掲示板小説 オーパーツ36
因果だな
作:MUTUMI DATA:2004.2.22
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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「この屋敷のコンピュータールームって、何処かな?」
「機械のあるお部屋のこと?」
 一矢の問いに、少女は唇に人指し指を当てて聞き返す。無言で頷く一矢に、少女は静かに答えた。
「たぶん、あそこだと思う。御主人様のお部屋の奥の階段の下」
 御主人様……。本気で使っていたのか。
 あらゆる意味で救いようがない奴と思いながら、一矢は少女の言葉を繰り返した。
「ジェイルの部屋の、奥の隠し階段の下……だな?」
「うん」
「そこに行く最短のルートは?」
「難しいよ。ここを出て、左にまがって、直ぐ先の突き当たりを上に昇って、ぐるっと通路に添う様に回って、右に折れた所」
「……あ。そ」
 頷きつつも、一矢は微妙に溜め息をついた。どうやらここは、要塞並の複雑な造りをしているらしい。ジェイルはこういう部分には、お金をケチらなかったようだ。

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 だが、攻略出来ないことはない。それ程難しい施設でもないしな。第一に警備が杜撰だ。
 一矢からすれば、傭兵達の実力は大した物ではないように映る。一矢が脳に直接送った幻覚ごときで、気絶をしてしまうのだ。生ぬるいと思われても仕方がない。
 一矢は改めてぐるりと部屋の中を見渡した。倒れている傭兵や客達に、目覚める気配は少しもない。暫くは大丈夫だろう。
「おにいちゃん、そのお部屋に行くの?」
「ああ、それが目的だからね」
 黒髪の少女に答えつつ、一矢は手近な傭兵の武器を探った。レーザー銃と予備のエネルギーパックが幾つか見つかる。無言でそれを借用しながら、一矢は少女達に言った。
「この中で銃を扱った事のある人は?」
 唐突な一矢の言葉に、少女達は一斉に首を横に振る。
「そう」
 戦えっていうのは、……酷か。それが出来ていたら、ここにいる筈がない。……否、逆か。戦えたとしても、ここではその気概が殺される。捕らえられ自由や尊厳を奪われた人間に、……僕が何を強要出来る?
「……お兄ちゃん?」
 苦笑しながら、一矢は借用した銃をベルトに挟んだ。
「君達はここに居て」
 チラリと倒れた客や傭兵達に視線を這わせ、栗色の髪の少女が困った様に一矢を見る。その視線の意味を悟り、一矢は笑って答えた。
「大丈夫。ちゃんと縛って、動けない様にしてあげるよ。だからここで、救助の部隊が来るのを待っていてくれるかな? 僕と一緒に行動するのは危険だからね」
 一矢は言いながらも、さっさと傭兵達の身ぐるみを剥ぎ、武装を解除して行った。縛れそうな物、スボンのベルトや靴の紐はわざと外し、それで手や足を拘束していく。あっという間に簀巻き人間の出来上がりだ。
 一矢は黙々とその作業を続けた。とりあえずこの少女達の安全を確保しないことには、寝覚めが悪くて先に進めない。
 5分後全ての作業が終わり、一矢は独りその部屋を後にした。

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 自分が破壊した廊下を、一矢は全力で駆け抜ける。こうなった以上、迅速に事を運ばなければならなかった。
 通信機が……欲しいな。
 瓦礫の中を少女に教わった通りに進みながら、一矢は痛切に切望する。
 応援が欲しい。ボブ達はどこ迄来ているんだ? 近くにいるのか?
 向こうがどこ迄追跡出来ているのかもわからないし、誰が追って来ているのかも知らない。一矢には判断する材料が全くないのだ。それでも、近くに味方が来ている事を、一矢は疑わなかった。情報部にはそれだけの力があると信じている。
 ボブ……。僕はここだ! ここに居る!
 幾ら一矢でも、遠く離れたボブに、思念を飛ばす事は出来ない。それでも一矢は、強く強く思った。
 ジェイルはここだ。奴はここに居る! と。

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 黒髪の幼い少女に教えられた通りに、一矢は突き当たりの階段を上に昇った。エレベーターも常設されているが、こんな時に使う程馬鹿ではない。そのまま楕円形にのびる通路をぐるりと回り、一矢は先に広がる光景に絶句した。
 その先には赤いペンキで描いたような、非現実的な光景が広がっていたのだ。
「何……これ」
 一矢は思わず足を止め、元は人間だった物の一部、切り落とされた腕を拾った。まだ生暖かく、固まりかけた血が一筋ツーッと垂れる。腕の他にも足や首が落ちていた。
 グロテスクな死体がそこかしこに、ゴロゴロと転がっている。死体は、まるで石の様に無造作に放置されていた。恐怖を浮かべたまま、男達は死んでいた。
「……傭兵達か?」
 それだけを呟くと、一矢は拾った腕の切り口を眺める。少し焦げたような臭いと、鋭利な刃物で切断たれたような骨と肉の断面が見えた。綺麗にスライスされている。
「ヒートスレッドか?」
 数百度の熱を持つ鋼線、赤い糸の様にも見える事から、ヒートスレッドと呼ばれている。それは、鞭のようにしなやかに動く、鋼線状の武器だった。熟練者になると、まるで手足の様に操るそうだ。
「仲間割れでもしたのか?」
 有り得ないとは思いつつ、一矢は呟き、小さく首を振った。
「どうなっているんだろう?」

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 周囲の死体は何も語らない。だが、わかる事もある。
「……誰がやったか知らないが、相当の手練だ。こんなに簡単に、人を斬って捨てるなんて……」
 ……恐らくこれを成した人間には、罪の意識は全くないだろう。あればここ迄残酷な事は出来ない。
 人形のような死体を睨み、一矢は吐息をつく。
「どちらにしろ、何かがここに入り込んだ」
 血溜まりの廊下を見渡し、一矢は持っていた死体の腕を、その人間の胴体と思われる部分に添えた。
「因果だな」
 傭兵であったからには、覚悟はしていたはずだ。こんな場所の警備をしていたのだ。殺されても文句は言えないのかも知れない。だが……。
「やり過ぎだ。傭兵は単なる雇われ者だぞ。ここ迄やる必要があったのか?」
 その疑問は一矢にも消化出来ない。傭兵といえど、この組織に加担していたのだ。雇われていただけで済ます訳には、法的にもいかないだろう。
 もやもやした思いを抱きながら、一矢は点々と残る赤い足跡を見つめた。惨劇の場所から奥へと、その足跡は続いている。恐らく傭兵達を殺した人間の物だろう。唯一残る物的証拠とも言えた。
「犯人は二人か」
 足跡から判断し、一矢は即座に人数を割り出す。たった二人でこの数の傭兵を始末したのだ。想像以上の凄腕だ。
 暫く無言で足跡を睨んでいた一矢は、それを追う様に走り始めた。血で染まる廊下を大股に駆け抜ける。二人分の足跡は、暫くして右に曲がった。
 そこは大きな窓のある開放的な廊下だった。地下から脱出した一矢が、最初に目にした庭園が全て見下ろせる。木々の緑が夜光に照らされ、幻想的な光景を形作っていた。日中に一矢が起こした火災の痕跡は、最早どこにもない。
「なるほど。ここに繋がっていた訳ね」
 呟きつつ一矢は大きな窓に近寄った。眩しいライトアップの光が目に染みる。眩しいと目を細めた次の瞬間、一矢は異様なうねりと音を知覚した。
「何っ!?」
 驚きつつも、とっさに一矢は柱の影に身を隠す。一矢が隠れた柱を抉る様に、凄まじい暴風が駆け抜けて行った。激しい音と共に、一斉に窓という窓が粉々に砕ける。一矢の隠れた柱の左右の窓も見事に砕け、ガラスの破片が水平に飛び散った。
「くっ」
 頬を擦った破片に眉をしかめ、一矢はプツリと浮かんだ血を拭う。頬に赤い彩りがはしった。
「何だ!?」
 目を丸くしながらも、一矢はガラスの無くなった窓を振り返った。



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