〜そのとき三上と優は〜
<前編>
ほろ酔い気味の火照った身体には、心地のよい涼しさだった。
一年で日照時間がいちばん長いこの時期の空は、8時を過ぎてもまだ薄白く、ふたりで散歩するのは早い時間に思われた。
ふたりっきりにしてきちゃったけど大丈夫かな・・・・・・
そうするのがいちばんだと思ったからそうしたんだけど、ちょっぴり不安になった。
でも、あの二人には時間が必要に思えて・・・
ゆっくり歩を進めるぼくに、先輩は歩みを合わせてくれる。
いつもなら、こういうときはぼくが嫌がっても手を繋ぎたがる先輩が、今日はジーンズのポケットに手を入れているから、そうされれば何か物足りなくなって、そっとその腕にふれてみた。
本格的な夏はまだ先なのに、半袖を着ている先輩の腕は素肌がむき出しで、体温を直に感じるとほんわか幸せ気分に包まれる。
つい数ヶ月前まで、こんな風にふれることも出来なかったのに、今はこんなに近くに先輩を感じることができて、これ以上何も望むものがないくらい心は満たされていた。
腕にふれると、先輩は何も言わずポケットから手を出し、その大好きな手でぼくの手を包んでくれた。
まだただの同居人だったときは、掌を合わせて握るだけの繋がりだったのが、今では指を組んでギュッと握り合う繋がりに変わった。
「今日は嫌がらないんだな。まだ早い時間なのに」
意地悪く言われてカッと顔が火照るのがわかる。嫌がるも何も、ぼくから催促したようなものだ。
だって、今日は朝から忙しくて先輩とゆっくり過ごす時間なんてなかった。買い出しに行って、下準備をして・・・・・・
その間も、ぼくは友樹のことが気になって、どう切り出せばいいのかそんなことばかり考えていたから、あまり先輩と向き合うことがなかったように思う。
「今日の優はな〜んか変だったし・・・ちょっと気になってたんだよ?」
「―――変だった・・・?」
「おれの話も聞いてなさげだし、友樹が来る寸前になっておれを追い出すしさ」
「お、追い出してなんかないですよ」
買い物を頼んだのが不自然だったのだろうか。そういえば時計ばっかり気にしてたかもしれない。
先輩は変なところで鋭いから、ぼくは困ってしまう。
「うそうそ、そんな風に思ってないってば!」
からかうように笑い飛ばされてしまい、ぼくはほっとした。
それから先輩は黙り込んでしまい、そのうちコンビニの明かりが見えると、ぼくの手から先輩のぬくもりが消えていった。
先輩は、缶ビールとスポーツドリンクを適当に見繕いかごに入れると、ぼくにブリックパックのコーヒー牛乳を買ってくれた。
買い込みすぎたのか、やたら重い袋を半分ずつふたりで持つ。でもきっとぼくの方が背も低いし重心が下にあるから、先輩が持っているも同然なんだけど、何も言わずぼくに負担を半分分けてくれるのも、先輩の優しさだと思う。
「優・・・」
帰り道、名前を呼ばれてぼくは先輩を見上げた。
「昼間、友樹と何話してたんだ・・・?」
「えっと・・・」
どうしよう・・・言うべきなんだろうか?
でも友樹には先輩は気付いてないからって言ったし・・・
「おれには関係ないこと?おれには言えないこと?」
答えを待つ先輩にどう言うべきかを考えあぐねていると、「そっか・・・」と小さな呟きが聞こえた。
「いいよ。無理に話さなくても。ふたりの問題に口出しはみっともないな。ごめん」
何にも悪くないのに、先輩はいつだってぼくに謝る。
今までだっていつもそうなんだ。
先輩がこんなことを言い出すのは、本当に心配してくれているからなのに。
それに・・・これはぼくと友樹だけの問題じゃない。先輩の大切な理解者である崎山さんも絡んでのことだ。
「先輩、ちょっと寄り道しませんか?」
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