掲示板小説 オーパーツ43
言っただろう? スイッチが入ったと
作:MUTUMI DATA:2004.4.11
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 一方、クリフの闇雲な攻撃をシールドで受け止め続けていた一矢は、背後で上がったグロウの声に小首を傾げた。
 T4? ……それ何?
 記憶の底に引っかからないでもないが、特にどうという感情も沸かない。そんな事よりも、一矢はクリフを押さえ込むのに忙しかったのだ。
 外から見た限りは、一方的に一矢が攻撃を受けている様に見える。だが実はそうではない。一矢もしっかりとクリフを攻撃していた。
 シールドを展開するのと同時に、何度かクリフに向かって小さな礫を放っている。普段ならそれで十分敵は倒れるのだが、クリフにはその気配がなかった。肉を割かれ血が出ても、平気な顔で攻撃を続行して来るのだ。まるで、痛覚が存在しないかのように。
「くっ」
 一矢の張るシールドの表面に、水滴の様に波紋が浮かんだ。一矢は左手を右手に添え、力の展開を支えた。

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 クリフの一矢を見る歪んだ笑みに、何とも言えない悪寒が背筋に走る。血で汚れた口元をつり上げ、真っ赤な手を、クリフは一矢に向け差し出した。
 何かを掴む様にクリフの手がゆらゆらと動めき、ピクピクと指先が小刻みに震える。
 そしてクリフは狂った様に「俺は死なない」と、同じ言葉を繰り返し始めた。
 何? こいつ? 一体どうしたというんだ?
 クリフの奇怪な行動に、一矢は渋面を浮かべる。

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 明らかにおかしいクリフの態度に、一矢は戸惑いながらも攻撃を手控えた。ちらりと背後の安全圏に居るグロウに視線を送ると、それに気付いたグロウが声を張り上げる。
「T4だ! クリフはT4に侵されている!」
 T4?
 きょとんとした表情の一矢に、グロウは苛立ちながらも補足説明を加えた。噛んで含める様に、一矢に説き聞かせる。
「何時どこで投与されたのかは知らんが、まず間違いなくクリフはT4の影響下にある! T4は脳の活動を制限する薬物だ。大量に、あるいは永続的に投与されれば、思考の狭窄(きょうさく)を引き起こし易くなる」
「狭窄?」
 クリフの攻撃を防ぎながら、一矢はグロウの方へ顔を向けた。グロウは油断なくヒートスレッドを構えつつ、一矢に向かって怒鳴り返す。
「そうだ! 何らかのキーワードが設定してあったのだろう。それが引き金になり、こうなったと思われる!」
「キーワード……」
 呟き、一矢ははっとして叫んだ。
「死か!!」
 自分が「死刑は確定だろう」、そう言った後から、クリフが徐々におかしくなった事に気付き、一矢は激しく後悔した。
 うわぁ。僕の言葉が引き金かよ。
 そんな苦悩を抱く一矢に、グロウはなおも畳み込み続ける。
「T4に侵され一旦影響下に入れば、その影響を取り除く事は不可能だ。痛みも恐怖も、全く感じなくなる。生きている実感も、自らの人生すら見失ってしまうのだ。……T4を大量に長期的に投与され、人格を改竄された者は、闇の市場でこう呼ばれる。『ドール』と」
「!」
 ピクンと一矢の肩が震えた。
「ドール」
 おもむろに繰り返す声は、何故かザラザラと擦れていた。

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「君は知らないかもしれないが、ドールは恐ろしい兵士達だ。ドールには感情がない。恐怖も哀れみも存在しない……」
 グロウの言葉を背に、一矢はクリフへと向き直る。クリフのうわ言はまだ続いていた。
「死。死。ひひ、俺は、死なない。シナ、ナ。イ」
 無言で一矢はクリフを見つめる。
「完成されたドールは、人としての感情を持たない。人を殺す事も、自分が殺される事も厭わなくなる」
 ……そうだな。ドールならそうなる。
 心の中で応え返し、一矢はキッっと眦を釣り上げた。
「だけどこの人は、さっきまで普通に話していたんだよ?」
「言っただろう? スイッチが入ったと」
 スイッチか。上手い事を言う。
 グロウの言葉に苦笑を浮かべ、一矢はクリフの放った風の刃を受け止めた。ビリビリとした振動が手首に走る。
「スイッチが入った時点で、恐らく脳内の記憶領域にリセットがかかった。最早クリフには、何故自分がここに居るのかもわかっていないはずだ」
「……」
「ドールとは、破壊の為に作られた兵士。死ぬ迄戦う人形だ」
 ……人形か。誰がやったのか知らないが、悪趣味なことだ。犯人はジェイルか? それともセイラと呼ばれた女か? どちらにしろ……。
「回復の見込みは、全然ないんだね」
「ああ」
 グロウは短く頷く。

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「少なくとも、俺は知らないな」
 ……そうだね、僕だって聞いた事がないよ。
 一矢は哀れみのこもった目でクリフを見、一度目を閉じた。真っ暗な闇の中に、陽炎の様な炎を発し、クリフの全身がぼんやりと浮かんで来る。ユラユラと揺れるその姿の中心に、どす黒い波紋が広がった。人体の発するエネルギー、生命オーラですら穢されている事実に、一矢はそっと吐息をつく。
 ……駄目だな。無意識領域まで侵されている。脳がクラッシュしているんだ。これでは、生きている人間とは言えない。死者の波動パターンにそっくりだよ。
 クリフの心を覗いた一矢は、死への拒絶以外の思考も、思惟も存在しない事を再確認し、スウッと目を開けた。
「救う術がない……か」
 呟き、一矢は力を放出する。グロウの手に握られていたヒートスレッドの末端が、持ち主の意思に反して動き出した。蛇の様にのたうち、くるくると円を描く。
「!?」
 ぎょっとした目をするグロウを無視し、一矢はヒートスレッドをクリフに向けて放った。赤い鋼線はキュルキュルと音を発し、クリフの周囲に纏わりつく。クリフの全身を覆うシールドと共に、鋼線は螺旋状にクリフを包んだ。糸巻きの芯のように、クリフは赤い鋼線に覆われる。
 ……引き金を引いた以上、僕がお前を葬らねばならない。悪く思うなよ。
 深紅色の盾を展開したまま、一矢はワンステップでクリフに詰め寄る。軽やかに風が舞う様に一矢は距離を詰め、右手を一閃した。振り下ろされる一矢の右手に光が集う。長い長い剣の形を取り、光はクリフのシールドにぶつかった。瞬間、カッと閃光が走る。
 圧倒的な光に目を細めたグロウは、クリフのシールドが粉々に壊れる様を目にした。そして……。グロウの意思などお構い無しに、ヒートスレッドがギュインと一瞬で締まる。
「!」
 息を飲むグロウの前で、真っ赤な鋼線はクリフの手に足に、首に、胴に巻き付く。そして高熱を発する糸は、あっさりと細胞を焦がし、骨を斬り落とした。
 最初にスパンと勢い良く両手が飛ぶ。次にバラバラと胴が崩れ、内臓が飛び出した。そして最後に、首が飛んだ。何を思っているのか、見ているのか、それすらもわからないクリフの首が、宙を舞った。くるくると独楽の様に回り、床に落ちる。
「!」
 グロウは思わず、一矢を前にその場を後ずさった。



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