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研究報告
天野恵:騎士道と火器(6)[2/4]
ハナシを元に戻すと、もともとライフル銃という呼称は銃身の長い短いではなく、それ以前に使われていたマスケット銃やアルケブス銃といった滑腔銃に対して、施線銃という意味で用いられたものである。ちなみにマスケット銃というのは、あのダルタニャンたちが持っていた先込め式の滑腔銃である。ところで、またまた脱線するが、三銃士というのは「銃士」のはずなのにいつも剣で戦うばかりで銃を撃つシーンがまるでない。これもかつての小生にとってえらく不思議に思われると同時に不満なことのひとつであった。〔でも、あれはリシュリュー枢機卿の護衛隊とのいわば内輪の喧嘩だからであって、本当の戦争となった日には彼らもやっぱり銃を撃ったんでしょうね。〕
で、話を元に戻すと、ライフル銃の弾丸は、当然のことながら銃の口径よりも少し大きめでなければならない。それが発射と同時に銃身の中でギリギリとネジを切られながら加速していくからこそスピンがつくわけである。だから、ちょっと考えると前装銃、つまり先込め式の鉄砲にはこのような芸当は無理なように思われる。まァ仮に不可能ではないとしても、相当に困難であろうことは容易に想像できる。だって、鉛の銃弾をそれよりも径の小さい銃腔の中に押し込んでいかなければならないとなったら、それこそ駱駝が針の穴を通りぬけるよりも難しい… かどうかは知らないが、とにかく難儀であることは間違いなかろう。つまり、ライフル銃というのは元込め式の後装銃の登場を待ってはじめて可能になったものと考えるのが自然なように思われる。
ところが、実際にはどうもこの両者の間には、少なくともその誕生に関する限り、必ずしも関連はなかったようなのである。小生も詳しく調べたわけではないけれど、後装銃というのは、発射薬と雷管を金属製の薬莢に入れて銃弾と一体化させるようになって初めて実用化されたもので、これが普及するのは19世紀の中頃である。一方、銃腔内にライフルを施すようになるのもやはり同じ頃であった。だから、余計にこの両者を関連付けたくなるのだけれど、現実には前装式のライフル銃というものが存在していたのである。いや、単に存在していたというだけではない。ライフルというのは、むしろどちらかというとこちらのタイプの銃によって初期の普及を見たらしい。現に、こうした前装式のライフル銃というのは幕末の日本にも輸入され、西南戦争などでも使われたのである。
一体どうやって弾込めをしていたのかって?...知りたいでしょう。ハハハッ、ちょっと自分で考えてみてください。イイ頭の体操になりますよ。ヒントとしてひとつお断わりしておくと、決して力まかせに銃口の方から大き目の弾をガンガンと叩き入れていったわけではありません。ヒミツは銃そのものではなく弾丸の構造にあったのです。もうひとつのヒントは吹き矢のメカニズムを思い浮かべることによっても得られるでしょう。ともあれ、実に巧妙なメカニズムだったとだけ言っておきましょう。
が、こんなことをいつまでも話していては全然先に進まないから、クイズの答えはまたの機会にして...と言うか、分かった人はメールでイタロマニアに答をお寄せください。実を言うと、最近、続けて複数の人から「あのイタロマニアの連載は、一体いつになったら次のが出るんだ?」というお叱りを受けて、だから気をとり直してこの記事を書いているのである。意志薄弱な小生は、発信した情報に対する反応がないとすぐにやる気を失ってしまう。
さて、そんなわけで前装式ライフル銃というものはちゃんと存在したのだけれど、そうは言っても、それが登場するのはここで我々が問題にしている時代よりもずっと後の話であって、種子島に流れ着いたヤツをはじめ、ルネサンス期の銃はいずれも滑腔銃である。つまり、球形をした鉛の弾丸をスピンなしで撃ち出すものであった。いや、実際にはスピンが付かなかったわけではなく、スピンのコントロールが不可能だったという方が正しい。これから述べるように、この違いは実はかなり大きかったのであるが、とにかくライフルの銃弾と違って、意図されたスピンとは無縁であった。
で、こういう銃から発射される弾丸はどういう挙動を示したのであろうか。まずもって弾丸が球形をしていたがゆえに空気抵抗が非常に大きかった。これは連載第一回目にも述べたことであるが、球というのはやたら空気抵抗の大きな形態なのである。空中を飛ぶとき後方に派手な乱流を作りだすからで、それにエネルギーを取られてスピードがどんどん落ちていく。だから、たとえ初速が大きくても遠くまで飛ぶことができず、要するに銃弾の場合だと、至近距離では大きな破壊力を発揮するとしても射程はあまり伸びないということになる。
しかも、問題はそれだけではない。先に触れたように、スピンがコントロールされていないからである。これがもしまったくスピンが付かないのであれば、一応はまっすぐに飛んでいくものと推測できる。もっとも、野球でこれに相当するナックル・ボールというのは、軌跡やスピードがフワフワと変化する魔球ということになっているから、空気力学的にはもっと複雑な要因がいろいろ作用して、実際にはまっすぐ飛ばないのかもしれない。このあたり、野球マニアでもあるかつてのイタロマニア管理人「わし(マ)君」に尋ねてみたいところであるが、はたして彼は地球上のどこかからこのイタロマニアを見ているのであろうか?…
ともあれ、銃の口径よりもわずかに小さめの丸い弾丸が銃口を飛び出していく場合を考えると、それにまったくスピンが付いていない、などということはまず考えられない。発射に際しては、銃身の内壁に接している部分でもってコロコロと転がりながら加速されていくはずだからである。
ちなみに、銃弾の直径が銃の口径よりも小さい場合、発射薬の爆発によるガスの一部が銃弾と銃腔の隙間から逃げるから、この損失によって弾丸の初速も落ちるはずであるが、このあたりのロスがどの程度のものであったのかは小生は知らない。ただ、そんなことよりも当時の黒色火薬の爆発力がどの程度のもので、かつ銃の装薬としてどの程度の量が使われたのかが分からない(と言うか、恐らくは一定していなかった)以上、あまり意味のある疑問ではないようにも思う。