掲示板小説 オーパーツ40
あんたに俺は倒せない
作:MUTUMI DATA:2004.3.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


196

「捕まった子供だって、たまには主人に噛み付くものだよ。年端のいかない乳幼児じゃないんだ。自分の置かれた立ち場に反抗もするさ。こんな状況なら尚更……」
 そう言い募っていた一矢は、僅かに息を飲むと、グロウを押し倒して床に身を伏せた。一矢達の頭上を、髪をかすめるように、渦巻く大気が擦り抜けて行った。煽られた髪や服がバタバタと音を発てる。
 頭上をかすめた物は、クリフの作り出した大気の渦だった。空気がスクリュードライバーの様に、渦巻き巨大な力となって、二人に襲いかかったのだ。
 眼前で人工の竜巻きを作られているような物だ。避けろと言われても、どこにも逃げ場がない。とっさに身を屈めるのが精一杯だ。それ程、渦の動きは早かった。
「くっ」
 目の痛くなるような風圧の中、グロウは薄目を開け、クリフを睨み付ける。

197

「ざまあないな、グロウ? ええ?」
 嘲笑うクリフの言葉に、グロウがギリギリと奥歯を噛みしめた。ヒートスレッドを握った左手が、ブルブルと震える。
「どうしたよ? 俺を倒さなければ、セイラ様は追えないぜ」
「くっ」
 クリフが煽っているのだとわかっていても、グロウはその言葉に激しい怒りを抱いてしまう。グロウの目的はクリフでも、ジェイルでもない。あく迄もセイラだ。それなのにクリフに邪魔をされ、これ以上は前に進めない。己が腑甲斐無く、かつ情けなかった。
「無駄だぜ、グロウ。あんたに俺は倒せない」
 ニッと笑ってクリフは告げる。
「俺のシールドは堅いぜ」
 カラカラと笑うクリフに、グロウは無言でレーザー銃を向けた。途端に、右隣に潜む一矢に止められる。
「グロウ……」
「わかっている! しかし……」
 そう叫んだグロウは、思い詰めた目をしていた。

198

「ここで挫ける訳にはいかないのだ。あの女の目的を阻止しなければ! 俺はあの方に会わせる顔がない!」
 心の内を露呈するグロウに、一矢は目を見張る。
 グロウの目的は、あの女か。名前はセイラ。だが、それ以外の情報を僕は持っていない。一体何者だ?
「クリフ! お前は本当に理解しているのか? あの女が望んでいる事を!」
「あの女じゃねぇ。セイラ様だ!」
 グロウの言葉を遮り、クリフが再び攻撃を仕掛けた。渦巻く大気の矢が、グロウに向かって打ち出される。
「グロウ!」
 咄嗟に一矢はグロウを庇って、渦の前に飛び出した。一矢の小さな背を視界におさめたグロウは、ぎょっとして叫ぶ。
「止せ!」
 逃げろと叫ぶ間もなかった。大気の渦は一矢にぶち当たり、小さな体を翻弄した。
「うわっ」
 一矢の悲鳴が漏れた瞬間、その体は地面から持ち上げられ、空中に浮いた。風圧で持ち上げられたのだ。大気の刃が、吹き飛ばされる一矢を切り裂いて行く。目を見開いたままのグロウの前で、一矢は激しく壁に叩き付けられた。
「うっ!」
 小さなうめき声を上げ、一矢はズルズルと床に蹲る。
「クリフ!!」
 関係のない一矢を巻き込んだ事に激高するグロウに、クリフは笑って応じた。額の十字傷が歪む。
「何を怒っているんだ? お前が運んで来た子供じゃないか」
「!」
「ここに来た子供がどうなるか、知っていた上で運んで来たんだろう? 所詮同罪さ、グロウ!」
 グロウはクリフの言葉に奥歯を噛み締める。言われる迄もなく、それは自覚していた。目的の為に手段を選べなかったとはいえ、己がした事はわかっている。未成年の子供を略取し、閉じ込めた事実は消えやしないのだ。
「……そうだな」
 力なく呟くグロウに、一矢の怒りを滲ませた声が被さった。
「だが少なくとも、グロウはお前と同じ目で僕を見なかったよ」
 床に蹲っていた一矢が、ゆっくりと立ち上がる。大気の渦の直撃を喰らって、切り刻まれた服の破片がパラリと剥がれ落ちた。制服のYシャツの下から、灰色のアンダーウエアが顔を覗かせる。
 クリフの攻撃も、情報部仕様の特注のアンダーウエアまでは、傷付ける事は出来なかった。大気の刃はそこまでは届かない。
 けれど険しい双眸をしたまま、一矢はクリフを睨み付ける。一矢の額を、血が一筋流れ落ちて行った。
「おいおい。可愛い顔が台無しじゃないか。後でお前をなぶる俺の事も考えてくれよ。楽しみが減るじゃないか」
 額の血を手で拭い、一矢は軽蔑した眼差しをクリフに向ける。
「他に言う事はないのか?」
「ないな。……いや一つあったわ。グロウとウルクを始末したら、たっぷりと遊んでやるよ。ヒイヒイ言わせてやる。お前のその可愛い身体、俺が開いてやるよ」
「……そう」
 クリフの身勝手な台詞に小声で返し、一矢は一歩前に足を進める。凄まじい殺気が、一矢を中心に産まれた。

199

「お前程度の奴に、ここまで侮辱されるのも久しぶりだ。誰を嬲るって? 誰をヒイヒイ言わせるって?」
 声高に叫ぶでもなく、淡々とした口調で一矢はクリフに問う。一矢の気配が、存在が、凄まじい速度で変化した。単なる無害な子供から、研ぎすまされた刃へと。
 その場に居た者全員が、血の気を失ったウルクですら、それをはっきりと感じ取る事が出来た。一矢の小さな体から、凄まじい迄の覇気が溢れ出る。その双眸に危険な火が灯った。
「そこを退け。お前に用はない」
 一矢はクリフを睨み、無造作に命じた。

200

 気押される様に一矢を見ていたクリフは、ハッとなって我に返る。目の前の綺麗なだけの子供の突然の変化に、知らず冷たい汗が流れた。
 外見はどこも変わってはいない。だがその全身から発する圧迫感は、どう例えれば良いのか……。そう、しいて言うなら、地獄で死神に遭遇したような。或いは、人ならぬモノに出会ってしまったような。
 クリフの全身の皮膚が粟立ち、一瞬にして鳥肌がたった。カタカタと奥歯が音を発てる。
「人には、侵害出来ない領域ってものがある。あんた、それを理解してる? ああ、別に返事なんてしなくていい。そんな物、はなっから期待してない」
 そう言いながらも、一矢はクリフに向かって歩いて行く。普段と全く同じ歩調、態度で距離を詰めた。



←戻る   ↑目次   次へ→