掲示板小説 オーパーツ107
……これは桜花の仕業か?
作:MUTUMI DATA:2005.6.23
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「ねえ、逃げ出した人はいなかったの?」
「僕は聞いてない。……多分いなかったんじゃないか?」
「全滅ってこと?」
「……そうなるね」
 結果的には殲滅戦になってしまったなと反省をしながら、一矢はそっと息をついた。グロウがそれを見とがめ敏感に反応する。
「あなたは、この結果を望んでいなかったのですか?」
「それは……。正直なところジェイルだけは生け捕りにしたかった」
 今更の話だがと前置きし、
「あいつの頭の中にしかない情報もあったからな」
 と続ける。

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「それは……確かに」
 一矢の言葉にグロウは言葉を濁す。ジェイルの側近く迄潜入していたグロウは、そういう抜け目の無さが実感出来た。ジェイルは秘密を軽々しく漏らす性格では無かった。
「顧客情報は掴んでるけど……機密保持の観点から、データ化を拒む客もいただろうし……。パターンを考えればきりがない。僕が本部に転送したデータは万全の物じゃない」
「雇われていた傭兵達から、聞き出す事も可能では?」
 あくまでも補完的な物でしかないでしょうがと前置きし、グロウが一矢に提案する。
「勿論その線も追うよ。どこまで辿れるかは判らないけど、作業量の多さに躊躇している暇も余裕もなくなったし」
「え?」
「……いや、何でもない」
 言葉を濁し、一矢は自分の髪に手をやりかきあげる。パラパラと細い髪が額に落ちた。深淵を思わせるような瞳が強固な意思を放ち、二人を見つめる。
「追えるだけ追う。誰一人逃がす気はない」
「桜花……」
「それぐらいしか僕らには出来ない」
 連れ去られてしまった子供達を取り戻す事は困難だ。特にギルガッソーに売られた子供達を追うのは、海の中に混じる一匹の魚を捜す事に等しい。どこまで出来るのか……。情報部の総力をあげても、全員を救い出す事は出来ない。過酷だがそれが現実だ。
「それでも、何もしないよりはましだと思ってる」
 出来る事を積み重ねて行く事しか出来ない。……僕らはとても……。
「無力だ……な」
 囁き、一矢は足下に視線を落とした。
「こういう時とても自分が情けなくなる」
 特殊な力があっても、それで何かを変える事は出来ない。救いを求める全ての人を助ける事も出来ない。僕に出来る事は、ただ流れを変えようと努力する事だけだ。たったそれだけしか出来ない。
「桜花……」
 そっと鈴が一矢の手をとった。ぎゅっと握りしめられ、手袋越しに鈴の温かな体温が一矢に伝わる。
「鈴ちゃん」
「桜花は一生懸命やってるわ。それは絶対報われる。きっと、きっと!」
「……そうなるといいな」
 そう願いたいよ。
 泣きそうな表情で一矢は微笑んだ。唇を噛み締めて鈴の手を握り返す。その力強さが、一矢の中で何かが変わった事を示していた。戻る事のない決断を一矢が下す。
 ルキアノ……、僕はもうお前に遠慮はしない。お前を追う。お前の組織を潰す。お前がこの世界を、星間連合を敵とするのなら、僕はお前の敵となる。
 例えお前がかつての友でも……僕はお前を許さない。お前が星間連合を嫌っているのは理解していた。アイリスの子なら、そうなっても仕方がないと思っていた。犯罪を犯すのも、総代を狙うのも、僕を狙うのも、反政府組織をつくるのも仕方が無いと思っていた。
 でも、子供を巻き込む事は許さない。それだけは絶対に許さない。子供達にどんな罪があるというのだ? 平和な世界を感受した、それが罪だと言うのなら、生きとし生けるもの全てが罪人だ。
 ルキアノ、お前の思いは受け入れられない。例えお前がそうなった原因が、僕や総代にあるのだとしても、それを許容出来る範囲は超えてしまった。もう……お前の存在を認められない。お前はやり過ぎた。
 僕は戦うよ、お前と。お前の育てた組織、ギルガッソーと。
 顔を上げた一矢の目は決然としており、先程迄の思い悩んだ様子はどこにもなかった。一矢の中からルキアノに対する躊躇いは失せていた。標的を定め、懐かしい思い出も、罪悪感も捨て去る。過去ではなく未来を見定める為に、一矢は感情の一部に蓋をした。
 アイリス……、ごめんな。
 許しを請うのはたった一人。自分の為に死んでしまった人。イクサー(総代)の親友だった人に対してだ。
 間違ってしまった感情は、どれだけ時間が経っても変わらなかった。もう駄目だよ、アイリス。あなたの子供は……変わらない。僕らの敵として生きている。願った事は同じだったのに、どこで違ってしまったんだろう? 何を間違ったんだろう。僕らは同じ道を歩めない。もう交わらない。もう糺せない。

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 何もかも遅かった……。遅過ぎたよ、アイリス……。
 鈴の手を放すと、一矢は儚い笑みを浮かべた。
「もうちょっと頑張ってみるよ」
「桜花」
「出来る範囲でやれる事を、ね」
 それが僕の責任だから。
 悔恨の情に晒されながらも、一矢はそう言って鈴を安心させる様に微笑んだ。それを見て、思わず鈴が瞳を細める。
「ねえ、桜花。もしかして今泣きたい気分になってない?」
「っ!? どうしてそう思うの?」
「う〜ん、何だか落ち込んでいるっぽいから。グロウさんもそう思いません?」
「……少しそのような気もしますが」
 ダブルで指摘され、一矢は両手で顔を覆う。
「ふ、不覚……」
 ポーカーフェイスが崩れてたか。あうう、情けね〜。
「大丈夫、桜花?」
 心配そうな鈴の声に反応し、一矢が突発的に叫び返す。
「全然平気! 問題なく元気! ついでに別に落ち込んでもいないから!」
「……そう?」
 ジト目で鈴に睨まれたが、一矢はきっぱりと恍ける。
「これから先の作業を考えて、ブルーになってただけだって。だって物凄く大変だろう? 子供達の救出作業と平行して、買い手の摘発もするんだぞ。寝てる暇なんかなさそうじゃないか」
 適当な言葉を連ねると、鈴はそれにあっさりと納得した。
「それもそうね」
 頷き、「頑張ってね」と励まされる。
 す、鈴ちゃん、……単純過ぎるよ。
 素直な性格は美点と言えなくもないが、いいのかそれでと密かに突っ込みたくもなる。これに対しグロウの方は、一矢の適当な説明に全然納得していない風だったが、特に口を挟む事もせず黙って会話を流した。
 グロウは……大人だなぁ。
 そんな態度が何時も身近にいる男を思いおこさせる。思えばボブも色々な意味で思慮深かった。一矢にとってのタブーには、触れようともしなかったのだ。出来た副官である。

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 ともかく一回本部に帰ろう。先の事はそれからだ。
 この後の事を考えると実際は目眩がしそうだったが、そんな事はおくびにも出さず、近くにあった椅子を引き寄せ一矢も座る。
「ムーサとの合流ポイントまでもう少しかかるから、二人ともくつろいで」
 その言葉に鈴とグロウが顔を見合わせ、ほぼ同時に肩を竦めた。
「?」
「桜花、私達くつろぎ過ぎて……暇なんだけど」
「先程からコーヒーを頂いてますが、これ3杯目です」
 部外者であり続けたために、お客さん状態で腐っていたらしい。
「……グロウ、4杯目飲む?」
 コメントを差し控え、白々しくもニッコリ笑って一矢が聞いた。紙コップに残っていたコーヒーを飲み干し、グロウが空のコップを差し出す。
「頂きます」
「あ、私も〜」
 鈴も手を上げ、一矢は追加のコーヒーを補充する為に立ち上がった。近くにあるフレーバーを操作し、自分の分も含めてオーダーする。コーヒーの独特の芳香が一矢の鼻をくすぐった。
 その香りを嗅ぎながら長かった夜を振り返り、ようやく終息の目処がついた事に安堵する。長いようで短かった一矢の潜入の夜は、こうして明けて行った。

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 朝日が深い森の向こうから昇って来る。強制的に制圧された屋敷は、当初の美しさからは無縁な環境にあった。一部の壁は崩れ、プラズマ砲の衝撃でほとんどの窓ガラスが粉々に砕け散っている。塵一つなかった絨毯には大勢の足跡がつき、土塗れとなっていた。
 そこかしこに武装した兵士達が険しい顔で立ち、屋敷を見下ろす様に数機のオーディーンが警戒にあたっている。オーディーンの手にはプラズマ砲があり、いまだ警戒を解いていない事が一目でわかった。
 ゾロゾロと連座で歩かされている一見身なりの良い男達に不遜な一瞥をくれ、ムーサは瓦礫の中を歩く。
 硝煙の香りが残る中、助け出された子供達が不安な目をして兵士達を見ていた。女性兵士の中には幼い少女の手を引き、一心に何かを語りかけている者もいる。傷付いた子供達をこれ以上傷つけない様に、誰もが細心の注意を払っていた。
 客であった大人達を見る目は軽蔑した厳しいものであったが、子供達を見つめる目は誰もが優しい。いたわりの心情がそこには現われていた。啜り泣く子供達を抱き締めてもらい泣きをする者もいれば、動けない子供を抱きかかえ急いで医療チームへと手渡そうとする者もいた。
 兵士達の誰もが屋敷の中の状態に怒りを感じていたし、激しい嫌悪感を抱いていた。正常な神経を持つ者なら、誰しもがそう思っただろう。これは許される行為では無いと。
 そんな風に慌ただしく動き回る兵士達とは一線を画し、ムーサは流れに逆光するように地下に降りて行った。
 その途中、スカーレット・ルノア共和国の兵士から報告を受けた、激しく破壊された廊下を確認する。その一画は、何故か他の地区よりも破壊の痕跡が強いのだ。建物自体の倒壊の危険性は低いが、骨組みや配線が露出し、よくもこれだけと思う破壊状況だった。
「……これは桜花の仕業か?」
 一矢が暴れたっぽい痕跡を認め、ムーサがげんなりと肩を落とす。
「本当にここに居たのか……」
 太白艦長の【08】(しらね)から聞いていたとはいえ、現実にそれを突き付けられると頭が痛くなる。
「バッハトルテ元帥の意向が、完全に裏目に出ているな」
 誰も居ない廊下でボソリと漏らし、頭を抱えてその場に蹲る。
「桜花がここに気付く前に潰せと言われていたのに……なんでよりによって、当日に鉢合わせするんだ〜!」
 ムーサとしては絶叫したくなる心境であった。
「あと一日早かったら……」
 妄想と空想は逃避への第一歩だ。
「うううっ。……桜花の事だ。気付いただろうな」
 はぁ、と溜め息を吐き出し、ムーサはヨロヨロと立ち上がる。



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