いもせやまおんなていきん
妹背山女庭訓

【別の名前】
原作は全五段の長編だが、通しでの上演はなく、そのうちの数段の上演が多い。
よく上演される段の呼び名として
やまのだん  よしのがわ  みちゆきこいのおだまき  みかさやまごてん
山の段、 吉野川、 道行恋苧環、  三笠山御殿  などがある。

【見どころ】
幕が開いた瞬間、壮大な舞台面にまず驚くのが「山の段」
満開の桜を背景に、川の流れをはさんで上手に庵、下手に屋敷と、大きな舞台。
真正面の滝は、水を描いた布を巻き付けた筒のようなものを
複数組み合わせて動かし滝のように見せる、滝車と呼ばれる仕掛けだ。
両花道から大判事定高が出てきて、途中で立ち止まり会話を交わすときに、
「あぁ、客席は川なのだ」と気づく(わっちゃぁ吉野川の鮎かい。笑)
両花道を岸に見立てて、その真ん中をとうとうと川が流れているのだ。
演技としては、全編と言ってもいいくらいに緊迫した場面が続く
特に、大判事と定高は、座長クラス、立女形がつとめる難しい役とのこと。
そうだろうなぁ・・・。軽くちゃ絶対につとまらない役である。
「道行恋苧環」は踊りざんす。ま、きれい。
「三笠山御殿」は別名「金殿」とも言われるそうで、見た目は絢爛豪華
登場人物も多彩です。異様な風体の蘇我入鹿公家悪と呼ばれる役。
鱶七荒事師めいた役だし、橘姫赤姫で、求女和事師のニオイがする。
お三輪をなぶるいじめの官女立役がつとめて可笑しくも憎々しい。
「山の段」が重厚な写実だとすると、こっちはどこか漫画チックな印象がある。
入鹿を討つ秘策というのが突飛で、なんでそうなるの?!だし(笑)
そんな中で、唯一、血の通った等身大の人間の娘に描かれているのがお三輪。
でも、ノーマルもアブノーマルの中にポツンと放り込まれたら異質になる。
だから死ぬ運命なのかなぁ・・・。で、はたと、気づく。
あぁ、つくりがうまいや。作者の手腕に唸る一幕でもありんす。

【あらすじ】
全段を解説していくとかなり長いので、上演の多い段のみを説明するが、
物語の全容を大ざっぱに言えば、蘇我入鹿という大悪人を討伐する話である。
その過程で、さまざまな悲劇が起こる、というのが以下。

「山の段」または「吉野川」
吉野川が紀伊と大和の国境を流れている。その急流に隔てられた恋人達がいた。
紀伊の国は背山の庵に住む久我之助と、大和の国は妹山の下屋敷に住む雛鳥だ。
川をはさんで、見つめあうふたり。心ばかりが抱きあう・・・
しかし、領地のことで仲が悪い両家のこと、添い遂げるなどはできそうもない話で、
雛鳥は思い余って川に飛び込もうとする。が、久我之助に止められる。
そこへ、久我之助の父親の大判事と、雛鳥の母親で未亡人の定高がやってくる。
このふたり、入鹿打倒計画に加担した久我之助は出頭させろ、
雛鳥は入鹿の妻として差し出せ、と言われていた。
ならば切腹して果てると久我之助が言うは必然。そうなったら、雛鳥とて・・・。
何とか若者たちの命を助けたい。しかし、入鹿に背けば両家が潰される。
苦しい立場に立たされたふたりは、お互いに子どもを説得できたら、
その知らせに桜の枝を吉野川に流そうと決め、必死で子どもの説得にあたる。
だが、やはり、久我之助は切腹を決意し、雛鳥も死ぬ覚悟。
せめて相手の子どもだけは助けたいと、親たちは桜の枝を吉野川に流す。
それを見て、恋しい相手の無事を喜び、久我之助は切腹し、雛鳥も自害する。
大判事が我が子の首を切り落しかねていると、激しく泣き崩れる定高の声。
驚いて外に飛びだす大判事に、娘が死んだことを伝える定高。
せめて久我之助の息あるうちに雛鳥を輿入れさせようと申しあわせる。
妹山から背山へと、雛の道具に続いて雛鳥の首を収めた駕籠が川を渡る。
雛鳥が夢に見ていた祝言が、こんなカタチになろうとは・・・。
悲嘆にくれながら、大判事は我が子、久我之助の首を打ち落とすのだった。

「道行恋苧環」
宵やみの道を歩いてきたのは橘姫。実は蘇我入鹿の妹である。
そのあとを追ってきたのは求女という若い男。
実は、入鹿の政敵である藤原鎌足の息子、淡海である。
互いに相手がどこの誰なのか分からないふたりは、
敵同士とも知らず、恋に落ちてしまった。
ところが、そこへ求女に恋い焦がれるお三輪が割って入る。
三輪の里の杉酒屋の娘で、隣に越してきた求女に一目惚れしてしまったのだ。
ひとりの男をはさんで、ふたりの娘が恋の火花を散らすのだが、
求女は橘姫の振袖に赤い糸をつけ、それをたよりに姫のあとを追う。
そんな求女の裾に白い糸をつけて、お三輪もあとを追いかけようとするのだが、
お三輪の白い糸は途中で切れてしまうのだった(ん、赤い糸の伝説?)

「三笠山御殿」
ここは蘇我入鹿が皇位を奪ってから建てた宮殿。
酒宴の最中に、難波の浦の漁師で鱶七と名乗る男がずかずかと入り込んできた。
藤原鎌足の使者として来たという鱶七を、入鹿は人質として取ることに。
そこへ橘姫が帰ってきた。官女達が、姫の袂についている赤い糸をたぐると、
求女がたぐり寄せられてきた。はじめて互いの素性を知るふたり。
兄に背いても添いたいという姫に、求女は、入鹿が藤原家から奪った
三種の神器のひとつを奪い返してくれたら夫婦になろうと誓う(あら、意外と冷静?)
ふたりが去ったあとに、息せききって駆けつけてきたのはお三輪
求女を探してうろうろしていると、女中が通りかかり、
その男なら局たちが姫の寝所へ連れていったと言うではないか。
嫉妬にふるえ、奥へ駆け込もうとするお三輪を、大勢の官女達が遮り、
さんざんにお三輪をからかい、なぶりものにしたあげく奥へ去る。
いったんはすごすごと帰ろうとしたお三輪だったが、
奥から聞こえてきたのは「婿取りすました」という手拍子のにぎわい。
半狂乱となり逆上したお三輪が奥へ踏み込もうとした、その時、
中からあらわれた鱶七がいきなりお三輪の脇腹を刺した!
「女、喜べ!」(って、あんた。ヲイヲイ・・・)
恨み言をいうお三輪に、鱶七は、求女の本当の正体と、
お三輪を刺した理由(というのが実はサッパリ分からんのだが。苦笑)を教える。
なんでも、入鹿は白牡鹿の生き血を飲んだ母から生まれた子なので、
爪黒の鹿の血と凝着の相(嫉妬に狂った顔だって)をした女の生き血を混ぜたものを
笛に注いで吹けば、鹿の性質があらわれて正体がなくなるから、
その時が討ち取るチャンスだとか(ね、やっぱり分からんでしょ?苦笑)
自分が求女の役にたてるのならと、お三輪は満足して(ほんとかよ〜)息たえた。
やがて大勢の捕手に囲まれた鱶七は、勇気りんりんと立ち向かう。

【うんちく】
明和八年(1771年)人形浄瑠璃で初演。近松半二、三好松洛らの合作。
三大狂言と並ぶ傑作で、七年後に歌舞伎に移植された。
大織冠(たいしょっかん。大化の改新により制定された最高位の位で、藤原鎌足が
臣下としては初めて授けられた。そこから、鎌足を称する言葉として使われているらしい)

世界とよばれる王代物の代表作。
赤い糸をたどって恋人のあとを追うくだりは三輪山伝説から来ているのだそうな。