掲示板小説 オーパーツ30
管制に動きは?
作:MUTUMI DATA:2004.1.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 ぐるぐると螺旋状の階段を一矢は下って行く。地上ではなく、地下へ、地下へと一矢は歩んで行った。途中誰かと出会えば、隠れる所はなかったが、人の気配がないのをいいことに、一矢は堂々と侵入し続ける。
 どこまで降りるんだ? もう5階分は降りたはずだ。
 自分の歩いた歩数や要した時間を元に、大凡の階数を割り出し、一矢は小さく舌打ちする。
 不味いな。……もしかしなくても、この屋敷は地上ではなく、地下の方がメインなんじゃないのか? この先で、嫌な物を見そうな気がして来たぞ。
 一矢の耳が捕らえた、啜り泣く声がどんどん大きくなる。それは一人ではなく、複数の人間の声だった。それもどちらかと言えば、ソプラノに近い声音。激しく泣きじゃくる声が虚空に響き続ける。
 ……ち。
 一矢は舌打ちすると素早く走り出した。多少の足音があがるが、構わず螺旋階段を滑る様に降りる。最後の一段を降りると、目の前の景色が一変していた。
 地下だというのに、そこには地上のような光景が広がっていたのだ。広いドーム上の天井には、投影された星空が広がり、足下には草花が敷き詰められていた。
 これは!?
 一矢は思わずその光景に息を飲んだ。

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 現実か? ……ああ、いや。
 一矢は屈むと手を伸ばして、草と思える物に触れた。目で見る限りは実物の様に見えたが、一矢の指は草に触れること無く、それを突き抜けた。
 ……虚構。空間投影された3次元物体か。
 目を細め、一矢はもう一度目の前に広がる草花と、背の低い木立を見やった。ずらりとその先を塞ぐ様に並ぶ木々を睥気し、一矢は立ち上がると一歩足を踏み出す。
 その瞬間、一矢の周囲の景色が流れ、新たな構図が現れた。今迄一矢が見ていた公園のような風景ではなく、どこかのホテルの廊下のような光景が広がったのだ。
 一矢がより深く入り込んだことにより、投影されていた見せかけの三次元映像の視覚範囲を越え、真実の光景が現れたのだった。
 ……ふうん、芸が細かいな。まあ、ここに案内された客なら、今の仕掛けに喜ぶんだろうな。子供騙しって言えば、子供騙しだけどさ。でも気を引くにはうってつけだ。これだけの事が出来ますって、アピールにもなるし。
 左右にずらりと並んだドアの数々を睨み、一矢はそんな風に思った。

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 一矢の目の前にある並んだドアの一枚一枚には、数字が記載されていた。スチールの様な色合いのドアの下部には、受け取り口のような物が開いている。
 ……まるで牢屋だな。
 そこから食事を差し入れしているのではと勘繰り、昔入った刑務所のことを思い出して、一矢は思わず嫌そうに眉を顰(ひそ)めた。
 先程から一矢が耳にしていた声は、ここよりも、もっとずっと奥から聞こえて来る。そして泣きじゃくる声は、徐々に嗚咽に変わっていった。
 ……泣き声が……弱くなって来た! これはちょっとやばいか!?
 再び声のする方へ走り出そうとして、一矢は慌てて思いとどまる。良く見ると床一面に荷重感知センサーが張り巡らされていたのだ。余計な重さがかかれば、一瞬で警報が鳴り出す物だ。
 その上、このドアの並んだ廊下全体が、ある種のスキャン装置になっていた。人間が通る度にその全身が暴かれ、武器も道具も白日の元にさらされる。いやそれどころか、骨格までもが分析にかけられるという代物だった。
 ……これはちょっと不味いな。ここを通ったら、一発でばれる! さて、どうする?
 瞬間的な迷いが一矢の中に沸き起こった。

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 一方その頃宇宙では、さざ波のような波紋が広がっていた。その空間だけが、不思議な歪みを見せていた。
 緋色の共和国の主星、3基の軌道エレベーターを持つ、この惑星の遥か上空の彼方には、静かに待機する艦隊があった。成層圏ギリギリ迄惑星に接近しながらも、艦隊は誰にも悟られることなく存在していた。陽炎の様に揺らめきを伴い、宇宙船はそこに潜む。
 近接した疑似の、小型の人工太陽がたまに撒き散らす放射熱や磁気嵐さえも、この艦隊に影響を与えることはなかった。
 艦隊に属する船の、船体中央部分には、揃いで桜の紋様が印されている。鋭角的なボディを持つ船達は、極めて明らかな程、攻撃用のシステムが掲載されている事を、俗に言う戦術級の宇宙船であることを指し示していた。船体の頭部側面に格納されているプラズマ砲が、嫌でも目を引いた。
 艦隊は音もなく惑星の軌道上に潜み、宇宙港の管制官達にすら気取られることなく、ここに存在している。実は、船体に光学迷彩を施すことによって、その存在を秘匿しているのだ。
 ここ迄大規模なことをやってのける艦隊は、今時珍しい。いや実際、かつては星間軍の闇の部隊と言われた桜花部隊だったからこそ、可能なことなのかも知れなかった。今時、光学迷彩の機能を持つ宇宙船は少ない。化石モノの貴重さだ。

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 普通は宇宙船に光学迷彩の機能など施さない。深淵の宇宙空間で、視覚認識を誤魔化すもなにもないからだ。そもそも宇宙では、肉眼ではほとんど何も見えない。星雲や太陽といった光輝の高いもの以外は、暗黒の宇宙の闇に紛れ消えてしまうからだ。
 その為高性能のレンズを使ったとしても、有視界は極々限られてくる。そんな些細な利点を得る為に、わざわざ機器を設置する者は、民間にはまずいない。居たとしても、相当なマニアぐらいだろう。
 だが、今ここに待機している艦隊は、かつては桜花部隊と呼ばれた、特殊戦略諜報部隊に属していた宇宙船群だ。任務の秘匿性上、光学迷彩は常設してある。
 そして現在、それは最大限まで活かされていた。



「管制に動きは?」
 腕を組み【08】こと、葉月(はづき)しらねは側のオペレーターに問う。
 葉月しらね、コードネーム【08】。一桁台のコマンドであり、今回緊急に編成され派遣されて来たこの宇宙船の艦長である。彼はまた、今ここに待機している艦隊の司令官でもあった。
「今のところはまだありません。軌道上に私達が居ることも、知らないようですね」



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