掲示板小説 オーパーツ2
命令違反は出来ないよ
作:MUTUMI DATA:2003.9.28

毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


6

 ボブの言外に無理でしょう?との意味を込めた指摘に、一矢は渋々同意する。
「命令違反は出来ないよ」
 本当は凄く嫌なんだけどと続け、ブツブツと物騒な事を呟く。
「折角くれた餌なんだし、有効に活用させてもらおうか。ロバートの望み通り、奴は排除してやる。シドニーは僕がちゃんと護衛する。でもハプニングは僕の責任じゃない」
「一矢……、ハプニングって何ですか。ハプニングって」
 不安気、いやどちらかというと困惑気にボブは問い返す。一矢はしれっとボブに言い返した。
「予測不可能、想定外の事態のことだよ。僕だってたまには失敗するし〜」
 明後日の方を向きつつ、そんな事をほざく。
「……わざと失敗するくせに」
 ボソリとボブは呟き、やれやれと首を振る。
「お手柔らかに頼みますよ。桜花」
 一矢はニッと笑ってボブを見る。悪戯を思いついた子供のような表情だった。
 ネルソン家現総裁ロバート・ネルソンが図らずも与えてくれたシドニーを餌に、恐らく護衛の合間に自分達が追う犯罪者ジェイル・L・リーゼを捕獲する事を決めたのだろう。
 というか、元々ジェイル・L・リーゼを狙っていたのだから、そこにロバートの何らかの意志、策謀が入り込んでしまったという方が正しいか。
 どちらにしろ、シドニーの護衛は二の次で、本命はジェイル・L・リーゼだった。
「不本意だけど、ロバートの策に嵌ってやるよ。タヌキ相手に楯突く程、暇じゃないし」
 嘘をつけ嘘を、と、心の底で思いつつ、ボブは表面上は無反応を装おう。
 とにもかくにも賽は投げられたのだった。

7

 次の日から情報部はシドニー・ネルソンのバックアップを開始した。
 元々サンリーグ地区は、一矢の行動を把握する為に、緻密な迄の監視システムを有している。通称、スカイネット。最近構築されたばかりの、星間軍の目玉商品の一つだ。
 この星、ディアーナ星の元々の監視網は、数年前にある事件がもとで崩壊していた。以降、星間軍のスカイネットがディアーナ現地軍にかわって、この星の全監視を行っていた。
 他でもない一矢が通う学校は、ディアーナで最も厳重で、最も監視の厳しい所だった。生徒達は想像もしていないが、そこは現代の聖域に近かった。
 なぜならそこには、一矢が、フォースマスターがいたからだ。

8

「へ〜っ、じゃあシドニー君ってウインザーグループの?」
「なんか想像もつかないけど、色々大変なんだな」
 パイやケンが、シドニーの横を歩きながらしみじみと呟く。
「昨日のボディガードの人達、今日も夕方に迎えに来るのかい?」
 シグマは一矢と三人の一歩後ろを歩きながら、そう声をかけた。ちらりと振り返り、シドニーは小さく溜め息を付く。
「当分はね」
「ふ〜ん」
 曖昧な相槌を打つシグマに、シドニーは困ったような表情をして付け加える。榛色の瞳が微かに揺れていた。
「父の指示ですから。父の考える事は、私にはよくわかりません」
「そうなの?」
 パイはちょっと驚いて聞き返す。自分の父親がよくわからないとはどういう事なのか、と驚いたからだ。
「ええ。私が言うのもなんですが、実に、本当に屈折した人ですから」
 その言葉を聞いた途端、今迄静かだった一矢がぶっと吹き出す。慌てて口元を押さえて、笑いを堪えた。
「一矢君、何笑ってるの?」
「え。いや、何でもないよ」
 パイに言い返しつつ、一矢はねじれそうになる脇腹を必死で死守した。
 うわぁ。自分の子供からも屈折してるって言われてるぞ、ロバート。
 物凄くシドニーの父親、ロバートの性格を良く知る一矢は、気の毒にと思いつつも、まあ仕方ないかと達観した感想を抱く。
「今回の転校もかなり急でしたし」
「そうなんだ」
「ええ。言われた翌日には、もうこの学校に放り込まれてました」
 だよなぁ。本当に急だったよ。
 しみじみ、ウンウンと一人頷き一矢は盛んに同意する。
 そんなのどかな時間、サワリと空気が揺れた。クラブハウスへと通じる小道を歩きつつ、一矢は微かに目を見開いた。ザワザワと風に揺れ、木々の枝ずれの音が響く。
 残照が枝の隙間から地面に、光の螺旋を描いていた。
 ガサッと木々の枝が僅かにバウンドした。
”来ます!”
 一矢の耳の奥に仕込まれた通信機から、シズカの緊迫した声が短く漏れた。

9

「この先にね、クラブハウスがあるの。凄く広いのよ。うちの学校って、マンモス校でしょ? だから沢山のクラブがあるの」
 にこっと笑いながらパイが小道の先、木々の間の向こう、開けた方を指しながら説明する。僅かではあるがクリーム色の建物も見えかくれしていた。
「シドニー君も何かクラブに入るといいわ」
「そうですか……」
 ちょっと困った表情をしてシドニーは呟く。灰色の髪を掻き揚げつつ、長身の彼は曖昧に笑っている。
 入りたくはないけど、無下には出来ないってとこか?
 一人冷静にシドニーを観察しつつ、一矢は思う。
 さて何がでてくるかな。シドニー、お前は何を隠している? ロバートに何を言われている?
 冷酷な目がシドニーの後ろ姿を追う。シドニーの隣ではパイやケンが楽しそうに笑っていた。何も知らず、朗らかに笑っている。
”隊長……もう、接触します!”
 一矢の耳には【06】シズカの切迫した声が響いていた。一矢は眩しそうに目を細め、頭上の木々を見上げた。
 次の瞬間、一矢達は見知らぬ男達に囲まれていた。
 ガサガサっと音がして、頭上の木々から男達が降って来る。恐らく光学迷彩を施しつつ、接近してきたのだろう。男達は背中に背負っていた機器を、草むらに投げ捨てながら五人を素早く包囲した。
 灰色のコートを着た男達は手に手に銃を構えている。それらの銃は全て大口径の、連続発射可能なニードルガンだった。
 普段ボブ辺りが良く使っている物である。
 ……さ、最悪。
 一矢はちょっと引き攣りつつ、そう思う。普段自分達が頻繁に使っている物だ。その威力も利便性も熟知している。
 こいつら本物か。
 自分達を囲む男達がプロ、それもかなり腕の良い部類である事を察知する。
 アマチュアじゃない。傭兵崩れでもない。現役の傭兵か。
 ニードルガンを使う辺りが、嫌でもそれを強調する。一矢はほんの少し後悔した。
 なんか不味いかも……。
 おびえるパイ達を見て、余計に一矢はそう思った。パイ達をおびえさせる気なんて、一矢にはこれっぽっちもなかったのだ。

10

「な、何? 何これ?」
 おびえた目をしてパイは周囲を見回す。
「な、ななななな」
 壊れたスピーカーの様にケンは戦慄く(わななく)。シグマは硬直して動きが止まっていた。
 ごくりとシドニーが息を飲んだのがわかった。
「シドニー・ネルソン?」
 男の中の一人が小首を傾げ、聞く。シドニーはがたがた震える手を制し、気丈にも頷いた。
「始めましてかな? 私の目的はわかるね? 君が持っている指輪を渡してもらおうか」
 にこっと笑って男はシドニーに近付いてくる。動く事の出来ないシドニーは、唇を青くした。パイ達は目を見開いてシドニーを見ている。
「ゆ、指輪? な、何のことですか?」
 擦れた声でシドニーは男に尋ね返す。次の瞬間、一矢の顳かみに堅い物があたった。男の中の一人が、一矢の頭部に銃口を突き付けたのだ。
”た、た、隊長!”
 悲鳴にも似たシズカの声が、一矢の耳の奥で響き渡る。
「可哀想に。この若さで、君の為に死ななければならないなんてね」
 さり気なくそんな事を言い、男はシドニーの眼前に立つ。
「や、止め……」
「子供は素直な方が可愛いよ、シドニー」
 男はそう言って、シドニーの襟首を締め上げる。
「どこにある? さっさと吐いた方が良いぞ。あの子供が死ぬ前に」
 男はちらりと一矢に視線を向け、シドニーを脅す。ひっとケンが怯えた声を発した。男達の本気を感じ取ったのだろう。
 パイが一矢を見て、泣きそうな顔になっている。顳かみの冷たい銃口を意識しつつ、一矢は微かに瞳を細めた。
”隊長! 介入します!”
 我慢の限界に達したのだろうシズカの声に、ボブの冷静な声が被さった。
”駄目だ! 好きにさせておけ! どうせ殺す気はない”
 冷静というよりも、冷酷なボブの指摘に、一矢は心の中でパチパチと拍手する。
 正解だ、ボブ。彼らはまだ殺さない。……先にシドニーが折れる。
 一矢の思考は、そう結論付けていた。案の定喘ぎながら、シドニーはポケットから見窄らしい指輪を取り出す。白い石の嵌め込まれた指輪だった。
「指輪は、こ、ここにある……。彼を放せ!」
 シドニーの手から指輪を引ったくり、男はそれをしげしげと観察した。



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