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「うわっ、めっちゃうまそうやんっ!」
ホットプレートのふたを開けると白い湯気がもくもくと上がり、食欲とそそるニンニクのにおいがリビングいっぱいに広がった。
「とりあえずは乾杯しよう!」
先輩の一声でみんなが缶ビールを取り上げた。先輩もヤツもビールは缶のまま飲むもんだなんていうわけのわからないポリシーの持ち主だから、そのまま缶に口をつける。
優もおれも未成年だけれど、誰も酒を飲むなとは言わない。限度を超さない限りは暗黙の了解となっていた。
「ほんまうまいっ!何かこりこりしたもんが入ってるけど何?」
早速ホットプレートに箸をつけると、優に話しかけている。
「歯ざわりがいいでしょ?タケノコですよ」
自信満々に答える優の言うとおり、タケノコがアクセントとなっていていい感じだ。包んでいる時は気付かなかったけど、優は本当に料理上手で、オーソドックスな料理にも自分のアイデアを加えて、さらにおいしいものを作り出してしまう。
「先輩ってばいつもこんなうまいもん食ってるんすよね〜いいなぁ〜」
「うらやましいだろ?つうか優の作るものは何だってウマイんだけどな!」
からかうつもりで言ったのに、逆にあてられてしまった。優と一線を越えてしまってからの先輩は、おれたちの前でも容赦なく優への愛情を表現するから、からかいがいもなくなり面白くない。
「あ〜どれもこれもウマイわ。いつもロクなもん食ってへんしなぁ」
餃子だけでなく、シーフードサラダやから揚げ、すべてこいつの好物らしい料理が大きなダイニングテーブルに所狭しと並べられている。



そのサラダはおれが作ったんだっつうの!
こってりしたものが多いから、梅肉たっぷりの特製ドレッシングをぶっかけたんだけど・・・
お皿の中の量が減ってるから気に入ってもらえたってことかな?



でもきっとおれが作っただなんて思っちゃいないんだろうと思うと、少しがっかりだ。
「優く〜ん、おれのところでバイトせーへん?メシ作って〜」
甘えた作り声で優にねだるヤツを、先輩が遮る。
「ダメダメ!そんなにおいしいもの食べたけりゃ、料理上手な恋人でも作ればいいだろ?」
「まぁせやねんけどなぁ・・・」
ヤツは新しい缶のプルトップをプシュッと引くと、ぐいっと一気に飲み干した。
「こればっかりは縁のモノやさかい、どうにもならんわな」
そう言って餃子を頬張る崎山を、おれは横目で追っていた。
それからは、四人でたわいもない話が続いた。夏休みの遊びの計画、おれたちの受験などいろんなことをワイワイ話し、おいしい料理につられて進むアルコールが、さらにおれたちを饒舌にさせていった。





「ねぇ、崎山さんって、好きな人とかいないんですか〜?」
突然の優の発言におれは心臓が口から出そうなほど驚き、ほろよい気分でぽわんとなっていた頭に衝撃が走る。
慌てて優に視線を送ってみたけれど、酔っているのか素面なのかわからなかった。
でも、優は酒には強いはずだし・・・
おれは隣りでなおもまたプルトップを引っ張り開ける関西オトコの答えをドキドキしながら待った。
「おれか〜せやなぁ・・・いないことは・・・ない・・・けど、いるわけでもないな・・・」
はっきりしない答えにほっとしたようなしないような・・・
「何だ?気になる相手でもいるのか?」
いちばんまともそうな先輩がツッコミを入れると、崎山は「そんなとこかな〜」とあくびまじりに答えた。
ふと目が合い、おれはすぐさま視線を逸らす。露骨だったかもしれないが、何も言われなかった。
「あっ、崎山さんにプレゼントを渡さなくちゃ!」
少し眠たげだった優がしゃきっと立ち上がると、先輩が優を座らせ席を立った。
「ほら、これ三人からのお祝い」
受け取った崎山は丁寧に包みをほどくと、歓喜の声を上げた。
「すごいやんっ!おれの欲しかったやつやんっ!何でわかったん?」
「ちょっとそういうこと言ってたの覚えてたんだ。これでスタバにいかなくても好きなときに好きなだけ飲めるだろ?」
「ほんまやっ・・・ごっつううれしいわ・・・持つべきものは友やな、ほんまありがとう!」
心からうれしそうな顔を見ると、こっちまでうれしくなる。
でも、ふと思った。
これからは家でエスプレッソやカプチーノが飲めるとなると・・・一緒にカフェに行くこともなくなるんだよな・・・
ああいうオープンカフェにひとりでいくが苦手らしく、突然ケータイに誘いの電話やメールが入っては呼び出されてはつき合わされたことがしばしばあった。その時間もこれから減ることは確実だろう。
「友樹もサンキューな」
あまり向けらることのないにこやかでうれしそうな笑顔を目の当たりにし、どうしていいかわからなくなる。
「これで突然スタバに付き合えなんて呼び出されることもなくなるかと思うとせいせいするよ!まっ、これからは自分で作って自分で飲んでくれよなっ」
おれはどうしてもこいつにはこういう口の聞き方しかできない。
「おまえは〜っ。呼び出したときはいっつもおごってやってたのに、その恩も忘れたかっ!」
「誰もおごってくれなんていってないじゃんか!恩着せがましいこと言うなよな!」
「うっわ〜〜こいつ最低や!」
最低と言われて言葉を失った。最低なのは自覚してるってんだよ!
自覚していたけれど、好きなヤツに言われるのはさすがのおれにもキツくて、おれは居たたまれなくなった。
「おれ・・・ビール買ってくるよ」
財布を片手に玄関に向かおうとするおれを優が止めた。
「友樹っ、ぼくが行ってくるよ!」
腕をつかまれて振り返ると、優がおれを見上げていた。その瞳があまりに優しいから、口から弱音がこぼれそうになった。
「優・・・」
「いいから。友樹はここにいて?」
小さな声で「逃げちゃだめだよ」って耳打ちされ、はっとした。
先輩、付き合ってくれますよね?」
もちろん先輩が断るはずもなく、おれはこんな時、実は先輩よりも優のほうが強いんじゃないかって思わざるを得ない。
ふたりが出て行くと、広いリビングに残されたおれたちは、らしくない空気に包まれていた。
いつだってどっちかがしゃべっていて、あまり黙り込むことなんてないのに、今は開け放たれた大きな窓から吹き込む穏やかな風の流れる音までも聞こえそうなほどの静寂に包まれている。
頭の中では会話の糸口を探しているのだけれど、何も思い浮かばなくて、おれは座っていたヤツの隣の席に戻らずに、優がすわっていたヤツの斜め前の席に腰を下ろした。





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