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〜そのとき三上と優は〜




<後編>






想い出の公園のブランコに揺られると、今日初めて夜空を見上げた。
もうすでに真っ暗で、光源は弱々しげな街灯だけだ。いつもここに来る時はきれいな満月なのに、今日はグレーの雲がかかって見えなかった。
かわりに、この梅雨の時期に彩をあたえる大きな紫陽花が、まんまるの顔を覗かせていた。
「ぼくにはずっと気になってたことがあったんです・・・」
おもむろに口を開いたぼくは、きちんと伝えることができるか不安ながらもゆっくり言葉を綴る。
「友樹は・・・崎山さんのことが好きなんじゃないかって・・・・・・」
先輩びっくりしたんじゃないかなって思ったのに、びっくりさせられたのはぼくだった。
「えっ?そうなんじゃないのか・・・?」



―――えっ?



「そ、そうなんじゃないかって・・・何が・・・・・」
「だから友樹が崎山を好きだってこと」



な、な、何だって?
ということは・・・・・・



「先輩・・・知ってた・・・?気付いてた・・・?」
「気付くもなにも、あれじゃわかるって。あいつはほんとわかりやすいからな・・・ん?好きなんじゃないかってことは・・・もしかして優には確信なかった?」
ぼくはこくこく頷いた。もしかして・・・鈍感なのはぼくの方なんだろうか。
「で、あいつなんて言った?正直に告白しやがったのか?」
「うん・・・とりあえず友樹は本気なんだってことはわかったんですけど。崎山さんがオトコの人もOKだって話は本当のコトなんですよね、先輩」
「みたいだぞ?あいつ、そういうとこ隠さないからな。だってあいつ優に一目ぼれしたんだよ?」
それはわかってた。だって、バーベキューの時、告白されたし。
でも先輩には知られたくなくて、ぼくは適当に誤魔化したつもりだったけど、ふと目が合った先輩の目が意味深に笑っていて、きっと崎山さんが言っちゃったんだと思った。
「崎山さん・・・気になる人はいるって言ってましたよね?それって・・・誰なんだろう・・・」
「さ〜誰なんだろうな〜?」
キコキコとブランコを揺らし始めた先輩は、ぼくの話を待っているようだった。
「ぼくは今までずっと友樹に助けてもらってばかりでね、こうやって先輩と一緒にいられるのも友樹のおかげだと思ってるんです。片思いが悪いとは言わないけれど、ぼくは今とても幸せだから、友樹にもそうなって欲しいなって」
先輩は黙ったままだ。
「今度はぼくが友樹のためにできることを見つけなきゃって思ってるんです。ぼくにもできることあるかな?」
何ができるか考えをめぐらせて、転がっている石ころに目線を落としていると、先輩がぼくの前にかがみこんで、顔を覗き込んだ。
今日いちばん近くで見る切れ長の目が、ぼくを真っ直ぐに見つめていて、優しく情熱的な瞳にぼくは吸い込まれそうになる。
「あるよ。優にしかできないことが必ずあるよ・・・」
先輩に紡がれるその言葉は、魔法の呪文のようにぼくに染み込んで、ぼくに勇気を与えてくれる。
「先輩・・・・・・」
鎖を持つ手に重ねられた手にギュッと力がこもったと同時に、くちびるが柔らかなぬくもりに覆われた。
キス以上のことも経験済みなのに、ぼくはこの行為が大好きで・・・・・
ふれるだけで離れていった先輩が名残り惜しくて、目を閉じたままでいると、小さなキスを何度も何度もくれた。
えっちを連想させるような深いキスは一度もしていないのに、変わりに頬やら鼻先やら顔中にキスされて、どんどん身体の高ぶりを感じ、耳朶を食まれ、濡れた感触が首筋に降りたときに思わず上げてしまった甘い声で、我に帰った。
「せ、先輩・・・・・・」
身体を捩ると、先輩は案外素直にぼくから離れ、ギュッと抱きしめてくれた。
先輩の体温も高くなっているのが伝わり、ぼくも先輩の首に腕を巻きつけた。
二年前、ここで先輩と出会い、憧れが恋にかわった。
一年前、ブランコの鎖ごと抱きしめられたけど、その分だけぼくたちには距離があった。



でも今は・・・
隙間のないくらい、抱きしめあうことができる。お互いの熱い気持ちをわかりあうことができる。
こんな満たされた気持ちをくれるのは先輩だけだ。そして先輩を満たしてあげるのもぼくだけでありたい。
「好き・・・すごく好き・・・・・・」
回した腕に力を込めると、同じだけ、ううんそれ以上の応えがかえってくる。
この気持ちをどう先輩に伝えればいいのかわからなくて、うわごとのように好きを繰り返すぼくに、先輩もまるで輪唱のように何度も好きという言葉をくれた。
「優・・・かえろっか・・・」
どこからか聞こえた犬の遠吠えを合図に先輩がぼくの身体を離した。
「そうですね・・・」
先輩に手を取られて立ち上がると、先輩を見上げた。
「今の優・・・すっげえ色っぽいぞ?」
「せ、先輩っ」
それって自分が欲求不満だと言われているみたいで恥ずかしい。けどそれはまんざらウソでもなくて・・・
ぼくはいつだって先輩にふれていたいし、ふれられていたい。
「でも、おれはそんな優が好きで好きでたまんないから・・・さ、行こ」
先輩は左手で荷物をひょいと拾い上げると、右手はぼくの手を離さずに歩き始めた。
「崎山の気になるヤツだけどさ・・・・・・」
先輩に言われて思い出した。
そうだ!崎山さんと友樹の話をしてたんだっけ。
再び友樹のことを思う。
絶対友樹にも幸せになって欲しいな・・・
友樹の悲しむ顔なんて見たくない。
「案外・・・友樹のことかも知れないよ?」
「えっ?せ、先輩?今なんて・・・」
思わぬ先輩の発言に声が上ずる。
それってそれって・・・・・・・
「何となくだけどね。おれも優と同じようにあいつらがうまく行けばいいなって思ってるから」
「り、両思いなのか・・・な・・・・・・?」
ぼそっと言ってみた。希望も込めて。
「友樹の気持ちはわかったから、後は崎山しだいだろ?お互い一筋縄ではいかない性格してるだろ?ちょっとひねくれてる部分もあるしさ」
「そうですね」
同感せざるを得ない。なかなか手ごわそうなふたりだ、全くもって・・・
「でもな、友樹といる時のあいつはほんと楽しそうなんだ。まぁいつでも冗談ばかり言ってるようなヤツだけど、何か雰囲気がさ・・・・・・」
「わかります。崎山さんといる時の友樹もそうですから」
でも今日は意識しまくりで、逆におかしかったけど。変なところでつっかかったりして。
「うまくいくといいな・・・」
その言葉には、先輩の優しさと強さが込められていた。
「今度はぼくたちがふたりに幸せをあげられるといいですね」
「そうだな」
今度は四人で本物のダブルデートができたらいいな・・・
コドモみたいな願いを胸に、ぼくは先輩と家路についた。

Fin〜









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