掲示板小説 オーパーツ44
……君は何者だ?
作:MUTUMI DATA:2004.4.11
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


216

 クリフであった物を静かに見下ろし、一矢は身を翻す。一矢を守っていたシールドも、右手に集った光も、今はもうない。
 グロウはゆっくりと、自分に近付いて来る一矢を見つめた。一矢の瞳には殺意も、恐怖も興奮の色もない。そこにあるのは、静謐なだけの眼差しだった。
 人を1人殺したにも関わらず、一矢にはそれに対する何の感情も浮かんではいなかった。それ故にグロウは一矢に対し、警戒心を抱く。
「悪いね。それ、ちょっと使わせてもらったよ」
 一矢はグロウの持つヒートスレッドを指差し、可愛く微笑む。
「切れ味いいね」
「……」
 無言で返すグロウに、一矢はクスリと笑う。
「警戒しているの?」
「……されて当然だと思うが? この有り様だ」
 グロウはクリフの遺体を無造作に指し示す。一矢は小さく肩を竦めた。転がったクリフの首をこつんと蹴飛ばし、流れた血を踏みしめる。
「この程度って、人によったら言うけどね」
 一矢を良く知る人物がこの場にいたら、よくぞまあ、この程度で済んだと、胸を撫で下ろすところだ。
「……君は何者だ?」
 グロウは堅い声で一矢に尋ねた。
「それはこっちの台詞なんだけどな。上空からの狙撃、屋敷内の制圧。恐ろしく手間が良い。初めからそれが狙いだったのかな?」
「……」
 グロウは無言で一矢を睨み、僅かに右手を動かす。
「ストップ」
 ふいにグロウの右手が痺れた。
「くっ」
 小さく息を吐き出し、グロウはレーザー銃を取り落とす。とっさに戦闘体勢に入ろうとしたグロウの目と鼻の先で、一矢は左腕の袖を捲った。訝るグロウの前に、躊躇いもせず一矢は上腕を突き出す。
「?」
 疑問を浮かべるグロウに見せつける様に、一矢は腕に貼った皮膜状のシールを剥がした。グロウの目に鮮やかな花の紋様が飛び込んで来る。入れ墨の中心には、小さな機械状の穴があった。
「!?」
 思わず息を飲むグロウに、一矢は淡々と告げる。
「星間軍情報部、第1種工作員。コードネーム桜花。旧特殊戦略諜報部隊所属って言えば早いかな?」
「!!」
 その言葉に、グロウは大きく息を飲んだ。

217

 その名はグロウも聞いた事があった。星間の闇に当たる部隊。この世界の暗黒の象徴ともいうべき、特務機関……。
「桜花……部隊」
 グロウはかつての通称を呟き、この目の前の少年が、その部隊の名を冠している事に目を見張る。
「君は……!」
 一矢はクスリと微笑んだ。
「桜花のコードネームを冠するのは常に1人だ。昔も今も……、僕が使っている」
「!!」
 グロウはその言葉に唖然と口を開いた。驚き過ぎて、目が飛び出そうだった。

218

「君があの部隊の指揮官だったと言うのか?」
 グロウの問いに、一矢は艶然とした微笑みを浮かべた。
「それは違う。若干の訂正がいるね。〈だった〉じゃない。今も僕はあの部隊の指揮官なんだよ」
 名称や本拠地が変わっても、常に一矢は桜花部隊、今は情報部と呼ばれる組織の頂点に居た。それは一度も変わった事のない不変の事実だった。
「なっ……!?」
 グロウは短く声を漏らし、低い声で何やら唸った。
「それを理解した上で、答えてくれるかな? グロウ、あなたは何者?」
 嘘や偽りを許さない厳格さで、一矢はグロウを見つめる。ほんの少しの虚偽も通じない、そんな気迫が一矢からは出ていた。グロウは咄嗟にどう答えたものか悩み、結局自らの口を噤んだ。一矢は黙ってグロウの行動を見守る。
「俺……、いえ。自分は……」
 グロウは改まった口調で言いかけ、何かを躊躇するかの様に押し黙る。
「言えないの?」
 尋ねる一矢に吐息を一つ漏らし、グロウは決意すると、きびきびとした動作で敬礼し短く告げた。
「自分はスカーレット・ルノア共和国、国防軍第3師団所属、グロウ・ミンツァー大尉であります」
「……スカーレットの軍人さん……だったの?」
 一矢は頭の隅で、「ああ、なる程」と納得しながらも、どこか釈然としない思いを抱いた。一矢のそんな態度には気付かず、グロウは軽く頷く。
「自分は作戦行動中であります」
「……そう」
 僕だってそうだよ、という言葉を飲み込み、一矢はグロウの背後から近寄って来る若い男に指先を向けた。
「で、あの人は?」
「ウルク・ランバー中尉です」
「……グロウ」
 負傷した腕を押さえつつ、若い男、ウルクが遠慮がちに声をかけて来る。対してグロウは、小さく肩を竦めただけだった。

219

「思わぬ所に思わぬものが居た……ですか」
 知らず呟くグロウに、チチチと人指し指を振り一矢が訂正する。
「僕らが関与していて偶然は有り得ない。最初から僕はここに来るつもりだったし、その準備もしていた」
「……」
「まあ、白露が舞い込んで来たのは幸運だったけどね」
 その台詞を聞き、グロウは思わず苦笑を浮かべる。どこ迄が偶然でどこからが必然か知らないが、自分達がこの少年に利用された事はわかった。

220

 利用したつもりでいたのに、これでは全く逆だ。
「グロウの狙いはあの女?」
「……ええ」
 一矢の問いにグロウは短く応じる。多くを語るつもりはないらしい。
 ふうん。何か隠しているな。
 感覚的にそれに気付くが、一矢はあえて問わなかった。今問いただしても、グロウが大人しく話すとは思えなかったからだ。
 まあ、おいおいはっきりするか。



←戻る   ↑目次   次へ→