掲示板小説 オーパーツ45
俺、清く正しく生きたいっす
作:MUTUMI DATA:2004.4.11
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 そう思い、一矢はゆっくりと部屋を見回した。
 グロウとクリフが戦った事によって破損していた部屋は、一矢の参戦によって更にズタズタに破壊されてしまっていた。最も一矢に言わせれば、自分がしたのではなく、クリフが勝手に狂った上でした事だと言うのだろうが。
 部屋の中は惨澹たる有り様を呈していた。床に敷かれていた絨毯は焦げ、ぼろぼろの布切れになっている。美しい調度品は、影も形も残っていなかった。辛うじて、ウルクが身を潜めていたソファーが残骸として、その姿を留めるだけだ。
 ボロボロの穴の開いた床を踏み締め、一矢は奥へと向かう。グロウも慎重に歩みながら、一矢の後を追った。
「この辺、怪しいと思わない?」
 等身大の鏡をコンコンと叩きながら、一矢がグロウに問う。グロウは注意深く鏡を観察し、鏡の縁に手を翳した。ほんの少し、風の当たる感触がする。
「通路があるようです」
「ん。当たり……。ここか」
 呟き、瞬速でベルトに挟んであったレーザー銃を抜き、鏡を打ち抜く。大きな音がして、鏡は粉々に砕け散った。破片がバラバラと空中に舞う。自らに降り掛かる破片を気に病んだグロウだったが、鏡の欠片は綺麗に二人を避けて床に落ちた。
「……自分に当たったら、馬鹿だろ?」
 自然な口調でそう告げ、一矢は通路の中、薄暗い道へと足を踏み入れて行く。未知なる空間を、一矢は慎重に進んで行った。
 目を丸くしていたグロウも、一矢が破片を除けたのだと理解して、怪我を負ったウルクにここで待てと言いおき、後に続こうとする。ウルクは青白い顔をしながらも、気丈に頷いた。
「俺は後から来る奴等に、回収してもらうさ」
「ああ。そうしてくれ」
 二人は小声で言い合い、グロウのみが一矢を追った。この通路の先に、セイラがいる事を信じ、彼は歩き出す。

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 一方その頃遥か上空では……。
 フリーダムスターを押さえ込むかの様に、艦隊が降下していた。闇の中、太白を含む情報部の船々は示威行動を示しつつ、フリーダムスターにコンタクトを求めた。
 太白の艦橋では、手慣れた調子でロンジーが通信回線を開き、応答を求めている。その横では大型のバイザーを装着したセネアが、注意深くフリーダムスターを観察していた。
「……【08】、応答ないっすよ」
 暫く呼びかけていたロンジーが、落胆した声でしらね報告する。コツコツと人指し指で肘掛けを叩いていたしらねも、軽く頷いた。
「応じる気はないという事か?」
「そのようです」
 残念ですがと付け加え、ロンジーはしらねを振り返る。太白の艦橋に流れたままだったフリーダムスターの内部通信も、それを裏付けていた。聞かれているとも知らないフリーダムスターの乗員達は、徹底抗戦を指揮官に訴えていた。どうやら激しく、敵として認識されているらしい。
「……【30ー30】こちらの身分は明かしたのだろうな?」
「勿論。ちゃんと情報部って言いましたよ」
 星間軍は基本的には中立な組織だ。幾ら今フリーダムスターを頭越しに押さえ、威圧しているからといって、この敵愾心は異常だと言わざるお得ない。
「……ねえ、【30ー30】情報部って言ったの?」
 ふと、ヒュレイカが気になって尋ねた。
「そうだけど? だって俺等情報部じゃん」
「ああ、そうよね。でも私達って一般認識がまだ低いじゃない。訳のわからない邪魔者って、思われてるんじゃない?」
「そうか?」
 会話を聞きながらしらねは、それもそうだなと思いだす。情報部自体はまだ出来て新しい。【桜花】が高校に通い出した年数と一致する。海の物とも山の物とも知れない組織だ。
 幾ら母体が特殊戦略諜報部隊(通称桜花部隊)とはいえ、それを知るものは星間軍関係者ですら少ないだろう。まして一般人ともなると……、そんな事を知っている者は皆無だ。
 フリーダムスターが星間軍関係者との説は濃厚なのだが、彼らが自分達を理解出来なくても無理はないと思った。
「【30ー30】念のため桜花部隊の名でコンタクトを取ってくれ」
 しらねはヒュレイカとロンジーの会話に割り込んだ。

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「了解っす」
 ロンジーは軽快に応じ、急いで再度の通信を入れる。今回は桜花部隊の名称を大々的に使い、ほとんど無理矢理に返信をフリーダムスターに迫った。
「どうだ?」
「ん〜。通信自体は無反応ですけど、いやぁ。効果抜群ですね。向こうパニクってますよ」
 ロンジーは肩を竦める。太白の艦橋に流れるフリーダムスターの会話は、何故か悲鳴すら混じっている。紛いようのないパニックだった。
「……相変わらず、悪評が飛び交ってるんですね」
 セネアの漏らした呟きに、思わずヒュレイカが突っ込む。
「情報部はまだ真っ白よ。悪評があるのは、過去の私達! そこ、重要だからね!」
「……地に落ちるのは、時間の問題のような気がするがな」
 普段は常識人を地でいくしらねが、ふとそう漏らした事に、クルー達は絶句し、思わず耳を塞いだ。それに至る経過が手に取る様にわかるだけに、なるべく触れたくなかったというのに。しらねは、さらりと言ってしまった。
「あうう」と、呻いてロンジーは端末に突っ伏す。
「俺、清く正しく生きたいっす」
「「それは無理」」
 ヒュレイカとセネアが容赦なくロンジーに返す。

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「何で!?」
「「だって指揮官が【桜花】だもの」」
 ヒュレイカとセネアの声は、何故か綺麗に揃っている。
「……うう」
 ロンジーは薄らと脂汗を浮かべて唸った。
「【桜花】が指揮をとっている限り、私達に真っ当な評価なんて下らないわよ。闇から闇に葬り去られる事件ばっかりじゃない」
「そうだけどさ」
 反論しようとしたロンジーは、反論不可能な事実に思い至り、無言で押し黙る。表沙汰になるものよりも、遥かに闇に伏される物の方が多かったからだ。
「まあね。桜花の言い分もわかるわよ。元々桜花は政治家の側面も持っているし、その判断が間違っているとは思わないけど……」
「【66ー20】」
 しらねの窘(たしな)めるような声に、ヒュレイカは小さく肩を竦めた。
「言い過ぎとは思わないが……、全てが桜花の責任と言う訳ではない。桜花にだって、覆せない事がある」
「……」
「統合本部の頭は堅い。それ以上に、委員会は石頭だ。星間の治安問題に直結するような事に対しては、特に頑固になる」

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「でも……」
「星間戦争が終わって、まだ10年だ。星間連合の体制も磐石ではない。委員会にしても、なるべく穏便に済ませたいという気持ちが強いのだろう」
 しらねは言い、短く息を繋ぐ。
「だから事件は隠されるし、常に現場に居る我々は不当な扱いを受ける。だが、……それも仕方のない事なのだ」
「【08】」
 不満そうなヒュレイカの声を聞きながら、しらねは彼女を見つめ静かに言った。
「我々は黒子だ。軍人が表に出る事は、不幸なことだ。……我々が表に出、名前や顔を売る時は、この星間が再び戦火に包まれた時だ。【66ー20】君はそれを望むのか?」



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