掲示板小説 オーパーツ104
私の負けだ
作:MUTUMI DATA:2005.6.11
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 手に負えない、制御不能な事態に流石のジェイルも顔色をなくす。もう少しでワープに必要な回路を保てたというのに、今となってはそれも御破算だ。最強を誇っていた自慢の宇宙船が玩具の様に壊れて行くのを実感した。
 こんなはずではないと、心の中で幾ら叫ぼうとも最早遅い。辛うじて活きていた船の機能が星間軍の放った物、恐らく内部の電子回路を破壊する兵器であろう物によって破壊されてしまったのだ。船は船としての機能を失った。残ったのは機械の塊、残骸だけだ。
「第四エンジン出力低下! あっ!!」
 報告と同時に地をはうような音がし、船が激しく揺れる。
「第二、第五エンジン爆発。だ、駄目です。一切の制御受け付けません!」
 船がガクガクと揺れ始める。主要エンジンの一部が爆発した事で、出力が保てず船が迷走し始めた事をクルー達は悟った。一部のエンジンの爆発ぐらいで沈むような設計になってはいないが、これでは全てのエンジンが止まるのも時間の問題だ。そうなれば飛ぶ事も出来ず墜ちる。
 この絶望的な状況に、誰もが言葉を失った。

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 ショックを受けているのは一人や二人ではない。
「くそ!」
「一体、どうすれば……!?」
 動揺を隠せないクルー達は呆然と立ち尽くす。ギリギリの状態での作業は全て無駄になった。万に一つの望みもついえたのだ。
 ランダムワープの為の作業は間に合わず、宇宙船は墜ちようとしている。この状況で何をどうすれば助かるというのか!?
「……だ、脱出だ! 救命艇で外に出よう!」
 誰かが漏らした言葉にクルー達は顔を見合わせる。宇宙船の外に逃げ出せば、墜落からは助かる。だがしかし……。
「星間軍が撃って来る!」
 死に場所が変わるだけだと一人が叫んだ。
「撃ってこないかも知れないじゃないか。抵抗しなければ……助かる見込みがないとは限らない」
 指揮官次第だと、その男は続けた。その声に周りのクルー達も押し黙る。
「ジェイル様」
 脱出しようと最初に言ったクルーがジェイルを見る。
「救命艇へ、お早く!」
「逃げろと言うか?」
「はい」
 クルーは悔しそうに言葉を濁す。
「この船は間もなく墜ちます。もう出来る事はありません。ですから一刻も早く脱出をお願いします!」
 先を悟ったその言葉にジェイルは全身の力を抜く。張り詰めていた怒気はいまだ全身を駆け抜けているが、その目は急速に力を失っていた。
「ジェイル様?」
 動こうとしないジェイルにクルーが訝し気な視線を向ける。
「逃げる……か。……それもいい。だが」
 一旦言葉を切り、ジェイルは虚空へと視線を向けた。
「間に合わん」
 ガコーンとどこかで大きな音がした。ゴボリと何かが潰れる音が響いて来る。聞いた事のない、背筋の凍る音だった。
「!?」
 狼狽するクルー達を他所にジェイルは椅子に背を預ける。
「空間の圧縮か……」
 バコバコバコと連続する音が響く。この部屋以外の部分が一気に潰れているのだ。その音は宇宙船の終わりを示す音だった。
「ここまでか」
 怒りよりも先に諦めがくる。
「見事だよ、星間軍。私の負けだ」
 グワワワン。
 一際大きな音がして壁が迫って来た。
「うぎゃぁぁ!」
 巻き込まれたクルーの絶叫が響く。
 ゴオオン。
 天井の半分が落ち、床と引っ付いた。そこにあった機械も人間も視界から消える。斜に落ち込んだ天井を見、ジェイルは死を悟った。

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 落ちて来た天井に押し潰されたクルーの指先が見えた。体は床と天井に挟まれもう見えない。ただ流れ出た血が床を赤く染めている。
「ひいっ」
 尻餅をつき無事だったクルーが後ずさる。出口を捜して周囲を見回したが、それがどこにもない事に気付く。もう入り口、ハッチも埋まっていたのだ。逃げ出す道はない。
「あ、あぁ」
 溜め息とも慟哭ともとれない声が漏れる。
「い、嫌だ。死にたくない!」
 その叫びは再び起こった大音に遮られた。見開く目を飲み込む様に、壁がクルーを押し潰す。
「ぎゃ」
 悲鳴は短かった。恐怖の時間は遥かに少なかったであろう。椅子に座ったままのジェイルに、クルーを押しつぶした壁が一気に迫った。眼前に死が迫った時、ジェイルの口から小さな声が漏れる。それは覇気のない弱いかすれた声だった。
「ルキ……」
 何かを言いかけ、その声は途切れる。ジェイルを飲み込んだ壁は、空間を全て平らげた。命ある者を押し潰し、圧縮して行く。
 ギシギシと聞こえていた音もやがて聞こえなくなった。潰れた金属はそれでも中へ中へと入り込む。落ち込んだ時空の中へと。

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 余りにも壮絶な光景にしらね達は声を失っていた。潰れ自壊して行く敵船の光景に背筋が震える。普通ではない光景に、恐怖すら浮かんだ。
 最初は大きかった敵船が少しづつ小さくなり、やがて一気に縮み、見る見る内にボール大になり消えたのだ。震えるなと言う方がどうかしている。
「て、敵船消滅確認」
 それでもなんとかヒュレイカが状況を報告する。かろうじて報告出来たのは普段の訓練の賜物か。
「……っ、そうか。空間の歪みは終わったか?」
 これまた肝は冷えきっているだろうに、指揮官という職務に忠実なしらねが、立場を思い出し問いかけた。
「いえ」
 セネアが敵船を監視していた端末を見つめ、首を横に振る。
「終わりません。周りの大気が吸い込まれているようです」
 大気の流れを示す値が、時空間の潰れがいまだ続いている事を証明していた。しらねが隣に立つ一矢に視線を向ける。
「桜花」
 呼ばれて、パチッと目を開いた一矢が一つ頷く。
「出番か。……予想していたとはいえ、ふぅ。やっぱりこうなったか」
 予想通りの状況に、一矢が吐息をつきながらブツブツ漏らす。
「邪魔臭い……というか、面倒臭いな」
 言っている事は愚痴だが、その目は笑ってはいない。宿る光は真剣で剣呑なものだ。一矢の瞳が細められ、何かがゾワリと動き出すのを皆が感じた。
 細い華奢な手が虚空に伸びる。大きく広げた手はそっと何かを捕らえ、支え、一気に弾いた。
「っ!」
「あ」
 光が太白の艦橋を染める。視界を奪われたしらねは腕で目を覆い、その隙間から一矢を伺う。驚く程真剣な表情をした一矢の横顔が見えた。
 焦げ茶の瞳が虚空を睨んでいる。そこであり、どこでもない空間を。やがて、華奢な体が何かを捕らえ平伏せた。
 パン!
 一矢の両手が打ち合わされる。その音と共に、視界を奪っていた光も消えた。
「終了」
 いつもの声、いつもの口調で一矢が終わりを告げる。

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「……あの、桜花?」
「【08】終わりだってば」
 その言葉にハッとなってセネアが端末を覗き込んだ。大気の流れが通常に戻っている。平穏な普通の値だ。
「戻ってるわ」
「……うわ。まじだ」
 ロンジーがひょいと首を突き出し、セネアの手元を覗き込む。歪み、周囲の大気を飲み込んでいた空間はもうない。
 この一変した状況に、穂波が呆れて一矢を見た。
「隊長、何をしたんです?」
「ん、大した事じゃないよ。潰れていた空間自体を強制的に潰した」
「……は?」
 穂波が鼻から間抜けな声を漏らした。全員の頭が真っ白になる。
「問答無用の力技だってば。だから邪魔臭いって言ってたじゃないか」
 今更何をと一矢がぼやくが、太白の艦橋はそれどころではない。常々わかってはいたが、まともじゃない一矢の力の片鱗を確認し、どっぷりと張り詰めていた息を吐き出し、クラクラする頭を各自が振った。
「わかっちゃいましたけど……ね」
 穂波が端末に突っ伏す。
「どこ迄も常識外……っす」
 ロンジーがへたりと椅子になついた。カノンとセネアは苦笑を浮かべ合い、ヒュレイカはガクリと頬杖をつく。
「さようなら〜、常識さん〜」
 等と、何か変な歌詞を歌っているようだ。
「……オイ」
 せっかく頑張ったのにそれはないだろうと半眼になるが、しらねに丁重に止められた。
「済みません。皆、終わってほっとしているんですよ」
 言外に許してあげて下さいと言われ、一矢も肩を竦める。
「ですが、本当に助かりましたよ。桜花」
 紛う事のない謝意を浮かべ、しらねが軽く頭を下げる。
「気にするな。こういう時の為のフォースマスターだろ?」
 口元に笑みを浮かべ、しらねの背を一矢は軽くポンポンと叩く。互いに事件の終了を感じ取り、二人は張り詰めていた物を散らした。凍えるような緊張感は二人の中にはもう微塵も残ってはいなかった。



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