掲示板小説 オーパーツ29
どこか斬っておこうか?
作:MUTUMI DATA:2004.1.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 闇が天空を覆っていた。陽は完全に沈み、空には星が出ている。そっと開いた窓から空を見上げると、見事な月が見えた。
「満月?」
 呟き、一矢はあれっと首を傾げた。
「……あの月。おかしい」
 歪んでいる。
 時々風に揺れるかの様に、月はぼやけた。一矢は空を見、月だけではなく、自分の視界にある天空全てが同じ現象をしている事に気付く。星々もまた揺れていたのだ。
「シールド(バリア)か」
 この屋敷全体が、シールドの中にあるってことだな。外部からの攻撃にも対応済みか。
 思いつつ、一矢は廊下を進んだ。
 シールドと呼ばれる防御装置のエネルギーは、人の目には見えない。けれどその防御力は強固だった。銃撃や爆発程度では、シールドを破ることは出来ないのだ。人型の攻撃機、オーディーンの簡易プラズマ砲でもびくともしないだろう。本気でシールドを破ろうと思えば、通常戦力なら、戦術級の宇宙船からの砲撃が必要だ。

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 もっとも裏道もある。他ならぬ一矢自身がそれを一番良く理解していた。
「……どうしよう。どこか斬っておこうか?」
 完全な密室空間より、シールドに破損箇所があった方が色々と動き易いのではないかと、少し考える。だが、シールドを破損させる=警報装置の作動といった当たり前の図式があり、一矢は即座にその考えを捨てた。ここ迄来て馬脚を現すのは馬鹿らしい。せめて必要なデータを手に入れてからでないと、割に合わない。

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 やがて一矢は、先刻自分が炎を投げ込んだ広い中庭に出た。進行方向に向かって右側の廊下は、グロウとクリフに連れられて、ついさっき通った回廊だった。となると、反対側を行きたくなるのは人間の性だろう。
「やっぱりこっちも見ておかないとね」
 一矢の想像通りだとすると、今から向かう通路の先には、攫われた子供達がいるはずだった。その確認もしておきたい。助け出す手はずも考えなくてはならないし、緊急の場合の対応にも影響する。
 一矢は足を左に向けると、廊下の隅々に仕掛けられた監視装置に引っ掛からない様に、注意深く侵入して行った。

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 元々一矢は宇宙が専門だが、地上でも暗愚でない程度には訓練を受けている。まあ、若干片寄った訓練ではあったけれども。
 体格が華奢だからといって、体術がからっきしという訳でもない。身体が細いぶん敏捷なのだ。それに一矢には特殊な力、フォースがある。
 フォースを操るということは、とりもなおさず、何の物質的媒介も無しに、自己の紡いだ現象を引き起こすということだ。科学的には、どういう成り立ちでそれが起こっているのか、まだ立証はされていない。だからこそ神秘の力と言えた。
 一矢の側からすると、見えない手と頭が一矢の中にもう一つあって、その領域で行動を起こすと、これまた見えない力が作用する。それだけのことらしい。人が2本足で歩くのと同レベルの事象なのだ。
 だからこそ、平気で必要があれば乱用する。世程の事がない限り、多少の乱用では、そんなに疲れないのだ。疲労感も人によるが、こと一矢に関しては、その辺をジョギングしている程度の疲労感でしかなった。

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 足音を殺し、一矢は石壁添いに伝ってゆく。途中赤外線センサーやカメラがあったが、その有効範囲に引っかからない様に、一矢は上手く切り抜けた。どうしても普通に歩いていて、センサーに捕らえられてしまう場合には、少々卑怯だがテレポートを使用した。
 例え知らない場所でも、目的地が目で視認出来る範囲でなら、跳躍しても問題はないからだ。これが見えない場合だと、事故のもととなるので、使用には注意が必要だった。


 一矢の進む廊下は、明かりの極端に少ない場所だった。石壁の所々に、まばらにしか明かりがなかったのだ。そのせいか一層陰鬱な空気が醸し出されている。まるで中世の城壁のようだ。
「……暗っ。電気代をケチっているのか、それとも……」
 こういうコンセプトでここを設計したのか、そのどちらかだろうな。そしてこの場合は明らかに後者であり、……この先にあるのはどう考えたって、あれな訳だ。
 一矢は自分の行く手を塞ぐ様に出現した鉄格子を睨む。御丁寧なことに廊下を仕切るのは、3重の鉄格子だった。鍵穴はアンティックな螺子穴式で、どう見ても実用的ではない。だが非力な子供達にすれば、これでも十分に脅威になるだろうと想像出来た。
 人影がないのを確認すると、一矢は一気に3重の鉄格子を、テレポートを使いすり抜ける。ふわりと揺れる様に、一矢の身体は鉄格子の外から中へと場所を移した。
 静かな冷たい空気の中、一矢の耳に微かな声が聞こえて来る。泣いているような、細い細い声。そっと耳を澄まし、一矢は声のした方に足を向けた。



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