掲示板小説 オーパーツ38
光学迷彩を解除
作:MUTUMI DATA:2004.3.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 オーディーンの見上げる程の巨体は、どこか優美ですらある。限界性能を引き出す為、ギリギリ迄カスタマイズされた姿は、工作機械とは違い流れるような曲線美に溢れていた。
 滑らかな装甲は、通常火器だけでなく、出力の弱いビームなら簡単に弾き飛ばす。人があがなおうと思えば、同じ機動兵器を投入するしかない。地上でも、オーディーンにはそれ程の威力があった。


「かなり腕がいいみたいっすね」
 ロンジーがポツリと呟く。
「そうだな。重力変動指数を全く気取らせない。地上戦の経験があるようだ」
 思案顔のしらねに、ロンジーが「それもあるけどさ」と付け加え、全く別の指摘をする。
「俺が気になるのは……。今が夜で、これが夜戦ってことです。太白には赤外線カメラがあるし、画像処理が出来ますから、俺達が目にするものは日中の色や形が映った物ですけど。オーディーンは違うでしょう? そこ迄の機能はなかったはずですよ。もっと色が赤茶けていたはず」
「あ」
 ヒュレイカは呟き、「そうだったわ!」と漏らす。
「……オーディーンは宇宙仕様だからな」
 しらねも軽く同意を返した。
「なのにほら。日中と同じ様に、奴等は動いている。カメラの性能なんて、問題にすらしていないんですよ。滅茶苦茶な腕ですよ」

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 ロンジーは言いながら、軽く息をつく。
「あの機体のパイロット達は、間違いなくエース級です」
「……」
 しらねは顎に手を当て、考え込む。その先にある真実を見い出そうと、彼なりに必死に頭を絞った。
 けれど先に動いたのは、しらねではなく、又しても謎の攻撃者の方だった。いや、動かされたというべきか。
 オーディーンが、包囲した屋敷から激しい攻撃を受けたのだ。オーディーンのボディに命中したレーザーが、弾ける様にスパークする。夜の闇に光と何重もの爆発音が木霊した。

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 激しい爆発に、思わずたたらを踏む様に、オーディーンは数歩後ずさる。屋敷から受けた攻撃は、オーディーンにとっては、微々たるダメージでしかない。
 だが、反撃を受けたことに違いはなく、オーディーンはプラズマ砲のトリガーを、正確無比な狙いで引き絞った。銃口が薄く光を発し、急速に熱を持つ。0.01秒後、人工的に作り出されたプラズマエネルギーは、光の塊となって銃口から飛び出した。
 攻撃対象の防御システムに向かって、光は突っ込んで行く。避ける間も防御する暇も与えずに、プラズマエネルギーは全てを飲み込み、爆発した。
 ドウウウウウウ。
 地を這うような音と共に、屋敷の壁や柱が崩れる。むき出しの鉄のフレームがぐにゃりと歪み、赤く燃えた。一瞬で過熱された為、飴のように軟化したのだ。
 屋敷の防御システムは、こうしてオーディーンの前に、一瞬で沈黙を強いられた。ぐうの音も出ない程、完膚なき迄に叩き潰されたのだった。


 圧倒的な強さを見せるオーディーンを、目の端に捕らえながら、しらねはおもむろに口を開く。
「光学迷彩を解除。地上に降下する」

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「フリーダムスターの味方をするんですか?」
「所属が確認出来ればな。【30ー30】フリーダムスターに通信を」
 ぼりぼりと髪をかきながら、ロンジーは聞き返す。
「応じますかねぇ。無視されるんじゃないっすか?」
「その時はその時だ。別に味方をする義理はないしな」
 しらねはあっさりとそう返した。
「……いやまぁ、そうですけど」
 ロンジーは思わず苦笑する。どちらかと言うと、熟考タイプの優柔不断な指揮官であるしらねも、裏を返せば無節操な程の攻撃型だったりする。一定値を越えると、一気に突っ走るタイプだ。

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 そして今回、ベクトルはそちらの方に向きつつあるらしい。
「駄目もとで、やってみます」
 ロンジーはそう応じ、端末を操作した。外部からの強制割り込みではなく、ごく普通のコンタクトをフリーダムスターに求める。
 その間にも光学迷彩を解除した艦隊は、雁のように連なり地上へ向けて降下していた。月の光を反射した雲が急速に流れて行く。他の航空機と接触しない様に、尾翼灯をともしながら、船は大地へと降り立つ。
 太白を含む情報部の工作船が、ゆっくりと地上に巨大な影を落とした。遥か東に軌道エレベーターを臨みながら、船団は粛々と歩を進めた。


 ジェイルの屋敷の地下には、縦横無尽に広がる通路があった。商売柄敵の多いジェイルには、是が非でも必要な物、敵に侵入された時に使う非常用の脱出路だ。
 ごく当たり前に、それはこの屋敷に備えつけられていた。薄暗い通路には、ポツン、ポツンと非常灯がともっている。
「はあ、はあ。はあ」
 軽く息を弾ませながら、セイラはジェイルの手を振り払った。
「もう結構よ。私の手を引く必要はないわ」
「セイラ」
 ジェイルは困った様にセイラを見る。薄暗い脱出路の中で、セイラは壮絶な笑み浮かべた。真っ赤な唇が禍々しく吊り上がる。
「これは完全にあなたの手落ちだわ。あなたの信頼するグロウに、裏切られるなんてね。……クリフの方が正しかったようね」
「……」
 ジェイルは無言でセイラを見つめた。セイラは指に嵌めた白露を撫で、キッと眦を釣り上げる。



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