掲示板小説 オーパーツ42
生憎とお前を裁くのは僕じゃない
作:MUTUMI DATA:2004.4.11
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「だが生憎とお前を裁くのは僕じゃない。……法だ。星間法のもと、お前は裁かれるだろう」
 一瞬クリフの瞳に生気が宿った。この場で殺されないのであれば、懲役で済むわずかな可能性もあるからだ。けれど一矢の一言がそれを奪ってしまう。
「まあ、どっちにしろ……。死刑は確定だろうがな」
「!」
 目を見開くクリフに、一矢の冷静な指摘が加わる。
「何の希望を抱いたのか知らないが、こんな組織に加担しておいて、……それも中心的な働きをしていながら、責任を問われないなんて、甘い事は考えていないよな?」
 ヒクッとクリフの頬が引き攣った。
「……未必の故意(不結果を予測しながら、なおその行為に及ぶ時の意識のこと)、他者に対する殺意がなかったとは言わせないぞ」
 一矢とクリフは無言で睨み合った。やがてクリフの中で、何かが復活する。それは一矢の巨大な力の前に捩じ伏せられた、クリフの持つ力の欠片だった。死刑宣告を受けた事で、恐怖の中でクリフが必死で捻り出した物だ。
 そうと気付き、とっさに一矢は体を捻る。クリフの力は、一矢の目と鼻の先で解き放たれた。
「!」
 クリフから飛び退く一矢の腕を掠(かす)め、渦巻く大気が近くの机にぶつかる。木で出来た机は、粉々に砕け散った。
「……餓鬼が!」
 一矢に抱いた恐怖を恥じる様に、クリフが叫んだ。クリフは脂汗をかきながらも、必死で力を掻き集める。
「ち」
 舌打ちしながらも、一矢は体勢を整えた。ユラリと血まみれのまま立ち上がるクリフに、一矢は僅かな違和感を抱く。
 ……あれ?
 思う暇もあらばこそ、クリフの常軌を逸した攻撃が始まった。鬼気迫る顔で、クリフは一矢に向かって力を解放していく。無数のトルネードが一矢を襲った。
「くそ餓鬼が、くそ餓鬼が! 粋がってるんじゃねぇ!!」
 爆発的に大きくなる力と、波状攻撃に一矢は思わず眉間に皺を寄せた。一矢が把握していたクリフの能力以上の力が、そこには満ちていたからだ。まるで燃え尽きる前の炎の様に、クリフの体の中から超常的な力が溢れて来る。
 こいつ!
 弾丸の様に襲い来る神速の竜巻きを、間一髪で避けながら一矢は思った。
 ブチ切れたのか!?

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 クリフの目が異様な輝きを帯びて来る。自己陶酔に酔った目だ。それを見て取り、一矢は思わず眉を寄せた。
「……ふっ、ふっふ、ふ」
 クリフの口から、無気味な笑い声が漏れる。
「死刑……。ひーっ、ひっ。死刑だって? 俺が!?  この俺が!!」
 叫び様、クリフは一矢に向かって大気の刃を叩き込んだ。竜巻きなどではなく、純粋な風の刃だった。風圧を利用した攻撃だ。
「くっ」
 一矢は床に転がり、それを避ける。一矢の直ぐ側を疾風の刃が薙いで行った。背後の壁に当たると、轟音を発し消える。後にはくっきりと、破壊の爪痕が残った。分厚い壁が破られ、外の景色が隙間から伺える。
 げっ! 破壊力が上がったのか!?
 一矢は信じられない思いでクリフを見た。自分がズタズタに引き裂いた男が、こうして反撃を試みている事に内心驚いてもいた。自分の攻撃を受けて、立てる人間がいるなど思わなかったからだ。幾ら手加減したとはいえ、クリフの体はぼろぼろの筈だ。
 その証拠に、彼は全身血塗れだった。ポタポタと水滴の様に、血が足首を伝って床に落ちている。赤い血溜まりが、ゆっくりと広がっていった。
 そんな状態のクリフだったが、彼は攻撃が外れた事にも構わず、執拗に一矢を狙い続けた。雨霰の様に風の刃が一矢に降り注ぐ。一矢は巧みなフットワークで、その攻撃を悉く避けた。
 クリフは血塗れのまま荒い息を吐き出しつつ、ねっとりとした目で一矢の姿を追う。
 ……やっぱりおかしい。……普通じゃない!
 一矢はクリフの異様さを、はっきりと感じ取った。何がどうと説明など出来ないが、今のクリフは先程まで一矢が踏みつけていた男と明らかに違っていた。そう、まるで何かのスイッチが入ってしまったかの様に。
 波状攻撃で迫り来る攻撃を、とうとう避けきれなくなった一矢は、自身を覆うシールドを展開する。蕾の花が開く様に、深紅の盾が一矢の前で開いた。片手を前に突き出し、一矢はクリフの攻撃を受ける。
 ガンガンガン!
 無数の音が鳴り響いた。

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 通常、高位能力者が展開するシールドは目に見えない。いや、生体的に産み出されたものだけでなく、機械的に作られた物も、その理屈の範疇に入る。
 だが一矢の展開したシールドは、余人の目にもくっきりと見える物だった。そう、グロウやウルクにも、それははっきりと見えたのだ。
「シールドだと!?」
 一矢を守る様に現れた物を見て、グロウは驚きの声をあげる。今や一矢の全身は、半透明な深紅の盾に守られていた。シールドはクリフの攻撃を受け止め、極たまに表面に円形の波紋を形づくる。
 グロウは信じられない思いで、一矢を眺めた。一矢が今、とてつもない力を行使している事を知ったからだ。
 見えないはずの物をも、見させる程の強いエネルギー。それは凝縮された高度な力に他ならない。
 グロウは、一矢が自分の想像していたような子供ではなく、訓練を受け戦う術を知り尽くした存在だと、この時ようやく思い至った。

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 そんな一矢が作り出した盾は、絶え間なくクリフの攻撃を受け止める。風の刃は一矢を切り刻もうと、狂った様に踊り回った。目標を外れた刃が、床や天井を切り裂いて行く。美しかった部屋はいまやもう、台風が過ぎ去った後の様にズタズタだ。
 クリフの容赦なく襲い来る攻撃に、独りじっと耐える一矢を尻目に、グロウはクリフに攻撃をかけるタイミングを密かに測った。このまま一矢を矢面に立たす気は、グロウにはない。幾ら何でもそれは出来ない。ヒートスレッドを握る手に力を込め、グロウは僅かな隙を模索する。
 だが、なかなかクリフの攻撃は止まらなかった。激しく精神を消耗するにも関わらず、その攻撃力は当初よりもずっと凶暴に、凶悪になって来ている。風の刃が床に当たる毎に、絨毯の下の床石が一枚また一枚と剥がれていった。
 クリフめ!!
 歯ぎしりをしそうなぐらい奥歯を噛み締め、グロウは憎々し気にクリフを睨み付ける。全身から血を流しつつ、尚も邪魔をしようという姿は、立派というより寧ろ滑稽だった。
 そこ迄あの女の肩を持つのか!
 グロウには、クリフの行動が理解出来ない。この状況でクリフが時間を稼ぐ意義が見えて来ないのだ。
 ……だがクリフは、果たしてここ迄道義深い男だったか?
 ふと思いついた疑問が、グロウの心に波紋を投げかける。

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 確かにクリフには、あの女に対する恩義があった。一介の傭兵を、ここまで引き上げてくれたという恩が。
 だがその程度の事で、ここ迄するものだろうか? 自らの命をかけて血塗れのまま戦うだろうか? ……俺ならば絶対にしない。
 グロウは考え込むような仕草をし、クリフを見つめる。短い間しか行動を共にしていないとはいえ、クリフの性格も行動も、グロウにとっては馴染みのある物だ。利己的で、自己中心的なお目出度い性格。悪癖ともいうべき、自己保身の強さを知っていたからこそ、グロウは閃いた。
「T4!」
 あれか!!
 脳の動きを抑制する、禁断の薬T4。思いもしなかった人間と薬物の組み合わせに、グロウは軽く唸った。



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