掲示板小説 オーパーツ28
作戦開始の合図は?
作:MUTUMI DATA:2004.1.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 凄い……。これだけで軽く30年は奴等をぶち込める! 一件一件の罪状は確かに軽いけど、ここ迄来るともう笑っちゃうぐらいだ。累計したらもっと長く拘留しておけるんじゃないのか?
 きょろきょろと美術品の数々を確認し、一矢は独り唸った。
 余りにも膨大過ぎて……立件するだけで10年はかかりそうだ。ああでも、これが皆元の持ち主に戻されれば、星間連合の株も上がるよなぁ。
 などと考えているうちに、一矢達は目的の場所に着いた。地下でも最奥と言える、奥の奥。その一画にその空間はあった。
 光の柵に囲まれた牢の様な空間。とても狭く、凡そ7メートル四方しかない場所には、到底プライベートという概念はなく、壁面以外は細い線が、空間を区切るかの様に、上から下に10センチメートルおきに並んでいた。
 細い線、つまり原子を任意に結合させ、ナノ単位で制御している物なんだが、これがまた堅い。物凄く堅いのだ。硬度が凡そ150もある。普通の手段ではまず切れない。だから良く刑務所で、鉄柵の代わりに使われていたりする。
 小部屋は実質的な意味での牢獄だった。

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 そんな牢の中の一つ、光の柵の一部の開いた部分から、一矢は中に押し込められる。グロウは一矢が中に入るのを確認すると、壁に埋め込まれたコントローラーを操作し、入り口を一瞬のうちに閉じた。
 一矢は、はっとして光の柵に手を延ばす。冷たい金属の感触が指先に伝わった。
「嫌だ」
 小声で呟くと、グロウは何も言わず一矢を暫く見つめた後、すっと踵を返す。そしてそのまま去って行った。
 ……今の微妙な反応は……何?
 グロウの背を光の棒を掴んだまま見送りながら、一矢は思案してしまう。
 別に同情が欲しかった訳ではないが、どうもグロウの態度からすると、彼は一矢にいたく同情しているようだ。物凄くわかりにくいが、哀れんでいるような気がする。
 そういえば宇宙船の中でも、クリフの態度が危険ゾーンに入らない様に、色々牽制をしていたな。さっきも僕が泣いていたら、ジェイルの興味を僕から白露へ移るように誘導していたし。……なんでそんな事を? 僕に同情する余地なんか、何もないはずなのに……。
 一矢は考え込みながらも、柵から手を離した。
改めて自分が閉じ込められた室内を見てみると、見事に何一つなかった。石造りの床にふかふかの絨毯、その上に無造作に置かれた幾つかのクッションとたった一枚の毛布。それだけだ。
「……はぁ」
 これはないだろうと、どこか恨みがまし気に毛布を掴んだ一矢は、ぎょっとして身を引いた。毛布には黒い字ではっきりと『HELP』と書かれていたのだ。それは歪んだいびつな字だった。
「助けて……」
 そう呟き、一矢は蹲る。一矢は経験上、黒い文字が血の変色した物だと知っていた。
「……最低だ」
 膝を抱え、一矢は顔を埋める。
「ごめん。ごめんよ」
 この字を書いた人間は、もう恐らくどこにもいない。既に命を断たれた存在だと、一矢は理解していた。これほど鮮明に字を書くには、大量の血がいる。少なくとも動脈が切れるぐらいには。そしてそんな怪我を負った人間を、ジェイルが治療したとは考えられない。
「……ごめん」
 毛布を抱き締め、一矢は再び呟いた。

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 一矢を地下に閉じ込めた後、グロウはゆっくりと階段を上がり、2階へ向かった。途中向こうから、若い男が歩いて来る。
「いたぞ、あの女」
 擦れ違い様、グロウは若い男に囁く。
「どこに?」
 若い男も短く返して来た。
「ジェイルの私室だ。ガードが堅い」
「やれるのか?」
「無理だ。……ウルク、そっちの手はずは?」
 ウルクと呼ばれた若い男は微かに頷く。
「大丈夫だ。フリーダムスターは監視を外れた」
「では、降下させろ」
「作戦開始の合図は?」
 ウルクはグロウの目を見る。グロウはニッと不敵に笑った。
「塔のシールドとジャミングが破壊されたらだ」
「わかった」
 ウルクは頷き立ち去る。その背を見送りグロウは再び歩き出す。何事もなかったかの様に、淡々と足を進めた。

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 一方、グロウと一矢に続いて、クリフまでもが所用で退出したジェイルの私室では、セイラがソファーに長々と寝そべり、すっかりとくつろいでいた。
 セイラの側には、侍女のような複数の女性が侍(はべ)っている。優雅な態度で、彼女達はセイラの爪にマネキュアを施していた。白のベース地に細かく赤い模様が入れられてゆく。それは見事な蔓草だった。
「今の男、初めてみる顔だったけれど最近雇ったのかしら?」
 美しく長い爪を侍女達に任せながら、セイラはジェイルに尋ねた。セイラの言う見ない顔がグロウの事だと気付いたジェイルは、あっさりと同意を返す。
「ああ。シルバースピアの傭兵だ。役に立つ男だよ」
「そう……。身元は確かなんでしょうね?」
「お疑いか?」
「別にそういう訳ではないけれど、……クリフがかなり反発しているようだから」
 セイラの言葉にジェイルは肩を竦める。
「クリフよりは実務に長ける為、重用しているだけだ。別にあなたのお気に入りのクリフを、外している訳ではない」
「……なら良いのだけど」
 セイラは侍女達が描き終わった爪を、満足そうに見つめた後、ふと思い出したかの様に告げた。
「私は明日ここを離れるわ。船の実験に立ち会わなくてはならないのよ」
 ジェイルはセイラに近寄り、細く白いたおやかな手をとった。そっと手の甲に口付ける。
「それは残念。色々面白い趣向を考えていたのだが……」
「私、あなたの趣味には興味がないわ」
 ジェイルはセイラの言葉に苦笑を浮かべた。
「残念だな。こと嗜好に関しては、クリフとしかどうも話が弾まないようだ」
 セイラはクスクスと笑った。
「あら、さっきの男にはそういう趣味はないの?」
「グロウの事か? グロウはノーマルだよ。間違ってもクリフと同じ事はしない」
 セイラは少し目を丸くする。
「まあ、そうなの? 見かけによらないこと」
 ジェイルはやれやれと首を振る。
「だがある意味、グロウの方が悪質だと思うがね」
「どうして?」
「あの男は目的の為には手段を選ばない。遥かに悪辣じゃないかい?」
 セイラはそれに対し、曖昧に微笑んだ。

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 何がどうという訳ではないのだが、見知らぬ人物の血文字に、流石の一矢も落ち込んだ。傍若無人な行動派の一矢にだって、それなりに繊細な所があるのだ。
「もっと早く僕が来れていたら……」
 唇を噛んで、一矢は項垂れる。
 この人は助かっていたのだろうか?
 一矢はそっと指で血文字をなぞった。
「……でも。……もう、遅い」
 呟いて、血文字の入った毛布を足下に置くと、一矢は悄然と立ち上がる。
「出来る事、……出来ない事。……そんな当たり前のこと、今更で……」
 呟きながら、一矢は光の檻に両手を這わした。普通の力では切り刻む事も、捩じ曲げる事も出来ない、高硬度の棒をしっかりと掴む。
「でももう、僕は後悔したくないんだ」
 呟くと同時に、一矢はほんの少しだけ力を放出した。一矢の力が、フォースマスター(主人)の意志を受けて、強固に結びついていた物質を崩壊させる。ザラザラと光る欠片が空を舞った。砂の様に細かく切断された結合体が、音を発て床に落ちる。今迄光の柱がズラリと並んでいた部分には、こんもりと砂山が盛り上がっていた。光の檻は、いとも容易くバラバラに分解された。
「ジェイル。……僕はお前を、絶対に許さない」
 凍えるような感情の中で、一矢は思う。
 お前の罪は必ず償ってもらう。逃げ切れると思うなよ!
 やがて一矢はまっすぐに顔を上げると、砂になった檻を跨いで外に出た。咎める物は何一つない。


 それから暫く、一矢はグロウと共に歩いて来た道を、無言で引き返した。周囲に飾られている高価な美術品には目もくれず、一矢は突き進む。やがて地下と地上を隔てている銀色の扉に出くわした。認証コードがなければ開かない、チタン製の扉だ。
 一矢は扉のコード入力装置の前に立つと、軽く片手を翳した。本来なら、あまりにも強制的な手段の為、内部のプログラムがおかしくなるかもしれない為に、非常時以外は禁じ手となっている方法を試す。
 チリッっと、火花が入力装置に走った。一矢の見つめる前で、電子式のキーが勝手に自己解凍を始める。表示板には次々と数字が浮かんでは消え、後から後から押し掛ける様に入れ替った。
”5963ーNEMU”
 数分後、いともあっさり答えは出た。と、同時に、チタン製の扉が音もなく上下に開いてゆく。一矢はそれを見届け、ゆっくりと片手を降ろした。
 真性の電子の妖精ではなくても、この程度のことは一矢にも出来る。腕に仕込まれたリンク装置を使わずとも、フォースという力の介在があれば、機械を騙すのはお茶の子さいさいなのだ。
 一矢は扉を潜り、目の前にある階段を登った。辿り着いた先はシンとした静かな空間だった。深紅の長い廊下が、延々とどこ迄も続いている。
 この屋敷に入って以来、ジェイルの私室に連れて行かれる迄の短い間だったが、一矢は屋敷の中の建物の位置関係を大凡掴んでいた。
 入り口正面のずっと奥がジェイルの私室、その手前に4つの塔に囲まれた広い中庭。中庭を挟む左右の建物は恐らく小部屋で仕切られており、どちらかがジェイルに攫われた子供達の部屋。そして、ジェイルが雇った傭兵達の詰め所だろうと想像出来た。一矢が連れて行かれた地下は、恐らく特別な部屋で、ジェイルが個人的な楽しみの為に用意したものだろう。
 それらの情報を元に、頭の中で描いた見取り図を参考に、一矢は密かに動き出す。目的地はジェイルの私室の奥。恐らくそこに一矢の求める物があるはずだった。ブラックマーケットの全貌を暴き出す為に必要な物が。
 だから一矢は慎重に足を進めた。



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