掲示板小説 オーパーツ108
僕は特殊能力者だ
作:MUTUMI DATA:2005.6.23
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「……元帥に何を言われる事か……」
 罵声だけではすまないだろうなと考え、更に深く吐息をつく。できるならこのまま退役して、田舎にでも引きこもりたい気分だ。
「最悪だよなぁ」
 桜花にだけは知られなくなかったというのに、彼は自分以上に細かい状況を把握している。これを悲嘆せずに何を悲嘆しろというのか。
 ギルガッソーの影を桜花は知ってしまった。元帥が一番隠したかった事を。
 確証はまだなかったが、恐らくそうに違いないとムーサは感じていた。桜花は有能だ。欺瞞に誤魔化される程馬鹿でもない。ならばこの先の予想も、元帥の想像の通りに動くのだろう。
「本気でギルガッソーを叩きにいくか……」
 桜花の持つ権力全てを使って、彼は全力で動き出す。短い先の未来が容易に想定出来、それが余計ムーサに苦痛を与えた。
 本当にそれでいいのか、桜花? それが出来るのか?
 元帥から漏れ聞いたルキアノと桜花の因縁を思い出し、ムーサは他人事ながら眉間に皺を寄せた。ムーサなら絶対に桜花と同じ決断はしない。小心者のムーサには敵対する事を選ぶ余地も無い。
「俺なら逃げる。相対したいとも思わない。自分を憎む奴と正面からまみえるなんて、絶対無理だ」
 そう呟き、ムーサは舌打ちした。
「ちっ、桜花も逃げる事を学習しろってんだ。周りがこれだけ気を揉んでるっていうのに……」
 罵倒しかけ、いや違うと反芻する。桜花が決断を下す前に、終わらせておくべき問題だったのだ。そのチャンスは幾らでもあった。なのにギルガッソーに、決定的な打撃を与える事が出来なかった。すべては星間連合の力の無さ故だ。
「はぁ……」
 盛大な溜め息を一つ漏らし、ムーサは一矢が破壊した廊下を後にし、今歩いて来たばかりの道を引き返し始めた。螺旋状に続く階段を黙々と昇るが、その足取りは何故かとても重かった。
 元帥の罵声も憂鬱なら、桜花が選ぶだろう未来も憂鬱だった。色々な事がついでに鬱陶しくなる。
 空軍でも無能のレッテルを貼られているムーサだったが、実際は違う。バッハトルテ元帥から目を掛けられているエリートの一人だ。やる気なしのムーサだったから、周りからの目も反応も気にはしないが、本当はかなり聡い人物なのだ。だからこそ感じていた。
 新たな争乱の気配、10年前の再来の予感を……。
 延々と続く螺旋階段が、この先に味わうであろう辛酸を予兆しているようで、ムーサは一層気鬱になった。
 さっさと報告して、さっさと罵倒されて寝よう。
 それが今、一番ムーサの望んだ事だった。気鬱なムーサにはそれが一番の良薬だったのだ。

 様々な思惑を孕んで一日が始まる。一つの事件が終わり、新たな問題が浮上する。絡み合う何かが始まりを告げていた。終わりなき闘争の始まりを……。

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 それから三日後。
   惑星ディアーナ、サンリーグ地区、午前8時20分。



 何時もの朝、何時もの日常だった。まだ肌寒さの残る中、鞄を片手に少女がドアを開ける。
「行って来ま〜す」
 家の中にいる母親に向かって声をかけ、少女は時刻を確認すると急いで走り出した。膝丈の短いスカートが軽快に揺れる。
 パタパタと階段を駆け降り、メイン道路に出ると、少女は無人で走って来たエアバスに乗り込み、空いている座席に座った。良く見ると少女と同じ服装をした男女が大勢乗っている。皆揃いの格好、同じ制服を着ていた。
 バスに座って人心地ついていると、少女は背後から声をかけられた。耳障りの良い落ちついた声だった。
「お早う、パイ」
 酷く懐かしいとさえ思える声音に、少女、パイが驚いて振り返る。
「え!? 一矢君!?」
「そうだけど……」
 びっくり眼のパイにちょっと引き気味で一矢が応じる。一矢の服装も男性用ではあったが、パイと同系統の制服で、一目で同じ学校の物だとわかった。
「病気は治ったの!?」
「うん。ちょっと長引いたけど、全快したよ」
 長期欠席の理由を風土病としていた事を思い出し、はにかんだ様に一矢が笑う。
「心配してくれたの?」
「勿論よ。TV電話しても、替わって貰えなかったし……。物凄く悪いのかと思っちゃった」
 久しぶりに見た一矢の姿に安堵の表情を浮かべ、パイが本当に嬉しそうに呟く。
「良かったぁ」
「心配かけて御免ね」
 一矢がいつになく優しい表情をして囁いた。その顔を見たパイが微かに頬を染める。
「え、えと。……一矢君が元気になったのなら嬉しい、って……やだ何か調子が狂うわ」
 久しぶりに見る一矢の綺麗な顔のアップに、ドギマギしているようだ。
「パイ?」
「な、何でもないよ」
 アイドル顔負けの美少年に優しい満面の笑みで見つめられたら、それに慣れている者だって頬の一つぐらい染めるだろう。それに今日の一矢はいつもより5割増しで笑顔が優しい。
 つい先だっての潜入捜査で、泣きたくなる程悲惨な状態だった子供達を見ているだけに、無条件で今の一矢は子供に優しいのだ。誰であれ自分より年下なら、守って庇いたくなるような心境だったりする。
 情報部のドクターに言わせると、それも神経症の一種らしいが、一矢はそんな事全く気にしない。そんな訳で、何時もより数倍増しで一矢の笑顔は強烈だった。

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「一矢君、えと。どこか変わった?」
「ん?」
「物凄く優しい感じっていうか、蛍光ピンクのオーラっていうか、えと。ちょっと笑顔が悩殺的なんだけど……」
 戸惑いつつもパイが一矢に告げると、一矢が微妙に頬を引き攣らせた。
「悩殺的って……」
 自覚のないぶん、他者のそれも女の子からの指摘にかなり戸惑ってしまう。
「そんなに僕変?」
「変って訳じゃないけど、普段の一矢君より数倍フェミニストオーラが出てるわ」
 真顔でそう言われ、再度一矢は絶句した。一矢にはそんな気は更々無いのだ。何時もより上手く猫をかぶっているのは認めるが、蛍光ピンクだのフェミニストだの、そんなオーラを出しているつもりはない。
 だから、何だか凹みそうになった。その気配を察してパイが慌てて取り繕う。
「でも私、そんな一矢君も好きだよ。側にいると安心するし」
「安心?」
「んと、上手く言えないけど今日の一矢君はそんな感じがするの」
 パイは自分でも困った様に言う。ほとんど本能的に一矢の気配を感じているのだろう。時々漏れ出る覇気や殺気が全くしないから、そう思うのかも知れない。
「そう……」
 ここ数日弱者に対し、いたわりシンドロームが続いている一矢は、何となくパイの言いたい事が理解出来た。
 守りたいっていう気持ちが、表情に出ているのか。
 苦笑を浮かべ、一矢はようやく自覚した。この平安なディアーナでの時間を、自分がとても大切に思っている事を。手放したくない程、大事にしている事を。
「……ねえ、パイ」
「何?」
「僕と友達になってくれてありがとう」
「え? ひゃ」
 疑問を浮かべたパイの口は直ぐに奇声に変わった。パイの髪を一矢が一房手に取り、軽く口付けたのだ。
「か、か、一矢君?」
 狼狽したパイが一矢の名を呼ぶ。
「……絶対負けないから」
 耳元で一矢が小声で囁いた。パイに聞こえるか聞こえないかの声で、とても優しく……。
「?」
「僕は守る」
 この世界を守ってみせる。だからパイ達はいつも通り暮らして。笑って、遊んで、勉強して、そして時々でいいから僕を思い出して。
「あ、あのね、一矢君」
「ん?」
「か、髪放してくれない? 皆が見てるよ」
 真っ赤な顔でパイが一矢に懇願した。
「あ、ごめん」
 あっさり手放し周囲を伺うと、興味津々で同じ学校の制服を着た者達が二人を見ていた。パイがなんだかいたたまれない表情をしている。
 あ、れ? ……もしかして今の行動はまずかったのか? これぐらいイクサーなら平気な顔をしているんだが……。
 客観的に見て、恋人相手でもない限り、しそうにない行動だったという事実に遅まきながら気付き、一矢は自分の失敗を悟った。気心の知れたイクサーならともかく、まだ子供のパイには強烈過ぎる。
「パ、パイ」
「な、何かな?」
 床を見つめたままパイが応じる。
「……ごめん」
 言うべき言葉を捜して、結局みつからず一矢が短く告げる。途端に余計パイが赤くなった。熟れたトマトみたいだ。
「……き、気にしてない……わ」
 裏腹に意識している事は明白だったが、一矢は何も言わなかった。わくわくした周囲の視線が一矢に突き刺さる。どんな想像をされたのか、手に取る様にわかったが、敢えて反論もしない。

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 黙ったまま一矢は、視線をバスの外へと向けた。窓から見える高層ビルが、平和な日常の光景が、一矢の視界一杯に広がる。
 子供の手を引き歩く母親や、乗り遅れたのかエアバスを追い掛ける少年達が視界に映った。誰もが皆生き生きとした表情をしていた。死んだような目をした者はここにはいない。
 ……平和だな。
 喜ばしい事なのに、何故か胸の奥が痛かった。それが罪悪感のせいなのだと理解し、己の腑甲斐無さに目を瞑る。
 カタカタと揺れるエアバスの振動が、一矢の体を揺さぶった。心地良いその揺れに身を任せ、一矢はようやくディアーナに戻って来た事を実感した。



「あれ、一矢。もういいのか〜?」
 教室の扉を開けて一歩入ると、途端にケンから声がかかった。机の上に腰をかけ、隣にいるシグマと喋っていたらしい。自分の席に鞄を置くと、一矢は二人に近寄って行った。一矢と一緒に入って来たパイは、アイリーンの姿を見つけ、そちらに移動している。
「長引いたけどね、ようやく全快」
 肩を竦めそう言うと、シグマがほっとしたように笑った。
「一矢って本当に体が弱いよなぁ」
「そんな事ない……」
 否定しかけ、毎度毎度仕事の都合上学校を欠席する度に、届けを病欠にしていた事を思い出す。その中にはかなり長期に渡る物もあった。これでは体が弱いと思われても、仕方がないかもしれない。
「シグマ、一矢って実は箱入りなんだぞ。しかもその箱、鋼鉄製だし」
 一人ケラケラと笑いながら、ケンは一矢の背をバシバシと叩く。
「痛いって。……それに箱ってなんだよ」
「え、だって一矢の親父、過保護じゃん」
「はい?」
 きょとんとした表情を一矢が浮かべる。
 ボブが過保護? あいつが過保護……。過保……そ、そうなのか?
 少しも似合わない名称に一矢が絶句する。
「だってさいつ電話しても、『今は具合が悪いので後にして欲しい』って、一矢への伝言すら拒否するんだぞ。これを過保護といわずして何と言う?」
 一矢の顔を覗き込み、「な、過保護じゃん」とケンは結論付けた。
 ……確かに外から見れば過保護なのかも。実際には僕が仕事中の時はボブだって仕事中な訳で、相手をしていられないから拒否しているんだろうけど……。うわぁ、凄まじい誤解だ。
 何とも言えず苦虫を噛み殺していると、シグマがシドニーの登校に気付いた。
「あ、シドニーも来たみたい」
 窓の外をみやると、黒塗りのエアカーから降りるほっそりした人影が見えた。側にはSPもいるが、彼らは車から降りる事はなく、シドニーが校門を潜るのを確認すると引き返して行った。
「いつみてもお坊っちゃんな光景だなぁ」
 ケンがしみじみと呟きを漏らす。
「仕方ないよ。実際に危ない目にあってるんだから」
 それに巻き込まれた経験があるので、やり過ぎだとは思わない。同じく巻き込まれたケンもその事を思い出し、シグマの発言に同意を示した。
「確かに」
「だろ? お金持ちは大変なんだよ」
 いやそれは単に、シドニーが敵の多いロバートの子供だからだと、突っ込みを入れたくなったが入れる訳にもいかず、一矢は曖昧な笑みを浮かべた。
「そういえば話は変わるけどさ。シドニーの喧嘩は終わったのか?」
「喧嘩?」
 始めて聞く話に、一矢がケンを見る。
「そ。親父さんとしてたらしいけど。丁度一矢が寝込んだ後だったっけ?」
「うん。その辺りだね。自棄に怒ってたよ。酷いとか、人間じゃないとか、何とか」
 その頃を思い出しつつ、シグマが応じる。
 シドニーがロバートと喧嘩した? 僕が寝込んだ後? っ!? そ、それはもしかして……。原因は僕だろうか?
 シドニーの目の前で攫われていた事を思い出し、一矢は引き攣った表情を浮かべた。
 あの状況ならまず間違いなく、シドニーは責任を感じてロバートに相談したはず。でもって、ロバートは僕がフォースマスターである事を知っているから、当然相談に乗るはずもなくて……。あちゃ〜。十中八九僕のせいだ。
 喧嘩の原因とその理由に思い当たり、一矢は眉間を押さえた。
「どした? 一矢?」
「頭が痛いの?」
 突然の一矢の態度に、病み上がりという事も手伝って二人が心配そうに声をかけて来る。
「いや、平気。ちょ〜っと嫌な事を思い出しただけ」
 これもロバートへの貸しに当たるのかと思いつつ、一矢は短く溜め息を吐いた。
 仕方ない。シドニーには攫われた時、後で説明するって言ってあるし、ついでにその誤解も解いておいてやるか。世話の焼ける親子だ。

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 なんで人様の家庭の仲裁迄しなきゃならないんだと、ブツクサ心の中で悪態をつきつつ、シドニーがやって来るのを待つ。
 暫くして教室の入り口、ドアが開いてシドニーが姿を見せた。クラスメイトのイオと談笑しながら入って来たシドニーは、一矢の姿を見つけ目を見張る。
「若……林、……君?」
「お早う」
 片手を挙げて挨拶すると、シドニーの顔が微妙に歪んだ。
 おい、泣くなよ。ここで。
 泣き出しそうな気配を察して、慌てて一矢が側に近寄る。
「無事だった……んだ?」
「まあね。その件でちょっといい?」
 一応断わりを入れると、シドニーは素直に頷いた。一矢はシドニーの鞄をイオに預けると、シドニーを促し廊下に出る。
「一矢〜、授業が始まるから話は早い目にしろよ〜」
 背中に降って来る脳天気なケンの声に苦笑でもって応え、一矢は生徒でごった返す廊下をどんどん歩いた。
「人目がない方がいいから、屋上に行くよ」
 目的地を告げ、シドニーを伴ってエレベーターに乗り込む。学校の屋上は空中庭園のようになっていて、見晴らしバツグンの景観を誇っている。昼休みともなると生徒でごったがえすのだが、始業前のこの時間はほとんど人もいない。内証話をするにはうってつけの場所だった。
 最上階のパネルを押し、数秒で屋上につく。開いたドアから外に出て一矢は広々とした庭園の中央に進んだ。
 真っ青な空に白い雲がたなびき、庭園の緑はもえ盛り、様々な色の花が咲き誇っている。この学校自慢の場所は、美しく気持ちが癒される所でもあった。
 近くに誰も居ない事を確認すると、一矢は置かれていたベンチに座る。隣を指し示し、シドニーにも座る様にすすめた。黙ってシドニーがそのすすめに従う。二人して暫し庭園を眺めた後、一矢がようやく重い口を開いた。
「お父さんと喧嘩したんだって?」
「っ!? それは父上が!」
 反論しかけたシドニーを、静かな口調で一矢が諌める。
「あまりロバートを責めるな。あいつは僕の力を知っているから、心配しないだけなんだよ」
「え?」
 一矢と父親が知り合いだという事は想像していたが、一矢の力云々は想定外だった。
「力って?」
 何の事だろうと一矢の横顔を伺うと、
「僕は特殊能力者だ」
 言い切って、苦笑を浮かべたまま一矢はシドニーを見つめた。
「なっ!? え、ええっ!?」



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