いている訳ではないから」
 にっこり笑ってそう言いながら、一矢は目の前の壁を先程と同じ要領で破壊する。
「!?」
 モクモクと上がる粉塵に目を細めていたグロウは、壁の向こうにここと同じような通路がある事を確認した。
「これは!?」
 叫び、慌てて一矢を見ると、一矢は何の感慨も浮かべず淡々とした表情をしている。
「ここってさ……構造的には渦巻き状になってるみたい。つまり壁をぶち抜いて移動していくのが、奥へ行く一番早い方法って訳。だから……」
 一矢は一度言葉を切り深呼吸すると、両手を前についと突き出す。その手の中に異様なうねりが産まれた。まばゆい光が両手から生じる。パチパチと空気が爆(は)ぜた。
「てっとり早く行くには、穴を開けるが勝ちってことさ!」
 そう言って、一矢は両手に集めた光を前に押し出した。球形の光はパチパチと小さな雷を発しながら、ほぼ光速に近い速度で壁に接触した。一瞬で壁は抉られ穴が開く。
 ド、ドドドドと連鎖する音が何度も響き、先程までとは比較にならない粉塵が飛び散った。ブワッと濃密な塵を含んだ空気が、一矢とグロウに向かって逆流して来る。

203

「……っ!」
 粉塵から目を守ろうと、咄嗟にグロウは手で顔を覆った。ついでの様に呼吸を止める。さあいつでも来いという状態だったのだが、何故かいつ迄待っても塵は襲って来なかった。怪訝に思って手を外すと、きょとんとした一矢と視線が合った。
「……何してるの?」
「え? いえ、塵が……」
「塵? さっきの粉塵のこと?」
「ええ」
 頷きつつ床に視線を這わせると、床一面に白い物質が堆積していた。細かなミクロの粒子だ。粒子は一矢を中心に円を描く様に除けて、堆積している。
「……」
「埃かぶるの嫌だから、除けちゃったけど……。しない方が良かった?」
「……いえ、別に」
 答えつつ、つまりはそういう事なんだと、ひとりグロウは嘆息した。



←戻る   ↑目次   次へ→