掲示板小説 オーパーツ35
最高の悪夢の気分はどう?
作:MUTUMI DATA:2004.2.22
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「てめぇっ!」
 背後から襲いかかり、首を絞めて来た傭兵には鳩尾に肘を叩き込んだ。男の腕から逃れると、一矢は容赦なく回し蹴りを浴びせる。かはっと息を吐き、男はその場に崩れ落ちた。
 ここまでやられると、流石に傭兵達も真剣にならざるおえない。一斉に手にした銃を、傭兵達の間に乱入にしていた一矢に向け、乱射した。
「ぎゃっ!」
「ぐっ」
 何人かの傭兵が一矢の巻き添えをくって、腕や足から血を流し倒れる。
「!」
 一矢はとっさに障壁を張り、レーザーエネルギーを防いだ。激しい光が一矢を囲む様に空中で円状に爆発し、弾ける様に拡散していく。
「仲間諸共かよ」
 一矢はそう吐き捨てた。

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 傭兵には傭兵なりの見識がある。一矢の張った障壁が単純に展開される壁などではなく、より以上の硬度を持ったシールドなのを見てとり、傭兵達はうめき声をあげた。しかも数百発のレーザー弾を、ことごとく弾いた物だ。生半可な力では形成出来ない。
「お前……!」
 何人かがその事実に気付き青ざめる。一矢は唇を持ち上げ、ニヤリと笑った。
「悪いな……。急いでるんだ!」
 叫びと同時に一矢の力が周囲を圧倒する。その場に居た傭兵と客の全員が、幻覚を見た。一矢の身体がかき消え、巨大で獰猛なモノ、……身の丈5メートルはある獣相の化け物が現れたのだ。鋭い牙と巨大な角、鋼の様に尖った歯列が真横に並ぶ。太い手足は、真っ黒の毛で覆われ、長いワニの様な尻尾が、ビタンと床を打った。
「ひっ」
「な、何だ!?」
 怯えた傭兵と客の男達の声がする。獣は大きく口を開け、吠えた。割れるような無気味な低い声が木霊する。そして獣は、喉の奥から巨大な火を吐いた。まるで火炎放射機の様に、炎のベルトがまき散らされる。避ける間もなく、傭兵達は炎に呑まれた。
「うわぁぁぁ!」
「ひぎゃあっ」
 燃える自らの手足を見、叫び声が上がる。轟々と服が燃え、皮膚が焼け、銃が溶ける。流れ落ちる金属を、傭兵達は悪夢を見る様に眺めた。否、絶叫を放ち見つめた。
 次の瞬間、ふつりと傭兵と客達は倒れる。手足を丸め猿の様に丸くなり、床の上で幾度も痙攣を繰り返す。目は見開かれたままで、口は酸素を求めるかの様に、だらしなく開けられていた。
「最高の悪夢の気分はどう?」
 ポツリと一矢が呟く。そして景色が一変した。
 巨大な化け物は消え、炎の爪痕もなくなり、溶けた銃も消える。後に残ったのは、身体を丸め気絶する傭兵達と裸のまま倒れた客達だった。その身体に焦げた痕はない。
「生物兵器の味はどう? 現実でないだけ、感謝して欲しいな」
 自らが体験した事を、忠実に再現した一矢はそう言って、倒れ伏した傭兵をコツンと足で蹴った。無理矢理一矢によって幻覚を見せられ、幻の中で身体を焼かれた傭兵達は、ピクリとも動かない。皆壮絶な体験に気絶していた。
「ふん」
 一矢は鼻をこすり、倒れた傭兵達を跨いで飛び越える。累々と横たわる人間をあっさり無視し、首を絞められていた少女の側に走り寄った。

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 少女の側に倒れていた客を舞台の上から蹴り落とし、一矢は少女の側に屈み込んだ。少女の口元に手を翳すと、僅かに呼気が感じられる。心臓も弱いがきちんと緩急をつけ、動いていた。首を絞めていた男の手が離れた為、気道が確保出来たのだろう。後少し遅れていたら、間違いなく死んでいたはずだ。
「良かった。生きてる……」
 ほっと一息つき、一矢は自分の着ていた学生服の上着を脱ぐと、少女の細い裸体に覆いかけた。唇の泡を拭き取り、少女を覗き込むように優しく囁く。
「もう大丈夫だよ。暫くお休み……。目が覚めたら、君は自由だ」
 絡まり乱れた髪を撫で、整えてやりながら、一矢は唇を噛む。少女の細い足を伝わるものに嫌悪を表し、理不尽な現実に怒りを覚える。
 こんなに小さな子供なのに……、パイやアイリーンと変わらない年頃なのに……。
「酷い……」
 人を人とも思わない行為に、吐き気がした。気絶した客達を、このまま殺してしまおうかとも思った。けれどそういう訳にはいかない。罪状を暴き、きちんと刑に服させるのも、一矢の仕事なのだ。
「……罰は受けさせる。絶対に」
 だから目覚めた後も、ちゃんと生きて欲しい。そう思った。
 酷い体験をした人間は殻に隠りやすい。外界を拒絶し、生きてしまう。自分に価値がないと思い込み、簡単に命を断ってしまう。
「でも、……生きるんだ」
 僕に出来る事はないけれど、君を助けた事だけは後悔させないでくれ。
 独りよがりな事だとは思うが、助けた人間が死なせてくれと叫ぶのはよくある話だ。実際に目の前で手首を切られたことだってある。命をはって救ったのに、簡単に自殺されたこともある。だからこそ、一矢は思う。
 生還した後に起こる理不尽な噂や、いわれのない中傷を乗り越えろと。
「生きろ、諦めるな」
 一矢はそう囁き、少女の髪を梳いた。柔らかな金髪が一矢の手の中で緩やかに流れる。

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「あの……」
 怯えて身を寄せ合っていた少女の1人が、一矢に恐る恐る声をかけてくる。
「あの……」
 何かを言いたいのだが、少しも言葉にならない。少女達からすれば、いきなり現れて傭兵達に喧嘩を売り、何故か客も含めて全員がバタリと倒れてしまったのだ。どうなっているのか全然わからないが、この目の前の少年が何かをした事ぐらいは想像がついた。
 一矢と声をかけて来た、栗色の髪の少女の目がかち合う。
「……あなたは?」
 期待と不安が混じった複雑な顔をして、翡翠の目で少女は一矢を見つめた。とうとう自分達を救ってくれる者が現れたのかと喜びに胸を膨らます一方、一矢がまだ子供で自分達と変わらない年頃なのに落胆を抱く。そんな内面の葛藤に、一矢は苦笑した。
「君達の味方だよ」
 端的にそう告げ、一矢は膝を伸ばし立ち上がる。
「味方?」
「そう。……ここを探っていた。いや、探ろうとして……この子を見過ごせなくって、結局こうなってる」
 肩を竦めて一矢は少女達を見る。予定外の行動に、自分もまだまだ青いなぁ、とか思いながら。
「探る?」
 言葉尻を捕らえ、黒髪の少女が小首を傾げた。剥き出しの肩や胸が何故か寒そうだった。まだまだ未発達な胸の膨らみに、それでもドギマギしてしまう。
 ……服、着て欲しい。視線の遣り場に困るよ……。
 そう思うが、ここでそれを口にするのはタブーの様な気がして、一矢は気付かないふりをして会話を続けた。
「うん。僕は潜入工作員だから」
「え?」
 不思議そうな声が少女から漏れる。一矢は口元に曖昧な笑みを浮かべた。

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「ねえ。それよりもここに詳しい人、誰かいない?」
「詳しい人? どうして?」
 藍色の目の少女が小首を傾げた。肩で切り揃えた髪が揺れる。
「うん。闇雲に進むより、効率良く制圧していこうかなと……」
「?」
 顔を見合わせ小首を傾げる少女達の中から、おずおずと手が挙がる。
「あの……。少しはわかると思う。わたしここの古株だから」
 先程、一矢の言葉尻をとらえた黒髪の少女が、躊躇いがちに答えていた。
「君が……古株?」
 手を挙げて一矢を見つめる少女の体格の余りの幼さに、胸だってそんなにないし、ウエストだってそんなに縊れていない。とにかく一矢にとっては、恋愛対象外の子供が古株であるという事実に、今更ながら頭痛がした。
 この子どう好意的に見ても、12か13だぞ。攫われた時って幾つだ!? うわぁ、最低。変態の上にロリコン野郎がいやがったのか。
 内心で悪態をつく一矢だが、他人から見れば一矢だって、幼さは似たようなものだ。戸籍上だけとはいえ、とても24には見えない。よくて16だ。
「あたしもう2年もここにいるから」
 2年……。
 その月日の重さに、一矢は唇を噛む。
「だからだいたいわかるよ。色々な部屋に行ったから」
 ……つまり男達に、あちこちと連れ込まれていたってことか。
 少女の台詞の裏の事情を察しながら、そんな事はおくびにも出さず、一矢は相槌を打つ。
 もしここで少女達と会ったのが、女性のシズカやミンなら、慰めたり優しい言葉をかたりする事が出来たかも知れない。だが生憎と一矢は男だ。何を言っても、少女達を傷つけるだけだ。
 一矢は煮えくりかえる怒りを胸にしまい、事務的に、淡々と少女に尋ねた。



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