掲示板小説 オーパーツ106
パンドラの箱を開けた気分ですよ
作:MUTUMI DATA:2005.6.23
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「【08】……懇願口調で言わなくても、ちゃんとするってば」
 やや呆れた表情を浮かべながら、一矢がロンジーに命じる。
「【30ー30】繋いで」
「了解っす」
 現実逃避していたロンジーが一気に正気に返ると、手慣れた調子で通信端末を操作した。
「正面スクリーンでどうぞ」
 皆が見つめる中、正面のスクリーンにお馴染みの顔が映った。精悍な中にもどこか危険な香りを纏った男が、両手を組み剣呑な眼差しをして立っている。何故か男は怒っているらしかった。
『……御無事なようで』
 微妙な沈黙の後、男はそう言った。
「【02】(ボブ)? 機嫌が悪いのか?」
 恐る恐る一矢が聞き返す。
『悪いと言えば悪いですな』
「えっと、僕絡みで?」
『……いえ』
 否定し、ボブは頭を切り替えるかの様に眉間に手を当てる。
『桜花に小言を言いたい事も色々ありますが、まあそれは良いでしょう。そうではなく、桜花が送って来た情報を精査したのですが……』
 ボブは眉間から手を離し、正面を向いた。剣呑な光を宿した目が真直ぐに一矢を見つめる。
『幾つか非常に厄介な問題が浮かび上がりました』
「問題?」
『ええ、ジェイルの組織の買い手側にギルガッソーの影があります』
「!」
 ピクリと一矢は肩を揺らし、しらね達が思わず息を止める。
『おおざっぱな裏付けしか取れていませんが、まず間違いはないかと』
「ギルガッソーが何を買っていたんだ?」
『人です。おわかりかと思いますが』
「ドール? いや、違うな。子供……」
 言い様一矢はギリギリと拳を握った。
「子供兵士か」
 幼い子供を手駒と成るべく育てる。多数派ではない武装組織がよくやる手口だ。
「そういう事か。……だからここ数年、行方不明者が激増していたのか!」

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 激高する様に叫び、一矢は唇を噛んだ。
『そういう訳で俺は機嫌が悪いんです。パンドラの箱を開けた気分ですよ』
 ありとあらゆる厄災が世界に溢れたように、ギルガッソーという反政府組織に様々な者が流れた。今となっては取り返しのつかない事態だ。
「……パンドラの箱の底に残ったのは希望だっけ?」
『ええ』
「僕らにもそれぐらいの物は残っていると思いたいな」
 溜め息混じりに一矢は呟き、瞳を伏せる。
「ルキアノ・フェロッサー。なぜお前は……」
『桜花』
 物思いに耽りかけた一矢は、ボブの声で我に返った。
「……いや、何でもない。後始末が終わったら直ぐに戻る。わかる分だけでも情報を整理しておいてくれ」
『わかりました。では』
 頷きと共に通信はボブの方から切られた。その場に立ち尽くし、一矢がポツリと漏らす。
「アイリス……もうあの男は……」
 首を振り思いを散らすと、一矢は何事もなかったかの様にしらねを振り返った。
「【08】鈴ちゃん達を地上に降ろす。地上部隊と合流してくれ」
「了解」
 色々と疑問を発したい顔をしていたが、しらねはあくまでも職務に忠実だった。これには、必要になれば話してくれるだろうという思いも作用している。
「……今はまだ何も聞くな」
「桜花?」
「……嫌な思い出なんだよ。胸糞が悪くなる」
 吐き捨てる様に言い、一矢は踵を返す。
「ちょっと鈴ちゃんとグロウを見て来る。ニノンの補給が終わっていたら、発艦してもいいから。先に帰しておいて」
「了解です」
 軽く頷きしらねが応じる。その声を背に聞きながら、一矢は艦橋から出て行った。心なしか沈み込んでいる様にも見えた。

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 一矢が居なくなった後、ヒュレイカが迷った素振りで艦長席のしらねを見上げる。その視線に気付いたしらねが、黙って首を横に振った。
「残念ながら、私も部外者だよ」
「まだ何も言ってませんけど」
 考えを読まれたヒュレイカが、苦笑混じりにそう漏らす。
「……アイリスって?」
 セネアの小声に全員が首を捻った。
「聞いた事のない名前よね。響きからすると女?」
「ギルガッソーと関係があるとか?」
 ヒュレイカ、穂波が呟き、
「どっちにしろルキアノ・フェロッサーがらみっぽいっすね」
 ロンジーが両手を後ろに組み、座席にもたれながら言う。
「ギルガッソーの首領か……」
 反政府組織の首魁の名前に、皆が複雑な表情をする。ここ数年、解散した桜花部隊と常に衝突を繰り返して来た組織だからだ。今最も星間連合が排除したい相手ともいえる。
「煮え湯を呑まされ続けてる相手っすか。いつか取っ捕まえたいっすね〜」
 ロンジーの実感のこもった声に、しらねも深々と同意を返した。
「そうだな。いつか必ず……我々の手で」
 静かな決意を込めた声が響く。ちらりと獰猛な気配が艦橋に広がったが、それは一瞬で消え去った。
 会話を打ち切ったしらねがカノンを見、新たな命令を伝える。
「【20ー77】艦隊を地上へ。ムーサと合流する」
「了解。全艦を誘導します」
 カノンの復唱が聞こえ、太白を含む艦隊は地上に向かって降下し始めた。レナンディ中将がいる辺りに向かって、真直ぐに向かう。
 途中、補給の終わったニノン機が太白のドックから飛び出し、近くを飛行していたマリ機と共に、白い尾を引き先行した。二機が飛翔する背後から、薄らと淡い光が空に満ち始める。光の先、海面の向こうから太陽が姿を覗かせていた。
 海原に栄える朝焼けの中、艦隊が光を浴びて優美な姿を白日の元に晒す。昇る太陽を背後に従え、艦隊は粛々と進んだ。先程迄の壮絶な戦いの痕跡はどこにも無く、艦隊はあくまでも静かで静謐だった。
 長い夜が終わり新たな一日が始まる。昇る太陽が一つの区切りを皆に実感させた。

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「……どうやら静かになったみたいね」
「ああ」
 グロウが鈴の呟きに相槌を打つ。部屋の天井に埋め込まれていた戦闘配備を示すレッドランプが消えていた。戦闘配備が解かれたようだ。
「通常配備に戻ったか」
「どうなったんだろう?」
 紙コップに入ったコーヒーを片手に鈴が周囲をぐるりと見回す。船のレクリエーションルーム、ラウンジとして使用されているらしい場所には、二人の他には誰も居なかった。あちこちに並ぶソファーや椅子、テーブルが閑散とした雰囲気を倍増している。
 一矢が走り去った後、後を追いかけた鈴だったが、クルーに制止されここで待つ様に言われたのだ。扉の外に出れないので、露骨ではないにしろ軟禁状態ともいえる。
「勝ったのかなぁ?」
「自分達が生きているのだから、そうじゃないか」
 鈴と同様にコーヒーを飲みながら、グロウが答える。状況がはっきりしないにしろ、それは確信出来た。負けていればこれ程静かな環境にはならないだろう。きっともっと慌ただしいはずだ。
「それはそうなんだけど……」
 鈴はむ〜っと頬を膨らます。
「でもでも。部外者扱いにされて腹が立ちません?」
「え? いや、別に。こんなものだろう」
 軍艦は機密の塊だ。星間軍ではない部外者、それも緋色の人間に船の中を見せたくない、こういう心理もグロウには理解出来た。

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「致し方ないと自分は思うが……」
「む〜。でもでも〜」
 鈴がグロウの方に身を乗り出す。
「ケチって思いません?」
 子供っぽい思考回路にグロウが思わず吹き出す。
「君は……」
「実は鈴ちゃんって、こう見えて物凄く素直なんだよ」
 途中から別の声が割り込んだ。はっとしてハッチの方を見ると、ドアが開いており、一矢がくすくす笑いながら立っていた。
「桜花!」
「お待たせ。取り敢えず戦闘は終わったから、送るよ」
 戦闘中とは違い柔らかい空気を纏ったまま、一矢が二人に近寄って来る。
「勝ったの?」
「勿論。正規軍が犯罪組織に負けてどうするのさ。物笑いの種になるじゃないか」
「それはそうなんだけど……。ねえ、あれからどうなったの?」
 途中迄は実況中継よろしく、事の成りゆきを詳しく知っている。だからこそ、その後が余計気になった。
「ん、簡単に言えばワープシステムが暴走して、空間圧縮が止まらなくなって敵船が潰れた、かな」
「……そ、なの?」
 想像すると、物凄く嫌な終わり方のような気がする。
「あの巨大な宇宙船が潰れたんですか?」
「うん。もう綺麗さっぱり粒になって消えたよ」
 簡潔に告げる一矢の言葉に、二人は一層青くなった。思わずその成りゆきを想像してしまったからだ。押し潰されて一貫の終わりとは、まともな死に方では無い。
「そんなの嫌〜!」
「自分もです」
 しみじみグロウが呟く。幾分か敵に対する同情が混じっているようだ。
「嫌って言っても、あれは自業自得だし。対処出来ないシステムなんか載せるから、こうなるんだよ」
 確かにそうなのだが、そうなるべくして破壊したのは一矢だ。決して自業自得だけではないと、二人は密かに考えた。



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