掲示板小説 オーパーツ37
……森に落としたか
作:MUTUMI DATA:2004.3.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 身を乗り出す様にして外を見ると、上空に薄らと収束する光の柱が見えた。小さな光の粒になって、大気に溶け消えてゆく。
「えっ!?」
 ぎょっとして一矢は息を飲んだ。
「嘘だろ? この現象は……」
 呟き、馬鹿なと叫ぶ。
「大気圏外からビーム兵器が打ち込まれた!? まさか。冗談だろう!?」
 そんな事をすれば、戦争になりかねない。どの星系・惑星国家であれ、宇宙空間から地表へ向けての砲撃には、神経を尖らせる。下手をすれば大気そのものが歪み、地上の生物が死滅する恐れもあるのだ。砲撃の規模がどうであれ、それは間違いなく第1級犯罪に相当する。
「誰だ!? こんな馬鹿な事をするのは!」
 窓枠の残骸をぎゅっと掴み、一矢は空を見上げた。深淵の夜空は真っ暗で、何も見出せない。星が幾つも瞬き、淡い輝きを放っている。月が煌々と大地を照らしていた。
「……あれ?」
 そんなどこにでもある夜空を眺めていた一矢は、ふと我にかえる。
「この屋敷を覆っていたシールドがない。消えた……?」
 一矢が自分の閉じ込められていた地下を脱出した時には、確かに屋敷全体を包んでいたのだが、今はもう綺麗さっぱりとない。
「間違いない。シールドが解除されている!」
 誰かが外したのだと思い、先程通って来た虐殺の通路を思い出す。
「同一犯か!」
 誰かが、一矢以外の誰かがここで何かをしているのだ。それも危険な部類の何かを。
「……くそっ」
 一矢の目に真剣な光が宿る。一矢は砕けたガラスを踏み締め、再び走り出した。ジャリジャリと靴底の擦れる音がする。
 遠くから悲鳴にも似た、慌てた声が聞こえて来た。傭兵やここで働く者達の声だろう。武装を指示する声や、逃げようとするメイド達の喚く声が聞こえる。それをバックミュージックの様に聞きながら、一矢は走った。
 数分後には、屋敷は蜂の巣を突いたかの様な大騒ぎになっていた。動揺は伝播する。大気圏外からの攻撃はパニックを産み、そのパニックはまたパニックを産んだ。屋敷を警備していた傭兵達の統率は、砂の様に崩れてゆく。その騒ぎを尻目に、一矢は目的地に向かって驀進した。
 一矢にとっては、この組織全体のデータが必須情報だ。顧客や流通のルート、他の拠点、売られた子供達のリスト。そういった物が是が非でも欲しかった。
 この屋敷を潰せば、それで終わりという訳ではない。今迄に、どことも知れない場所に売られて行った子供達の救出作業もある。組織を潰し、頭を確保する以外にもやるべき事は多いのだ。

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 なのに、自分以外の誰かがここで何かをしている。
「……冗談じゃないっての」
 その誰かに、データを破損されては目も当てられない。ジェイルを逮捕した後の処置が、全く出来なくなってしまう。苦々しく思いながら、一矢は順路に添って廊下を曲がった。
 先程グロウ達と訪れた、ジェイルの私室の白い扉が目に飛び込んで来る。その前にお約束の様に倒れ伏す傭兵達を一瞥し、一矢はベルトからレーザー銃を引き抜いた。扉の前の傭兵達も、皆絶命している。流れた血が自棄に黒く見えた。
 一矢は扉に背をつけると中の様子を伺い、激しい銃撃戦の音に覚悟を決め、一気に突入した。ジェイルの私室の中は、銃弾と赤い鋼線が複雑に飛び交っていた。
 グロウとクリフが宿敵の様に対峙している。グロウの背後のソファーの影には、腕を押さえ蹲る若い傭兵の男がいた。赤い鋼線、ヒートスレッドはグロウの左手から、虚空へと伸び、クリフを切り刻もうと生き物の様に動く。
「グロウ!?」
 一矢は予想外の光景と行動に、戸惑う様に声をあげた。

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 一方その頃、桜の紋様を船体に戴いた艦隊では……。しらねが身を乗り出す様にして、プラズマ砲の集束現象を見つめていた。望遠レンズに捕えられた映像は、郊外の森が消滅する様をまざまざとクルー達に見せつける。
 最初の一撃が終わってからきっかり5分後、しらね達が見つめる前で、二撃目がフリーダムスターから打ち込まれた。最初の着弾地点より、わずかに東にずれて、プラズマエネルギーは解放される。
 森を焼き、木々を爆風で吹き飛ばし、大地はクレーター状に抉られる。上空から監視するしらね達には、くっきりと円状をした破壊の爪痕が見えた。
「……森に落としたか」
 半ば脱力した状態で、しらねは呟く。人のいない場所に打ち込む程度の理性は、まだ残っていたようだ。
 そんな事を考えつつ、しらねはどうしたものかと眉間を押さえた。くっきりとした縦皺が、しらねの額に刻まれる。
「【08】(しらね)! 先行していたオーディーンが編隊を解き、地上に降下!」
「どこだ!?」
 その知らせに、しらねは敏感に反応した。

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「降下予測ポイントを出します!」
 ヒュレイカの声とともに、艦橋に地上の地図が空間投影される。降下予測のポイントが赤くマッピングされ光った。
「軌道予測からすると、ここですけど……」
「近くに何かあるのか?」
 しらねの疑問にバイザーをかけたままのセネアが、静かに口を挟む。
「家が見えますわ。とても大きい……屋敷、城にも見えますけれど」
 言いながら、外部映像を地図に重ねる。そこには森の中に建つ雄大な家屋があった。高層ではなく低層の広い屋敷だった。
「ね?」
 小首を傾げ、セネアはしらねを見返す。
「ここが目的地なのか、セネア?」
「たぶん……ね」

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 太白のクルー達が見守る中、オーディーンは翼を垂直に傾け、地上へと降り立った。上空からの加速スピードを殺し、まるで人間のようにオーディーンは膝を折り曲げると、駆動系で圧力を分散して立ち上がる。オーディーンの巨体に、大地に砂埃が立ち上がった。
 9体のオーディーンは、3機づつのグループに別れ、屋敷を三角点で囲むと、各々進撃を開始した。オーデイーンの腕のユニットから、簡易プラズマ砲が滑る様に出て来る。オーディーンの各機は、流れるような動作で、長い砲を両手で構えた。それはまるで、人間が銃を構えるかのような動作だった。



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