掲示板小説 オーパーツ31
あれはゴミですよ
作:MUTUMI DATA:2004.2.22
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「気付いていないか。幸いだな」
「ええ」
 【66ー20】こと、ヒュレイカがしらねの言葉に軽く頷く。
「ここに私達がいる事がわかれば、緋色の共和国としても、黙ってはいないでしょう。そもそも……星間連合と緋色は仲が悪いですから」
 ヒュレイカは肩を竦める。彼女は短い髪を一房いじり、琥珀色の瞳をしらねに向けた。
「出身者の私が言うんですから、間違いないですよ。私の母国はプライドだけは、いやに高いんです。本当に傍迷惑な国なんですよ」
 ヒュレイカの物騒な物言いに、しらねは苦笑を向ける。
「それは有名な話だな。どちらにしろ宇宙港の管制官の動向には、注意を払っていてくれ。動きがあれば直ぐに報告するように」
「了解しました」
 ヒュレイカはしらねの言葉に頷く。しらねは艦長席から端末を操作し、手元のディスプレイに、眼下の惑星の映像を転写させた。緋色の共和国、その主星には摩訶不思議な斑紋が広がっている。青い海の中に赤茶けた円。渦を巻く何か巨大な物が、肉眼でもはっきりと見えた。
「……【66ー20】(ヒュレイカ)一つ聞いても良いか?」
「何です、【08】(しらね)?」
「あれは何だ?」
 しらねの示す物に思い至ったヒュレイカは、何でもないことの様に、「ああ」と頷きあっさりと答えた。
「あの円環ですね? あれはゴミですよ」
「?」
「正確には昔の宇宙船の残骸です。かなり大きなものらしくって、何時からあるのかわからないぐらい、昔からあそこにあります。完全に錆びてますから、赤茶けて見えるんですよ」

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「ふうん。なぜ廃棄物処理をしないんだ?」
 しらねの素朴な疑問に、ヒュレイカは軽く笑って答える。
「無理ですよ。だってあれ、岩盤に突き刺さってますもん」
「……は?」
 しれねは思わず間抜けな声で聞き返した。
「どうもあれって、外(宇宙)から突っ込んでるみたいで、全部見事に岩盤に、ぶすぶすって突き刺さってるんですよ。流石にあれは処理出来ません」
「……あ、そう」
「ええ」
 ヒュレイカはあっさり頷く。しらねは軽く息を吐くと、意識を再び手元のディスプレイに戻した。
 何だが非常に馬鹿らしい会話をしたので、気力が萎えてしまっている気がする。これはいかんな。
 思いつつ、しらねは己に喝を入れると、ディスプレイ上の惑星を真剣な目で観察した。特にこれといって動きのない惑星は、静かに青い海をたたえ、眼下に存在している。海上を行き来する船の機影が白い尾を引き、幾つも見えた。どこにでもある日常の光景がそこにはあった。
「この星のどこかに【桜花】(一矢)が居るのか……」
 考え込みつつ、しらねは呟く。
「副官(ボブ)はそう言ってましたね」
 ヒュレイカの合いの手に軽く頷き、しらねは顎に片手を当てた。擦る様に手を動かすと、難しい顔をして漏らす。
「本部の追跡では、まず間違いないとのことだが……。さりとて、どこにいるのだか。……何らかのアクションがあれば、はっきりするのだがな」
 ヒュレイカはその声を受け、静かにしらねに返す。
「大丈夫です。隊長のことですから、きっと直ぐ連絡して来ますよ」
「そうかな」
「ええ。そういう意味では隊長は信用出来ますから。何時だってマイペースだけど、物凄く強い人ですもの。【08】の方が良く御存じでしょう?」
 ヒュレイカの問いに、しらねは思わず苦笑を浮かべた。
「そうだな。確かにそうかも知れない」
「【08】」
「ではそれ迄、我々はひたすらここで待機するとしよう。辛くなるぞ」
 しらねは僚艦のあるだろう方へ視線を走らせると、静かに呟いた。
「望む所です」
 ヒュレイカはにこっと笑って応じる。眼下の惑星に動きはまだなかった。

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 カツコツ、カツコツと石段を上がる音がする。狭い塔の階段を男が一人登っていた。真っ暗な足下を照らす為に、マグライトを片手に男は規則正しく石段を登る。
 石段はまだ新しく、凹んだり切れたりしている箇所はなく、継ぎ目も均一で、最近作られたばかりの物だとわかった。
 やがて男は頂上に出た。ギギ、ギギギと傾ぐ重い鉄の扉を開け、屋外へと無造作に歩み出る。その足取りに迷いはない。男、グロウは風の全く無い屋上を、目的地に向かって突っ切った。
 一矢を地下に閉じ込めた後、若い同僚のウルクに指示を出したグロウは、間を置かずここに来た。全ての状況が整った今、迷っている時間も暇も余裕もない。目的完遂の為には、躊躇など出来ないのだ。
 グロウは屋上の隅に設置されている機械に、無造作に歩み寄った。灰色の角張った機械は低く唸っている。モーターの回転する音が小さく響いていた。その機械から上に伸ばされたアンテナの様な物体が、短く点滅を繰り返している。一定のリズムでそれは波動を送り出していた。
 良く見ると、波動に合わせて大気が歪んで見える。ユラリ、ユラリと光の幕の様なものが空中へと散布され、霧の様に大気の中へと拡散していた。グロウは装置に歩み寄ると、一定の距離を置き、脇のホルスターからレーザー銃を取り出す。
「これがコアだな」
 呟く暇もあらばこそ。グロウは立て続けに発砲した。

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 高濃縮の光エネルギーは装置に吸い込まれる。そして次の瞬間大爆発を起こした。火花と煙があがり、装置に大きな穴が開く。と、同時にアンテナ部分から出ていた光の幕も消えた。プスプスと燻りながら、装置は停止する。うなりをあげていた音も消えた。
「これでシールドもジャミングも使えない」
 グロウはレーザー銃を片手に、夜空を見上げた。
「さあ、早く降りて来いフリーダムスター。お前の力を見せてみろ」
 煌々と照る月明かりの中、夜空に数多の星が輝く。遥か南にある軌道エレベーターをのぞみ、グロウは薄く笑みを浮かべた。



「……あれ?」
「どうした【66ー20】?」
 奇妙な声を上げたヒュレイカに、艦長席からしらねが声をかけた。口を小さくきゅっと結び、ヒュレイカは忙(せわ)しく端末を操る。
「【30ー30】(ロンジー)ちょっと手伝って」
 埒が明かないと思ったのか、ヒュレイカは臨席のロンジーに助けを求めた。
「ああ? 何?」
 ガシガシと短い髪、刈り上げた茶髪を掻きむしりながら、だらしなく腰掛けていたロンジーはヒュレイカの方を見る。
「急に宇宙港の管制が慌ただしくなったの。電波拾える?」
「周波数わかるか?」
「知らないわよ。そっちで捜して」
 言いながらヒュレイカは、カタカタと端末を叩く。ロンジーはやや不服そうな顔をしながらも、背筋を伸ばすと、眼前の端末に向き直った。

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 ロンジーこと【30ー30】の専門は通信。しらねの預かる宇宙船太白(たいはく)においては、通信関係は彼の専任だ。
 暫く周波数の割り出しに当たっていたロンジーだったが、ようやく捕まえたらしく、宇宙港の管制内容を聞き、小さく口笛を吹いた。
「わお、すっげ」
 そう漏らし、ロンジーは真剣な顔をしてヘッドホンを耳からずらす。そのまま背後のしらねに視線を向け、彼は告げた。
「宇宙港の管制がパニック起こしています。停泊中の船が一隻、静止を振り切り降下します」
「!? 降下だと? この星にか?」
 しらねは思わず声をあげる。
「イエス。船はドックの索引を振り切り、現在宇宙港の外端に進出中。まもなく制動を離れます」
「!」
 艦橋で幾つもの息を飲む声が上がった。ロンジーやヒュレイカ以外のクルーも何が起こったのかと、興味津々で様子を伺う。
「【08】! 外部映像捕まえました。出します!」
 ヒュレイカの興奮した声があがった。どうやら先程から宇宙港にハッキングをかけていたようだ。しらねはその違法行為を無視し、ヒュレイカの掴んで来た映像に見入る。



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