掲示板小説 オーパーツ1
僕に恩を売る気なのか?
作:MUTUMI DATA:2003.9.28

毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


1

「うわぁぁ。ち、遅刻だぁ!」
 ダ、ダダダダダと一人の少年が通学路をひた走っていた。
 左右には高層ビル群。通学路には他に人影がない。時刻は既に9時。とっくの昔に学区から人影は消えている。
「くそ〜。また怒られるじゃないか!」
 少年はブツブツぼやきながら校門に駆け込む。
「そろそろミリー先生の授業始まってるよなぁ」
 何でいつもこうなるんだ! 僕はいつだって普通に学校に行きたいのに〜! それもこれも、ルキアノのせいだ! あいつさえ、邪魔しなければ、間に合ったのに〜。
 一通り悪態をついた少年は、階段を駆け上がると自分の教室の扉を一気に開けた。
「すいません! 遅くなりました」
 言いおき、ゼイゼイと息をつく。壇上から呆れた表情の、女性教師の視線が投げかけられた。少年は気まずそうに首を竦める。
「若林君……。またですか? 気をつけなさい」
「うっ。は、ハイ」
 言い訳すら出来ず少年、一矢はどっと肩を落とす。一気に疲れが襲って来たらしい。自分の席につきながら、ナメクジの様に机の上に上半身を埋めてしまう。
 流石の一矢も、全力疾走で体力を消耗したようだ。
「お早う」
 隣の席のシグマが苦笑を浮かべながら、小声で挨拶をしてくる。
「はよ〜」
 適当に返しながら一矢は、新たな、今迄このクラスにはいなかった人物に視線を向ける。
「転入生のシドニー君だよ」
 こそっと囁かれ、納得した様に頷く。
「この時期に転入生なの?」
「珍しいよね」
 シグマの声を聞きながら、一矢は微かに笑みを浮かべる。それはどこをどう見ても冷たい笑みだった。
 シドニー・ネルソン。飛んで火に入る夏の虫か。
 一矢は面白そうに転入生を見るのだった。

2

 シドニー・ネルソン。ネルソン家を基盤とするウインザーグループの、次期総裁。
 一矢は経済界ファイルを思い返し、小さく溜め息をつく。
 確か今、ネルソン家で抗争が起こってたよな。
 パラパラと教科書をめくりつつ、一矢は考える。
 僕がこの学校にいることは半ば公然の秘密。なら……。シドニーがここに居るってことは、介入してもいいってことか? そういうことなのかなぁ。
 まあともかく、シドニーに張り付いていれば、奴も出てくるか。これは絶好の機会だな。
 奴を追い詰める為に、せいぜい利用させてもらおうか。使えるものは、何であれ使わせてもらうぞ。
 細面のシドニーの横顔を眺めつつ、一矢はクルクルとペンを回した。

3

 放課後。
 4階の窓から外を見ていた一矢は、悪友のシグマに呼び止められた。しっかり鞄を肩から斜に掛け、一矢を手招きしている。
「一矢〜。アイス食って帰ろうぜ〜」
「ん? うん、いいよ」
 苦笑しつつ、一矢は窓から視線を外した。
「どした? 何か見えるのか?」
 一矢の行動に興味を抱いて、シグマが近寄って来る。
「別にたいしたものは見えないけど、ほら。あれ」
 一矢は窓の外、校門の辺りを指差し、意味深に呟く。
「SPかな」
「?」
 きょとんとした顔をしていたシグマも、校門を見て一矢の言わんとしている事を理解した。
 二人が注視する校門には、黒のエアカーが何台も停車していた。エアカーの周囲には黒服の男達が、無気味な程、微動だにせず陣取っている。
 その光景は意味もなく、ここには似合わない。下校途中の生徒はチラチラと視線を投げかけつつも、目線は合わさず、そそくさと帰宅していた。あまり関わりたくないのだろう。
「やーさんじゃないの?」
「違うと思うよ。だって、ほら……」
 一矢の言葉が終わらないうちに、シドニー・ネルソンが姿を見せ、黒服の男達と共にエアカーに消えて行った。シドニーと男達は何かを警戒するかの様に、慌ただしく立ち去る。
「何あれ?」
「だから、シドニーのボディガードだよ」
 一矢の言葉にシグマは目を丸くする。
「ボディガード!? 学校に来るのにそんなものつけてるのか? シドニーの親って……。心配症なんだな」
 呑気なシグマの感想に、一矢は苦笑する。
 心配症? シドニーの親が? は! それはありえないね。ロバート(シドニーの父親)はそんなに優しくない。どっちかって言うと……。あれは示威行動だ。
 ロバートはシドニーをここに放り込み、SPを目立たせる事によって、奴を挑発している……。
 恐らくシドニーは餌だ。
 そう思い、一矢は深く嘆息する。
 ロバートは一族から奴を切り離す気だ。多分僕らが奴を狙っているのを知ったから、好機とみたんだろうが……。
 僕に恩を売る気なのか?
 一矢は瞳を細め、眉間に皺を寄せる。
 ロバートにはロバートの思惑があるんだろうけど、僕には何一つ告げないで、いきなりアクションを起こすのは止めてくれ。
 良い迷惑だ。
 憮然としつつ一矢はそんな事を思った。

4

 ミントアイスを頬張りながら、一矢とシグマは並んで遊歩道を歩く。
 都市部、市街地でありながら緑豊かな公園がある為、空気は澄み、木々の枝ずれの音も心地良い。噴水の雫を浴びて、虹色の光を眺めつつ二人は歩いて行く。
「なあ、一矢。さっきのシドニーのボディガードってずっと続くのかな?」
「気になるの?」
 足を止め、一矢はシグマの方を見る。チョコアイスをなめながら、シグマは無言でこくっと頷いた。
「……あれは仕方がないと思うよ。シドニーってネルソン家の若様だから」
「ネルソン家?」
 一矢の言葉にシグマは首を傾げる。どうも馴染みが薄いようだ。
「うん。ウインザーグループの母体一族だよ。ウインザーグループは知ってるでしょ?」
「ああ。多国籍の星間企業だろ? 物凄く有名じゃないか。ディアーナにも支店があるよ」
 それなら知っていると、シグマは一矢に向かって目で訴える。
「シドニーはその企業を支配している一族、ネルソン家の次期総裁だよ」
 端的にあっさりそう言い、一矢はミントアイスを頬張る。
「え。……マジ?」
 思わず目が点になるシグマに、一矢は苦笑を浮かべた。
「本当だよ。昨日ね、夕食の時にパパがそんな事を言ってたよ」
 本当はシドニーの父親から謎かけの様に、一矢が通っている学校とクラスを聞かれただけなのだが、そんな事は黙っておく。
「へえ〜。一矢の父さんって物知りだな」
 シグマは一矢の説明に妙に感心していた。
「じゃあさ、クラブ活動とかには誘わない方がいいのかな?」
「クラブ活動? どうだろう。言ってみるだけ言ってみれば?」
 早速、転校生を勧誘する気だったシグマに、一矢はそう返しておく。
「そうだな〜。じゃあ明日誘ってみるよ」
 シグマは朗らかに笑ってそう言った。

5

 星間軍情報部オペレーションルーム。
 学校から帰るや否、一矢は副官ボブ・スカイルズから極秘書類を渡された。暗号化されたデータを平文化したものだ。
「何これ?」
「星間連合、総代官邸からですよ。まあ、あまりいいものじゃないですけど」
「おい……」
 顔をしかめる一矢にボブは肩を竦めてみせる。ざっと書類に目を通し、一矢は思いっきり眉を寄せた。
「うわぁ。何これ。最低な指令じゃん」
「ですね。でも、諦めて下さいよ」
 あっさりボブにそう返され、一矢は憮然とした表情を浮かべる。
「ボブ、他人事だと思ってないか?」
「え。……そうですか?」
 僅かに泳ぐ視線が、最後迄しらをきり通せないボブの甘さを臭わせる。
「”シドニー・ネルソンを護衛せよ”か。……何でこんなモノが総代官邸から流れて来るんだよ。おかしいじゃないか。たかが子供一人に、官邸が右往左往するなんてどうかしてるよ」
 一矢の言葉に、ボブは溜め息を一つ吐き出す。
「ネルソン家の次期総裁ですよ」
「まだ確定してない予定の話だろ。それに、もしシドニーが死んでも控えは数多いる」
 あっさり冷たくそう言って、一矢は突き放す。
「ですが、ネルソン家の機嫌を損ねるのは、星間連合としてもマイナスです」
「ああ、費用面で?」
 差程感慨ももたず、一矢はボブに問い返す。
「星間連合にウインザーグループが納めている寄付金は、莫大な額です。それが一度でも止まれば、流石に不味いでしょう」
「確かにね。でもだからって、ロバートの思惑に乗せられるのは、何か嫌だな」
「思惑?」
 不思議そうにボブは問い返す。ボブはまだシドニーが一矢の通う学校に、転校してきた事を知らない。
「ロバートの奴、シドニーを僕のクラスに放り込んできたんだよ。朝、学校に行ったら、いきなりシドニーがいてさ。凄く焦ったよ。その上、SPを使って派手に示威行動してくれてさ。勘弁してくれって感じ」
 立て板に水とばかりに一矢がまくしたてる。その勢いにタジタジになりつつも、ボブは一矢に聞き返していた。
「でも予想はしていたんでしょう? 昨日ロバートから電話(TV電話)があったじゃないですか」
「……不本意ながら予想はしてたよ。特にクラスを聞かれた辺りで。何となくいや〜な予感はしてたさ。だけどそれが昨日の今日で現実になるなんて、誰が思う?」
 一矢はロバートの策謀が早過ぎると、憤っているらしい。
「え〜っと、で、どうします? 無視します?」



  ↑目次   次へ→