掲示板小説 オーパーツ105
肝に命じます
作:MUTUMI DATA:2005.6.11
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 そのぽやんとした空気を感じ取り、ロンジーが早速普段の気安さを発揮し、だらけていた椅子からガバッと身体を起こすと興味津々で一矢に聞いた。今なら素直に一矢が答えてくれると思ったのだろう。
「そういえば隊長、随分ボロボロですけど何もされてないっすか?」
「あ? 怪我はないぞ。擦り傷と打ち身ぐらいだ。……ああ、青痣にはなってるかもな」
 自分の外観、くたびれて煤だらけの制服を摘み「一着パーだ」等と呟いて一矢は溜め息をついた。また制服を新調し直さなければならない事に、いい加減うんざりしているようだ。
「や。そうじゃなくてっすね。ほら、潜入した場所が場所っすから……」
「?」
「あー、その〜、不埒な事は何もされなかったのかな〜とか思ったりして」
 言い難そうなロンジーの言葉に、その場の全員がようやく言いたい事を理解した。
「そっち系か」
 ポンと手を打ち一矢は考え込む。
「ン、そういえばこの辺を舐められたな」
 ここら辺と耳の後ろを指差し、
「ピアスをしてたからな。爆発しないかとヒヤヒヤした」
「……」
 その瞬間奇妙な沈黙が落ちた。しらねが一矢の横でピキンと固まっている。言い出しっぺのロンジーは「ひぃぃ」と口を開けたまま、現実逃避する。聞いてはいけない事を言い出した者の末路だろう。
「幸いそれ以上はなかったな、って、おい。何で皆固まってるんだ?」
「いや、なんか身の程知らずなバカに恐怖を抱くというか」
 穂波がゾゾゾ〜と背筋を震わした。
「何て恐ろしい真似を……と。猛獣にキスする方がまだまともな神経を持っていると思え……」
 ガバッと自席から立ち上がったセネアが、穂波の口を慌てて押さえる。問答無用でヒュレイカも加勢に入り、穂波にエルボーをかけた。
「「何でもないです、隊長。気にしないで下さい」」
 見事な二重奏で「「ね!」」と迫られたが、一矢は皆が何を思ったのか理解し、ガックリと肩を落とした。一矢の告白を聞いた瞬間、皆が皆こう考えたのだ。
 フォースマスター(一矢)に手を出すより、猛獣にキスをする方がよっぽどましな神経をしている、と。こう言われて落ち込むなと言う方が無理だろう。
「僕の位置付けって猛獣以下なのか。……せめて人間扱いをして欲しい」
 何だか妙に寂しくなる一矢だった。

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 どよ〜んと落ち込む一矢に反比例して、しらねが正気を取り戻す。硬直していた脳がようやく活発に動き出したらしい。
「そ、それは置いておいてですな。桜花」
「ん?」
「報告があります」

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「報告? ここで?」
 小首を傾げて一矢がしらねを見る。疲れたからそんな事は後にして欲しいと思ったが、そうも言ってられないと考え直し、黙って先を促した。
「非常に言い難いのですが」
「何?」
「下の指揮を、その……」
 頬を無骨な人差し指でかきながら、しらねが視線を彷徨わせる。
「【08】? 目が泳いでるぞ」
「え〜っとですな。その、桜花が潜入していた場所の制圧なんですが……」
「緋色(スカーレット・ルノア共和国)の部隊の事なら知ってる。緋色の潜入者と行動を共にしていたし、大体の事情は把握済だ。拠点の制圧を任せても問題はないと判断するが」
「いえ、そうではなく……」
 違うのかと一矢は考え込み、
「鈴ちゃんの部隊が混じっていた件?」
 逆に振り返すと、しらねが力強く首を縦に振った。
「実はムーサが……」
「ここにいるんだろ? 部隊長が口説き落とされたって、鈴ちゃんが色々ぼやいてたよ。まあ、空軍のムーサが宇宙軍の部隊を運用した時点で、僕もぼやきたいけどさ」
 どういう手段と伝手を使ったんだかと、心の中で突っ込みを入れつつ、そういえばしらねがムーサと仲の良かった事を思い出す。
「あ、もしかして【08】。下の指揮をムーサに任せちゃったとか?」
 報告したかった事そのものズバリを指摘され、しらねが赤面する。
「したの?」
 問われて、
「はい」
 しらねは神妙に頷いた。

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「不味いですか?」
「え。う……ん」
 唇に片手を当て、思考を巡らす。
 不味い事は不味いんだけど、手柄を空軍とわける事になるし……。でもお互いの目的が違うから、僕はブラックマーケットの情報だし、あっちは船とセイラだったし。問題ないっていえば、ないか。
「今回は大目にみよう。でも次はないからね、【08】」
「肝に命じます」
 大真面目にしらねが頷いた。
「ところでそのムーサを動かしたのって誰? 空軍関係者?」
「バッハトルテ元帥です」
「バッハ!? げっ。ヒゲ親父か!?」
 些かオーバーリアクションで驚愕を示し、一矢がしらねを見た。
「本当に?」
「ええ。らしくないとは思いますが、ムーサ本人が白状しています」
 そう断言され、一矢はますます首を捻る。
「なんでバッハが……? こういうのやりそうにないタイプなんだけどな」
 緋色の共和国軍との共同戦線に囮を使った攻撃。普段のバッハトルテ元帥なら、絶対に許可を出さないであろう方法の数々。バッハトルテ元帥を良く知る一矢としては、首の一つも捻りたくなる。
「らしくないよな」
 何かあったのだろうかと悩みかけ、ジェイルが所有していた宇宙船、最終的には時空間の歪みのせいで消滅してしまった船を思い出す。
「ワープ……」
 これのせいか?

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 でも、空軍にワープ機能はあんまり関係ないし……。狭い惑星上空では使い様がないだろうし。あっ! 中和フィールドの方か!?
「欲しかったのか、世に出ては困ると思ったのか」
 後者の可能性がかなり強いけど、それは後で本人に確認するか。
「桜花?」
「ああ、独り言だ。気にしなくていい」
 一矢はさらりと告げた。
「は。……ところで本部と通信なさいますか? 【02】(ボブ)がそろそろ痺れを切らす頃合いかと」
 控えめながらも、頼むからして下さいという感情をしらねが浮かべる。



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