掲示板小説 オーパーツ39
君が狙われている
作:MUTUMI DATA:2004.3.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「それでどうするつもりなのかしら? ここはもう使えないわ」
 怒りを露にするセイラに、ジェイルは小さく肩を竦めた。
「別に。拠点の一つぐらいどうでもいい」
「ジェイル! その拠点に、私がどれだけの投資をしたと思っているのかしら!」
 ジェイルは怒れるセイラを前に、冷静な口調で応じた。
「5億ぐらいかな?」
「! わかっていて、いとも簡単に放棄すると仰るの!?」
 少しぐらい抵抗らしい抵抗をしてみせろと、セイラは思った。これではまるで、自分達が負け犬みたいではないか。
「そうは言うが……。敵はオーディーンを投入してきたのだよ。君は私にどう対抗しろと?」
「このような時の為の傭兵ではないの!? 機動部隊はどうなさったの!?」
 ツンとすました顔で、セイラは顎を反らせた。ジェイルは思わず苦笑を浮かべる。
「そのつもりだったのだが、グロウがほとんど殺してしまったようでね。パイロットも召還に応じる気配がまるでない。少なくとも屋敷の中は、完全に奴に掌握されている」
「くっ」
 愕然と唇を噛むセイラに、ジェイルはなおも告げた。
「それにこう言ってはなんだが、グロウの狙いは私やこの屋敷ではなく、君だよ。セイラ」
「……」
「君が狙われている」
 どこか冷笑を浮かべ、ジェイルはセイラの瞳を覗き込んだ。
「さっさと逃げた方が得策だと思うがね」
 セイラは無言でジェイルを睨んだ。ジェイルは愉快そうに微笑む。
「君の怒った顔は素敵だね。……だが、ともかく行こう。クリフが時間を稼いでいる間に、船まで辿り着かなくては意味がない」
「……わかったわ」
 セイラはムッとしたままではあったが、そう応じ、再び狭い脱出路を歩き出した。ジェイルもその後に続く。二人は再び歩き始めた。

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 ジェイルの私室に飛び込んだ一矢は、眼前に広がる意外な光景に目を剥いた。
「グロウが……襲撃者」
 呟きつつも、自分に向かって飛んで来たレーザーを避け、物影に飛び込む。一矢の頭上を赤い鋼線が薙いで行った。
「……周りが全然見えてないな、あの二人」
 お互いがお互いを敵視し、全力で殺しあっているのだ。飛び込んで来た一矢の事など、構っていられないのだろう。その代わりに、腕を押さえて蹲っていた若い男が驚いた目で一矢を見た。一矢に向かって、ジェスチャーで、「逃げろ」と促す。
 それにフルフルと首を振って応え、一矢は改めて状況を観察した。グロウの背後のソファーに隠れる若い男の腕は、かなり激しく出血している。血がべったりと張り付いていた。
「出血が酷いな……。動脈いってるんじゃないか?」
 逃げる様に促した事といい、差程悪い人間ではなさそうだ。
 そんな事を思いつつ、激しい戦いを演じている二人に視線を戻した。グロウは左手にヒートスレッドを持ち巧みに操りながら、右手のレーザー銃を乱射していた。どうやら両利きらしく、どちらも器用に操っている。
「うわぁ。便利体質……」
 右利きオンリーの一矢にすれば、かなり羨ましい素質だ。が、問題はそんな事ではない。
 グロウの撃つレーザー光は、何故か一つとしてクリフには届いていなかったのだ。着弾点は間違いなく合っているのだが、クリフの体に届く直前に全て弾かれてしまっていた。
 一矢の目には、はっきりとクリフの張るシールドが見えた。不可視のエネルギー幕を直視し、一矢は感嘆の声をあげる。
「うわっ。……シールド!?」
 張ってるよ、この人!
 それが機械的な物ではなく、生体的な物なのだと気付くのに、差程の時間もかからなかった。一矢と同じ様に、見えない力を行使しているのだ。クリフが高位能力者と呼ばれる異能者であることに、間違いはなかった。
「……能力者だったのか」
 これは予想外と呟き、一矢はどうしたものかと考え込む。クリフを攻撃しているからといって、グロウが味方という訳でもない。どちらかを助ける義理も道理も、一矢にはなかった。いやどちらかと言えば、共に排除した方が一矢にとっては楽だ。
 だがそうは言っても、いざやるとなると相当に後味が悪い。少なくともグロウはジェイルに牙を剥いたのだ。それまで否定するのもどうかと思う。
「……ふむ。状況証拠の積み重ねで、グロウの勝ち」
 苦笑を浮かべながら一矢は呟き、グロウに加勢する事に決めた。
 そういえばクリフ。あんたをいつかぶち殺すって誓ってたっけなぁ。
 例え様のない程剣呑な気分で、一矢はクリフを見た。その目に明確な殺意が宿る。

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「シールドを破壊する最も単純な方法は、……一点撃破!」
 隠れていた物影から身を踊らせ、グロウに向かって走りながら一矢は右手で銃を構えた。
「!?」
 一矢に気付いたグロウが何かを叫ぶ。クリフが新たな獲物を目にして、ニヤリと笑った。楽しそうに口元を綻ばす。グロウ達を始末した後に、いたぶる気なのだろう。
 にやけていられるのも、今の内!
 明確な殺意を抱きつつ、一矢はトリガーを引く。全速で駆け抜けながら、一矢はレーザー銃を連射した。
 レーザー銃は、基本的には反動が少ないと言われている。素人にも扱いやすい銃だ。だからなのだろう。一矢の構えた銃を見ても、クリフが平然としていたのは。
 クリフはこの騒ぎに乗じ助け出された一矢が、グロウを助ける為、自分に反抗して来たとしか思っていない。外れてはいないが、思い違いの甚だしい所もあった。
「甘いんだよ。あんたはさ」
 一矢はしっかり狙っていた。連射したレーザー光線が、一筋の光となってクリフに吸い込まれてゆく。寸分の違いもなく、30数発の弾丸がクリフの顔面に叩き込まれた。
「うおっ!?」
 声をあげ、クリフが両手で顔を覆った。一段と強くシールドが強化される中、一矢の撃ったレーザー光線は、クリフのシールドを数ミリづつ剥ぎ取って行った。
「ああああぁっ」
 クリフから苦痛の声があがる。幾ら頑丈なシールドでも、同じ箇所をエンドレスに攻撃されれば、それなりの負荷がかかる。まして生体的な物は、人が作り出しているものだ。心理的に揺さぶれば揺さぶるだけ、不安定になりやすい。
「砕けな」
 一矢は冷酷な目をして、トリガーを引き続ける。顔面に対する攻撃は、視覚的な作用もあるが、胴体などへの攻撃よりも遥かに恐怖が大きくなる。それを理解した上で、一矢はレーザー光線をクリフの顔面に叩き込み続けた。
 壮麗な光の輪が、クリフの顔面を中心に広がる。土星の輪のようなリングが、幾重にも重なった。一矢の持つ銃のエネルギーゲージが空になる頃には、クリフの張るシールドは、当初よりも随分と弱くなっていた。
「ちっ。堅い……」
 はしたなく舌打ちをしながら、一矢はエネルギーパックを交換し装填する。そして、そのまま牽制の意味を込めて連射した。光エネルギーがクリフのシールドと重なり、弾けた。眩しい光が視界を白く染めて行く。

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「グロウ! 引いて!」
 クリフに向かって銃を連射しながら、一矢は鋭く叫んだ。呆然とした顔のグロウと目がかち合う。
「君は……! 何をして……!?」
 グロウの混乱した声が、一矢の耳朶に響いた。
「説明は……後!」
 叫び返し、一矢はトリガーを引き絞る。キュイン、キュイン、インと、連続した銃撃音が木霊した。一矢の狙撃は恐ろしく正確だった。針の穴程の狙撃点に、ほとんどズレなく着弾している。
「ちっ」
 それでも、壊れないか。

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 思わず愚痴りかけ、ぎゅっと唇を噛む。
 通常兵器では壊せないか! たいした精神力だよ。
 意外にやるなという思いと、このままでは埒が明かないという二重の感情に一矢は包まれた。
「グロウ、通常兵器ではシールドに対抗出来ない。だから下がって! はっきり言ってそこに居ると邪魔!」
 レーザー銃を連射しながら、一矢はグロウの側にすり寄る。一矢が銃撃する間にも、ヒートスレッドは空間を薙ぎ、グロウの手による攻撃を繰り出している。だがクリフには、擦ってもいなかった。全て弾かれてしまうのだ。
「くそっ」
 焦るグロウの右腕を、一矢は左手で押さえる。
「高位能力者に、通常兵器は効かない。無意味な攻撃だ」
 静かな声で一矢にそう指摘され、グロウは熱くなった感情を幾分かダウンさせると、改めて一矢を見下ろした。絶え間なく、一矢の持つレーザー銃から送り出される光弾は、1発もミスする事なく綺麗に決まっていく。驚異的な射撃能力だ。
「……君は」
 驚きと共に、訝し気な声がグロウから漏れる。頑丈な地下の牢獄に閉じ込めたのに、何故ここにいるのか? そう思っているのが、ありありと伺えた。
 チラリとグロウに視線を這わせ、一矢は薄く微笑む。



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