2003.04.25 (Fri)   美食の文化史 (2)
 
 「美食の文化史」(原題は「言葉による饗宴−古代から今日までのガストロノミーの歴史」)の著者ジャン・フランソワ・ルヴェルは1924年マルセイユ生まれのフリージャーナリスト、著作家。かつてはアルジェリアやイタリア、フランス国内で哲学の教鞭をとっていたこともあり、フランスの週刊誌レクスプレスの編集長をつとめた後フリーとなった。
 
 ガストロノミー・gastronomieは御馳走の技術というほどの意味だが、一般的には美食(または美食道)と訳されている。ガストロノミーということばがまだ耳新しかったころ、料理評論をなりわいとする横文字好きの連中はただガストロノミーと記した。「当然のことながらみなさんガストロノミーは知っていますね」、行間には、あごを突き出してそうのたまう鼻持ちならない彼らが見てとれた。
 
 料理は文化である反面、技術である。レシピや素材の蘊蓄(うんちく)をいかように美辞麗句で飾っても、味がまずければ落第であり、言葉巧みに書き記された批評家の文章は二束三文となる。食通を自認する人々が必ずしも微妙な味を識別できるとはかぎらない。高価なレストランや食器を選ぶ目と、鋭敏な舌とは別な問題である。
 
 ミシュランの星の数ほどあてにならないものはない。にもかかわらず星の数が一つ減ったという理由で自殺するフランス人シェフは後を絶たない。ミシュランの覆面テスト員の舌は鋭敏とはいえず、テスト員のお気に入りシェフの心得としては、味よりレストランの内装と食器の豪華さにこったほうが星は増えるのだ。
 
 「旅の雑学ノート」の「レストラン」でも述べたから繰り返さないが、味覚は年齢や環境によっても変化する。東京系の料理評論家は点が甘く、関西系は辛い。しかしこれも人によりけりで一概に決めつけるわけにもゆくまい。概して若い人は甘い点をつけるが。
 
 ところで、フランス人の性格については多くの作家が面白おかしく語っている。「インドへの道」、「ハワーズ・エンド」、「眺めのいい部屋」などの著者エドワード・モーガン・フォースター(英国人です)のことばを引用すると、
 『 昔、一台の馬車がイギリス人とフランス人を数人ずつ乗せてアルプスを越えた。馬が暴走して、橋を駆け抜けたはずみに、馬車は石の欄干にぶつかってかしぎ、あやうく下の谷底に落ちそうになった。フランス人たちは恐怖で半狂乱になると、悲鳴をあげたり手足をふりまわしたり大騒ぎになった。これはいかにもフランス人らしい。
 
 イギリス人たちは落ちつきはらって座っていた。だが一時間後に馬車が馬を替える宿についたときには、情勢は完全に逆転していた。フランス人はさっき危なかったことなどきれいに忘れて陽気にお喋りしていたのに、イギリス人たちはようやくそのときの危険が感情的に分かってきて、一人の乗客などは神経がまいってしまったあげく、ベッドに運ばれたのである。』 … (中略)…
 
 『イギリス人は本能的に、馬車のなかで暴れることを自らに禁じたのである。そんなことをすれば馬車がひっくりかえる危険があったのだ。イギリス人には、事実を理解するこういう驚くべき能力がある。何か災難に襲われたばあい、イギリス人は本能的にまず打てる手を打って、感情的反応はなるべく後にのばすのだ。したがってイギリス人は危機につよい。
彼らが勇敢なことはあきらかで、これは誰も否定しないだろうが、しかし勇気というのはある程度は神経の問題なのであって、イギリス人の神経系統は肉体的物理的危機に向いているのだ。行動は早く、感情的反応は遅いのだから。』(【フォースター評論集】・岩波文庫)
 
                        (未完)                  

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